このページの記事一覧   

2008年3月10日月曜日

コーヒーのペーパーフィルター

コーヒーをよく飲みます。一日にマグカップで3-4杯は飲んでいます。昔々、学生だった頃は暇があったので、生豆を買って煎ったりとか、手動のミルで挽いたりとかもしました。でも、今ではお手軽に、挽いてある粉のコーヒーを買っています。そして、ペーパーフィルターとドリッパーをつかってコーヒーにします。

ドリッパーは透明なプラスチック製のカリタの101Dで、学生の時以来20年くらいつかってます。ペーパーフィルターの方はうちの隣の食品スーパーで売っているキーコーヒーの101をここ数年は使っていました。この組み合わせは大きさがぴったりだったものですから。

ところがそのスーパーがなぜかコーヒーフィルターの取り扱いをしなくなったんです。仕方がないので、別の行きつけのスーパーでフィルターを買うことにしました。そこにはメリタしか置いてなかったので、メリタの1x1を買ってきました。

メリタのフィルターはこれまでのものより少し小さくて、カリタの101ドリッパーに入れると、紙とドリッパーの間に隙間ができてしまいます。こんなんでいいのだろうかと思って使ってみましたが、出来たコーヒーはかなりいい感じ。豆が同じなのに、今までよりしっかりした味がするって感じです。

とっても不思議なので、キーコーヒーの101フィルターを探して購入し、メリタ1x1で淹れたコーヒーと比べてみましたが、やはりメリタの方がいい感じです。メリタ1x1のパッケージには「フレッシュな味と香りを通すアロマホール」が空けてあると書かれています。でも、ほんとにこれのおかげで味が変化するのか、ちょっと信じられない感じ。

自分としては、ドリッパーに比べてフィルターが小さいから、ゆっくり時間を掛けて丁寧にお湯を注いでるからかなと考えているのですが、どうでしょう。とにかく、味と香りに対する影響という点では、他の会社のペーパーフィルターやドリッパーも試してみる価値ありそうです。

2008年3月9日日曜日

科挙史

宮崎市定著 平凡社東洋文庫470 
本体2600円 1987年6月

中国の科挙の歴史について述べ、特に清の時代の科挙の仕組みについてはとても具体的に説明してある本です。

科挙は一回の試験ではありません。まず、県試・府試・院試を受けて生員(県の学生の資格)を獲得することが次に進む条件です。郷試・会試・殿試と複数の試験に合格してようやく進士となることができます。生員は科試を受けて成績がよいと、3年に一度行われる郷試を受験することが出来ます。

郷試は各省の生員を省の首府に集めて、郷試用の特別の会場である貢院で行われる試験ですが、かなり大がかりなものです。貢院は厩舎のような構造で、受験生一人一人が入る号舎の集合です。最大規模の貢院である江南(江蘇・安徽)の貢院は南京にありましたが、20600人余りを収容できるものでした。

3年に一度しか行われない科挙のために2万人以上収容の会場を特別に用意していたことにまず驚かされます。まあ、現代の社会なら各種の学校など多人数を収容できて試験に使える会場があるから専用の施設を用意しなくても済みますが、当時はそうもいかなかったのでしょうね。

また、前近代の試験なのに一地域の受験者数が万単位ということがさらに驚異だと感じられました。清朝の時代の中国の人口は3-4億人で同時代の日本の人口の10倍くらいはあったようですが、それでも多いですよね、この数は。

また、8月という暑い時期に、この貢院に2泊3日しての試験を合計3回受けさせられるわけですが、トイレや食事のことを考えるにつけ、かなり厳しかっただろうと察せられます。

試験の答案は、公平を期するために採点者に分からないようにされていました。名前の代わりに記号で個人が特定されるようになっていることに加え、筆跡で分からないようにするために、係の人が答案を用紙を丸写しして、その丸写しされた方を採点に用いていたそうです。

他にもいろいろと面白い内容が書かれてありましたが、とにかく中国のものごとの規模と仕掛けには圧倒されます。

2008年3月8日土曜日

谷保駅のロータリーの花壇


駅前のロータリーの真ん中には花壇があります。今の季節はパンジーが植えられています。歩道から見るとただの花壇なのですが、実はこんな風に寄せ植えしてあるんですね。このデザインから見て、きっと東京都が管理している花壇なのだと思います。


でも、このイチョウの形が分かるのは、周囲のビルの上層階の利用者以外の普通の人にとっては、駅に上る階段の窓というか開口部からだけなんです。しかもこの開口部はちょっと高めで、私でも花壇を見下ろすには少し背伸びしなければならない感じです。子供や普通の背の高さの女性の駅利用者だと、こういう寄せ植えの花壇だと知らない人が多いかも。

駅前美化のための花壇ですが、誰に見てもらうつもりで整備してるのかちょっと不思議です。もしかしたら、世界に向けて発信しているのかもと思って Google Earthで見てみましたが、花壇のデザインまでは見分けることが出来ませんでした。

2008年3月7日金曜日

矢川


この写真の中央は道のように見えますが、実際は川です。この川は矢川で、立川崖線の湧水を集めて流れます。夏になると蛍が自然に飛び交うくらいの清流なのです。

毎月一回はこの矢川を訪れる機会があるのですが、こんな風に水の流れてない状況を見たのは初めてです。ここのところしばらくまとまった雨が降っていませんが、よほど地下水位が下がっちゃったんでしょうか。

2008年3月5日水曜日

桜に雀


一ヶ月ほど前に開花した寒桜ですが、もう満開になっています。すこしづつ葉も出始めていて、葉の量が増えると全体がくすんだように見えてくるので、今が一番見頃だと思います。

ここのサクラには、よく鳥が訪れています。ただとまっているのではなく、花をついばんでいることが多く、食べ物の少ない冬の時節ですから、蜜を目当てに来ているのでしょう。メジロ・ムクドリを見かけることもありますが、この写真の右下にいるのはスズメのようでした。

梅に鶯の組み合わせが日本では定番ですが、どうしてウメとウグイスがペアにされるのかよく分かりませんでした。でも、ここのサクラとトリたちの関係を見ると、恐らく春早いウメにウグイスが花をついばみに来ている様子に由来するものなのでしょうね。

2008年3月3日月曜日

西洋と朝鮮

姜在彦著 朝日選書839
本体1200円 2008年2月発行

マテオ・リッチらによる漢訳西洋書を17世紀に輸入したことから始まった朝鮮の西洋との交渉。神の命と主君・父の命は異なる際には神の命を尊重しなければならないというキリスト教の教えが、儒教の忠孝に反する異端邪教だということで禁止されました。

しかも、数学・天文学などの西洋の学術(西学)とキリスト教(西教)を別物として扱おうとする人たちの力が弱く、西学研究も憚られる状況が続きました。また、朝鮮は西洋諸国と国交・貿易ともに行うことがありませんでした。これは、清や日本とも異なる点です。

同じ著者の「朝鮮儒教の二千年」朝日選書668を読んだ記憶では、朝鮮における儒教は、高麗から朝鮮への易姓革命の際に、高麗時代に強かった仏教からの影響を避ける目的で儒教立国を目指したものだったという風に理解していました。しかし、その後の経過を見ると建国に利用したはずの儒教に子孫達が呪縛されてしまったということなのでしょうね。日本が、明治維新に利用したはずの「国体論」で惨めな敗戦にまで至ったことを想起させられます。

私がこの本を読もうと思ったのは、ウエスタン・インパクトに対する対応が日本とどう違っていたのかに興味があったからです。著者も同様の興味をお持ちだと書かれていました。

日本の場合は、徳川吉宗の功績がやはり大きかったと著者と同様に私も思います。祖法だった洋書の禁を解くには、やはり将軍の決断が必要だったでしょうから。彼は紅葉山文庫の本をよく借り出して読んでいた教養人ですから、そういう政策を取ることが出来たのでしょう。

その後の日本は蘭癖と呼ばれるような大名が出現したり、幕府の公的機関として蛮書和解御用掛・蛮書調所が設立されたりするほど、西洋に対する関心・研究が盛んになり、これが近代以降の日本と朝鮮の進路を分ける一因になったのは確かでしょう。

内容とは関係ないのですが、最近の朝日選書のカバーは派手です。

2008年3月2日日曜日

マンションの階段

昨日の午後、うちのマンションのエレベータの定期点検をしていました。いつもは平日にやっているようなので、これまで定期点検にぶつかったことはありませんでした。なぜ土曜日の午後にするのかなと思いつつ、エレベータが動いていないので、仕方なく階段を使うことにしました。

マンションってリビングが南向きで、ドアが北向きになっているのが多いと思います。それで、北風が強いと外から帰ってきてドアを開けるのに、かなり力をいれなきゃならないことがあります。 昨日は陽射しが暖かく、それほど風も強くなかったので良かったのですが、風が強かったり雨が降ってたりすると、外階段を下りるのも結構危険かも。

また、帰りもかなりきつかった。4階くらいまでは一段とばしでさっさか昇れましたが、その後は息が荒くなり、8階からは一段ずつ上がりました。12階に着いた時にはかなり息が上がってしまいました。

この階段を上るのは10年ぶりくらいで2回目です。前はこんなにきつく感じなかったと思うのですが。地震などでエレベータが止まると大変そう。