エルゴソフトがパッケージソフト事業から撤退、egword,とegbridgeの販売終了を発表したそうです。日本のMacの草創期から存在していた二つのソフトが販売終了ということで、 これまでエルゴソフトの製品を購入・使用したことはありませんが、さびしい感じがします。
このニュースに関連して、エルゴソフトでこれらのソフトを開発していた方の ブログ に、日本でのMacの販売不振に関することが書かれています。こうやってグラフを見せられてみると、世界的なMacの復調は著しくても、日本では販売数が増えるどころか、維持も出来ていない実情が分かります。まあ、 私の場合もPBG4、MBPと2台続けてApple storeからの通販でしたので、retailに含まれてしまうApple storeでの購入者は日本にも少なくないとは思うのですが。
ただ刺激的なのは、日本のMacのユーザーが全体としては高齢化しているとの指摘でした。高齢化の問題点ですが、自分をふりかえってみても年をとるにつれ進取の気性というか物欲が低下しますよね。
漢字Talk7の頃は、秋葉原まで毎週のように出かけていました。中央線で片道630円・一時間以上かかりましたが、New England Journal of Medicineがちょうど毎週一冊読めて勉強になったのが思い出されます。秋葉原ではいろいろショップを覗いたり、使いもしないようなソフトやハードを買い込んだり。でも今は、なかなか新しいソフトに手を出そうとはしなくなってしまっています。
TidBITSなど読んでいると、アメリカでは若い学生さん達の間でMacのシェアが高くなっているそうです。やがては日本にもこれが波及してくるだろうとは思うのですが、どうでしょう。
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毎日歩いて通る踏切に、最近ふしぎなものが見られるようになりました。一つは、枕木に貼ってある「↓南武下」という表示。踏切の両側すぐの枕木4本に、下り線には「南武下」が2枚、上り線には「南武上」が2枚貼ってありました。
これってどういう目的があるのでしょうか。小さくて電車の中からは見えないし、踏切を通る車からも見えないし、見ることの出来るのは歩行者くらいです。歩行者なら、ここが何線でどっちが下りの線路なのか知ってそうな感じもするのですが。

もう一つは置き石禁止の表示です、これも枕木のシールと同時につけられた印象です。で、こういう標識を見ていつも感じるのは、こういう標識って役に立つんだろうか・効果があるんだろうかということです。
ふりがなも振ってあるから子供向けなのかもしれませんが、わざわざ子供に置き石っていう危険な遊びの存在自体を広めているような感がしなくもありません。うがちすぎかな。

鈴木公雄編 岩波書店
本体6200円 2007年11月発行
中世から近世への貨幣史に関する研究会での議論をもとにした論考が集められた本です。その中でも、第一章の「東アジア貨幣史の中の中世後期日本」が本書の中で一番面白く読めました。
例えば、甕などに蓄えられた大量の銭貨が出土することがあり、従来は呪術的な意味で埋められたという説明がされることもありました。しかし、本章では「土の中に保蔵されることは常態」と言い切っています。「土の中に財貨を埋めることが非常事態だという推論には、頑丈な金庫や銀行預金、そして何よりも治安の良さを当然視した時代の認識が投影されているだけで、特段の根拠がなかったことに気付かされるはずである」、そう言われてみれば確かにその通りです。
宋銭と同じ銭面を持つ銭が明代になってから私鋳されて流通するわけですが、当時の人たちがこれを新鋳「古銭」と認識していたという指摘には目から鱗の感があります。宋銭は鋳造後何世紀もたっているので古びているはずなのに、ぴかぴかの宋銭が出現したら、銭面の文字は一緒でもおかしいと感じて撰銭したくなるのも頷けます。
そして、良貨は遠隔交易・蓄蔵と悪貨は日常の取引といった具合に役割分担、貨幣の階層化がみられるで、必ずしも悪貨が良貨を駆逐するとは言えない。
また、私たちの「常識となっている貨幣数量説は貨幣の中立性というかなり強い仮定のもとに立てられていると気付かねばならない」とのことで、貨幣供給の急激な減少が商品の出回りをそれ以上の速度でくじくことがあり得て、その際には物価の上昇がもたらされることになります。
さらに、①銭面の文字情報はその銭貨の実際の鋳造年代を示すとは限らない、②たとえ銭面の文字通りの時代に鋳造されたのだとしても、鋳造者はその王朝によるとは限らない、③立派な銭貨は官製で、みすぼらしいのは私鋳と決めつけるのは危険であるなども勉強になります。
日本と中国との関係では、日本銅が中国に運ばれて私鋳銭の原料となり、その銭が日本に輸入されるという事実があったそうです。また、中国からの銭貨の輸入の減少が、西日本での土地取引などの銭遣いの消失、東日本での永楽銭の基準銭化につながったと説いています。ただその永楽銭は東日本で私鋳されていた証拠も発見されてきているそうです。
第一章の著者の黒田明伸さんの本は、これまで中華帝国の構造と世界経済(名古屋大学出版会)と貨幣システムの世界史(岩波書店)を読んだことがありますが、この人の著作はどれもみな刺激的です。
第二〜四章では博多・京都・伊勢の状況が、史料や出土資料をもとに論じられています。地道なこういう研究があってこそ学問が進むのでしょうが、素人には興味がもちにくいところ。
第五章「統一政権の誕生と貨幣」では、中世の地域性を持った貨幣状況から近世三貨体制の成立を教科書のように示してくれています。
第六章「貨幣の地域性と近世的統合」では、徳川政権による金銀貨の制定と寛永通宝の発行の過程が説明されています。「三貨の普及は長期的な過程としては首肯できるが、近世初期においては、貨幣発行を幕府が独占し強制力を行使しえたと見なすことには無理がある」、「列島内部で進行した貨幣の統一と呼ばれる事象は、一方で秤量貨幣と中国宋銭を主体とした当時の東アジア通貨圏からの離脱を意味した」などが参考になる指摘でした。
第七章「無縁・呪縛・貨幣」は、他の章とはかなり毛色の違った論考です。残念ながら、この書物を手にした時の私は、この種のものを読みたいと思って買ったわけではないので、興味が持てませんでした。網野さん系の本を読みたくなった時にまたふりかって読んでみたいと思います。
終章の「銭貨のダイナミズム」では、以上の論考をくまとめてくれています。中世初期から一枚一文で流通していた銭が、私鋳銭や破損した銭の出現により精銭と悪銭に別れて銭流通の階層化・一枚価値の多層化がみられるようになります。そういった多層化をおしとどめる目的で撰銭令が出されますが、やがて織田信長の撰銭令により多層化がみとめられます。しかし中国からの銭貨輸入量の減少・銭不足から悪銭の価値上昇して精銭の空位化がみられ、最終的には寛永通宝で統一されるようになるというストーリーになるのでしょう。
2008年1月31日木曜日
2008年1月30日水曜日
MacBook Pro 液晶画面のちらつき
MacBook Proを使う時って、ロッキングチェアに座ってMacBook Proをほんとのラップトップ状態にしていることが多いんです。夏にしばらくこの状態のままでいると、大腿の膝に近い部分、MacBook Proの奥の方と接している部分が赤くなって、低音やけど寸前になってしまいます。でも今の季節だと、暖かくていい感じです。
こうやってテキストを入力している時はパームレストに手首を置いていますが、Webブラウザなどでなにかを読んだり見たりしている時には、両手でMacBook Proの両側面をつかむようにしていることが冬場は多くなります。ちょうど、母指球が両側のスピーカーの上で指がスピーカーの裏当たりに接するように。こうしていると、大腿だけじゃなくて手指も暖かいのです。

冬になってそんなふうにしていて気付いたのが、液晶ディスプレイの明るさが変化することです。よく液晶のちらつきという表現を目にしますが、ちらつきというにはもっとゆっくりな明るさの変化。
購入してから3ヶ月で、ハードウエアのどこかに問題でも生じてきたのかと思って調べてみました。アップルのサイトのディスカッションに トピック: 液晶のちらつきというのがありました。
MBPには両サイドのスピーカーのあたりに環境光をとらえるセンサーがあって、「環境光の変化に合わせて輝度を自動調節」しているのだそうです。なので、暖を求めてスピーカーの上に置いた手がセンサーを覆うと、MBPは環境光が弱くなったと認識してディスプレイのの明るさを落とすようにしてくれていた訳です。
こんな仕掛けがあるとは知りませんでした。早速、システム環境設定のディスプレイのところのチェックをはずしてみると、明るさは変化しなくなりました。
こうやってテキストを入力している時はパームレストに手首を置いていますが、Webブラウザなどでなにかを読んだり見たりしている時には、両手でMacBook Proの両側面をつかむようにしていることが冬場は多くなります。ちょうど、母指球が両側のスピーカーの上で指がスピーカーの裏当たりに接するように。こうしていると、大腿だけじゃなくて手指も暖かいのです。

冬になってそんなふうにしていて気付いたのが、液晶ディスプレイの明るさが変化することです。よく液晶のちらつきという表現を目にしますが、ちらつきというにはもっとゆっくりな明るさの変化。
購入してから3ヶ月で、ハードウエアのどこかに問題でも生じてきたのかと思って調べてみました。アップルのサイトのディスカッションに トピック: 液晶のちらつきというのがありました。
MBPには両サイドのスピーカーのあたりに環境光をとらえるセンサーがあって、「環境光の変化に合わせて輝度を自動調節」しているのだそうです。なので、暖を求めてスピーカーの上に置いた手がセンサーを覆うと、MBPは環境光が弱くなったと認識してディスプレイのの明るさを落とすようにしてくれていた訳です。
こんな仕掛けがあるとは知りませんでした。早速、システム環境設定のディスプレイのところのチェックをはずしてみると、明るさは変化しなくなりました。
2008年1月28日月曜日
踏切の不思議

毎日歩いて通る踏切に、最近ふしぎなものが見られるようになりました。一つは、枕木に貼ってある「↓南武下」という表示。踏切の両側すぐの枕木4本に、下り線には「南武下」が2枚、上り線には「南武上」が2枚貼ってありました。
これってどういう目的があるのでしょうか。小さくて電車の中からは見えないし、踏切を通る車からも見えないし、見ることの出来るのは歩行者くらいです。歩行者なら、ここが何線でどっちが下りの線路なのか知ってそうな感じもするのですが。

もう一つは置き石禁止の表示です、これも枕木のシールと同時につけられた印象です。で、こういう標識を見ていつも感じるのは、こういう標識って役に立つんだろうか・効果があるんだろうかということです。
ふりがなも振ってあるから子供向けなのかもしれませんが、わざわざ子供に置き石っていう危険な遊びの存在自体を広めているような感がしなくもありません。うがちすぎかな。
2008年1月27日日曜日
貨幣の地域史 中世から近世へ

鈴木公雄編 岩波書店
本体6200円 2007年11月発行
中世から近世への貨幣史に関する研究会での議論をもとにした論考が集められた本です。その中でも、第一章の「東アジア貨幣史の中の中世後期日本」が本書の中で一番面白く読めました。
例えば、甕などに蓄えられた大量の銭貨が出土することがあり、従来は呪術的な意味で埋められたという説明がされることもありました。しかし、本章では「土の中に保蔵されることは常態」と言い切っています。「土の中に財貨を埋めることが非常事態だという推論には、頑丈な金庫や銀行預金、そして何よりも治安の良さを当然視した時代の認識が投影されているだけで、特段の根拠がなかったことに気付かされるはずである」、そう言われてみれば確かにその通りです。
宋銭と同じ銭面を持つ銭が明代になってから私鋳されて流通するわけですが、当時の人たちがこれを新鋳「古銭」と認識していたという指摘には目から鱗の感があります。宋銭は鋳造後何世紀もたっているので古びているはずなのに、ぴかぴかの宋銭が出現したら、銭面の文字は一緒でもおかしいと感じて撰銭したくなるのも頷けます。
そして、良貨は遠隔交易・蓄蔵と悪貨は日常の取引といった具合に役割分担、貨幣の階層化がみられるで、必ずしも悪貨が良貨を駆逐するとは言えない。
また、私たちの「常識となっている貨幣数量説は貨幣の中立性というかなり強い仮定のもとに立てられていると気付かねばならない」とのことで、貨幣供給の急激な減少が商品の出回りをそれ以上の速度でくじくことがあり得て、その際には物価の上昇がもたらされることになります。
さらに、①銭面の文字情報はその銭貨の実際の鋳造年代を示すとは限らない、②たとえ銭面の文字通りの時代に鋳造されたのだとしても、鋳造者はその王朝によるとは限らない、③立派な銭貨は官製で、みすぼらしいのは私鋳と決めつけるのは危険であるなども勉強になります。
日本と中国との関係では、日本銅が中国に運ばれて私鋳銭の原料となり、その銭が日本に輸入されるという事実があったそうです。また、中国からの銭貨の輸入の減少が、西日本での土地取引などの銭遣いの消失、東日本での永楽銭の基準銭化につながったと説いています。ただその永楽銭は東日本で私鋳されていた証拠も発見されてきているそうです。
第一章の著者の黒田明伸さんの本は、これまで中華帝国の構造と世界経済(名古屋大学出版会)と貨幣システムの世界史(岩波書店)を読んだことがありますが、この人の著作はどれもみな刺激的です。
第二〜四章では博多・京都・伊勢の状況が、史料や出土資料をもとに論じられています。地道なこういう研究があってこそ学問が進むのでしょうが、素人には興味がもちにくいところ。
第五章「統一政権の誕生と貨幣」では、中世の地域性を持った貨幣状況から近世三貨体制の成立を教科書のように示してくれています。
第六章「貨幣の地域性と近世的統合」では、徳川政権による金銀貨の制定と寛永通宝の発行の過程が説明されています。「三貨の普及は長期的な過程としては首肯できるが、近世初期においては、貨幣発行を幕府が独占し強制力を行使しえたと見なすことには無理がある」、「列島内部で進行した貨幣の統一と呼ばれる事象は、一方で秤量貨幣と中国宋銭を主体とした当時の東アジア通貨圏からの離脱を意味した」などが参考になる指摘でした。
第七章「無縁・呪縛・貨幣」は、他の章とはかなり毛色の違った論考です。残念ながら、この書物を手にした時の私は、この種のものを読みたいと思って買ったわけではないので、興味が持てませんでした。網野さん系の本を読みたくなった時にまたふりかって読んでみたいと思います。
終章の「銭貨のダイナミズム」では、以上の論考をくまとめてくれています。中世初期から一枚一文で流通していた銭が、私鋳銭や破損した銭の出現により精銭と悪銭に別れて銭流通の階層化・一枚価値の多層化がみられるようになります。そういった多層化をおしとどめる目的で撰銭令が出されますが、やがて織田信長の撰銭令により多層化がみとめられます。しかし中国からの銭貨輸入量の減少・銭不足から悪銭の価値上昇して精銭の空位化がみられ、最終的には寛永通宝で統一されるようになるというストーリーになるのでしょう。
2008年1月26日土曜日
宮廷のみやび 近衞家1000年の名宝
国立博物館で開催されている 「宮廷のみやび 近衞家1000年の名宝」をみてきました。上野公園や博物館の敷地にある池には氷がはっていて寒い朝でした。
藤原氏の祖ということで、会場に入ると一番目に藤原鎌足の絵がかけられていました。本などでよくみかける絵ですね。ほかにも、よく挿絵としてつかわれている天子御影の実物も見ることが出来ました。
国宝も、伝世の名筆を集めた大手鑑などいくつか展示されていました。行成筆の倭漢抄(和漢朗詠集)などは、ほんとに平安時代の物なの?ってくらい紙が汚れてないし、やけてないのが印象的でした。
有名な御堂関白記は3カ所に分けて展示されています。初めの方の二つは人が群がっていてよく見えなかったけど、ラストの方に展示してあった寛弘元年上巻はすいててじっくり見れました。
春日詣でなどの内容はともかく、具注暦に書かれているのですが、具注暦ってどこでつくっていたのでしょう。濃い黒色の墨の細字で日付や干支などがきっちりした楷書で書かれています。それに較べて、道長の字の読みにくいこと。墨の色も薄いんですよね。道長は自分で墨をすったのでしょうか?誰か使用人にすらせたのなら、もっと濃い色の墨を使ったんじゃないのかななどと妄想。
展示品の半分以上は近世の品々でした。御所人形、銀細工の雛人形道具、古裂れ、酒井抱一の四季花鳥図屏風などなど。でも、近世の部の中心テーマは、江戸中期に当主だった近衞家凞さんです。この方は博学多才の人だったそうで、彼の書や絵画などがたくさん展示してありました。大手鑑も彼が編集したものだそうです。
面白かったのは、予楽院臨書手鑑。ググってみると、臨書というのは「古典を手本として、可能な限り手本に似せて書くことである。書を学ぶ欠くことのできない練習方法の一つ」なのだそうです。初めて知りました。
で、この予楽院臨書手鑑は、近衞家凞が近衞家に伝わる小野道風・行成・公任などなどの、古来の名筆の臨書をこころみて、それをまとめたものなのです。今回は、その臨書と藤原佐理の書いた国申文帖の本物とを並べて展示してありましたが、文字の大きさや形だけでなく、墨のかすれ方まで本当にそっくりなので驚きました。家凞さんは、近衞家の当主なんかに生まれなかったら、贋作家として生きていくことが可能なくらいの腕前で、才人だったということがよく分かりました。
藤原氏の祖ということで、会場に入ると一番目に藤原鎌足の絵がかけられていました。本などでよくみかける絵ですね。ほかにも、よく挿絵としてつかわれている天子御影の実物も見ることが出来ました。
国宝も、伝世の名筆を集めた大手鑑などいくつか展示されていました。行成筆の倭漢抄(和漢朗詠集)などは、ほんとに平安時代の物なの?ってくらい紙が汚れてないし、やけてないのが印象的でした。
有名な御堂関白記は3カ所に分けて展示されています。初めの方の二つは人が群がっていてよく見えなかったけど、ラストの方に展示してあった寛弘元年上巻はすいててじっくり見れました。
春日詣でなどの内容はともかく、具注暦に書かれているのですが、具注暦ってどこでつくっていたのでしょう。濃い黒色の墨の細字で日付や干支などがきっちりした楷書で書かれています。それに較べて、道長の字の読みにくいこと。墨の色も薄いんですよね。道長は自分で墨をすったのでしょうか?誰か使用人にすらせたのなら、もっと濃い色の墨を使ったんじゃないのかななどと妄想。
展示品の半分以上は近世の品々でした。御所人形、銀細工の雛人形道具、古裂れ、酒井抱一の四季花鳥図屏風などなど。でも、近世の部の中心テーマは、江戸中期に当主だった近衞家凞さんです。この方は博学多才の人だったそうで、彼の書や絵画などがたくさん展示してありました。大手鑑も彼が編集したものだそうです。
面白かったのは、予楽院臨書手鑑。ググってみると、臨書というのは「古典を手本として、可能な限り手本に似せて書くことである。書を学ぶ欠くことのできない練習方法の一つ」なのだそうです。初めて知りました。
で、この予楽院臨書手鑑は、近衞家凞が近衞家に伝わる小野道風・行成・公任などなどの、古来の名筆の臨書をこころみて、それをまとめたものなのです。今回は、その臨書と藤原佐理の書いた国申文帖の本物とを並べて展示してありましたが、文字の大きさや形だけでなく、墨のかすれ方まで本当にそっくりなので驚きました。家凞さんは、近衞家の当主なんかに生まれなかったら、贋作家として生きていくことが可能なくらいの腕前で、才人だったということがよく分かりました。
2008年1月24日木曜日
スギ花粉症 初期療法
先週からずっと寒い日が続いていて、昨日は雪が降ったりなど冬全開の時節ですが、今週になってからぼつぼつとスギ花粉症の人が来院しています。とはいっても、さすがにまだ症状があっての受診というわけではありません。
スギ花粉症の場合、治療のガイドラインでも勧められていますが、症状が出る前から治療を始める初期療法があります。私自身もスギ花粉症ですが、この初期療法を行うと、シーズンに入ってからの症状が多少なりとも軽くなることを実感しています。ベテランの患者さんたちも、やはり同じ体験をしているわけで、1月中から来院するわけですね。
具体的には抗アレルギー剤・第二世代抗ヒスタミン剤を服用するのですが、私の場合特にブランドにこだわりはないので、勤め先で採用されているエバステルを昨日から服み始めました。
例年、2月上旬から飛散(ATOKだと変換の第一候補は「悲惨」でしたが、たしかにスギ花粉症の人にとっては悲惨の方がふさわしいかも)が始まり、今年は飛散量も例年なみになると予想されています。
今日もまだ風が冷たく、週間予報でもまだ最高気温10度以下が続くようです。でも、その後ちょっとでも暖かくなるとすぐに花粉が飛び始めるでしょうから、花粉症の方はおはやめにどうぞ。
スギ花粉症の場合、治療のガイドラインでも勧められていますが、症状が出る前から治療を始める初期療法があります。私自身もスギ花粉症ですが、この初期療法を行うと、シーズンに入ってからの症状が多少なりとも軽くなることを実感しています。ベテランの患者さんたちも、やはり同じ体験をしているわけで、1月中から来院するわけですね。
具体的には抗アレルギー剤・第二世代抗ヒスタミン剤を服用するのですが、私の場合特にブランドにこだわりはないので、勤め先で採用されているエバステルを昨日から服み始めました。
例年、2月上旬から飛散(ATOKだと変換の第一候補は「悲惨」でしたが、たしかにスギ花粉症の人にとっては悲惨の方がふさわしいかも)が始まり、今年は飛散量も例年なみになると予想されています。
今日もまだ風が冷たく、週間予報でもまだ最高気温10度以下が続くようです。でも、その後ちょっとでも暖かくなるとすぐに花粉が飛び始めるでしょうから、花粉症の方はおはやめにどうぞ。
2008年1月23日水曜日
試験問題の作成
数年前から、医療系の専門学校で一コマ教えています。2月になると後期の試験があるので、そろそろ問題を準備する頃です。自分が試験を受ける側だった頃には気付かなかったことですが、試験問題を作成するのって結構悩ましい。先日センター試験の問題を覗いてみたのは、ちょうどそういう気分の頃だったからでもあります。
採点のしやすさという点では、穴埋め問題や多枝選択問題がお手軽です。ただ、こういった問題だとある程度まとまった数を準備しなければならず、その負担が少なくありません。学生さんたちは過去問を継承しているでしょうから、毎年同じ問題ばかりというわけにもいきませんし。
また彼らの資格用の国試の過去問から問題をひっぱって来るというのも、講義内容とぴったりしたのを探し出すのはなかなかの手間。自分が力を入れて話をしたところがありますから、それについて説明しなさいという記述式の問題を出題するのが一番しっくり来ます。
記述式だと出題はたしかにラクですが、30人弱のクラスでも採点に手それなりの間がかかります。私のやり方は、まず一つの問題の回答に順番に目を通して、仮の点数をつけます。全員の回答を読んだ後にあらためて、採点をします。こうしないと、初めの方で読んだ回答者の点数が甘くなりすぎたり、低くなりすぎたりしそうなので。これを問題の数だけくり返すようにしている訳です。
採点していると0点をつけたくなるような回答もありますが、よく勉強していることが分かる回答や、こちらの新たな発見につながる記述があって教えられることもありますね。
採点のしやすさという点では、穴埋め問題や多枝選択問題がお手軽です。ただ、こういった問題だとある程度まとまった数を準備しなければならず、その負担が少なくありません。学生さんたちは過去問を継承しているでしょうから、毎年同じ問題ばかりというわけにもいきませんし。
また彼らの資格用の国試の過去問から問題をひっぱって来るというのも、講義内容とぴったりしたのを探し出すのはなかなかの手間。自分が力を入れて話をしたところがありますから、それについて説明しなさいという記述式の問題を出題するのが一番しっくり来ます。
記述式だと出題はたしかにラクですが、30人弱のクラスでも採点に手それなりの間がかかります。私のやり方は、まず一つの問題の回答に順番に目を通して、仮の点数をつけます。全員の回答を読んだ後にあらためて、採点をします。こうしないと、初めの方で読んだ回答者の点数が甘くなりすぎたり、低くなりすぎたりしそうなので。これを問題の数だけくり返すようにしている訳です。
採点していると0点をつけたくなるような回答もありますが、よく勉強していることが分かる回答や、こちらの新たな発見につながる記述があって教えられることもありますね。
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