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2008年7月24日木曜日

辛いものが食べたいときには

外食することは比較駅少ない方だと思うのですが、夜に会議や講義のある時には事前にどこかのお店に食べに行ったりします。そんな時にはよくココイチも利用します。ココイチのカレーだと安定した辛さのものが食べられるし、どこの街にもお店がありますからね。立川と府中のお店にはよく行きます。

だいたいビーフ・200・5辛を食べます。ふつう盛りだとご飯300グラムなのですが、300グラムは多すぎるので200グラムにします。ご飯を400グラムにしてトッピングにカツなどの揚げ物をオーダーしている人をよく見かけますが、私はあんなには食べられないな。

また、辛さの方はふつうの辛さじゃ食べた気がしません。3辛でも物足りなく感じるので、5辛くらいがちょうどいいような。10辛は大量に汗と涙が出てくるので、真冬なら体が温まっていいのかもしれませんが、気軽に食べるには刺激が強すぎです。激辛ごのみって程でもないとは思うのですが、辛いモノってしばらくすると、また食べたくなるのが不思議です。

2008年7月23日水曜日

夏はタバスコを入れてトマトジュース

トマトジュースって、子供の頃はトマトケチャップのような香りが強烈な印象だったので、どうしてこんなモノを好んで飲む人がいるんだろうって、不思議に思っていました。市販のトマトケチャップは甘ったるくもあるので今でも好きではないし、調理につかうこともありません(買ったことがないかも)。でも、なぜかトマトジュースの方は大人になって飲む習慣がつきました。

夏場の今頃はトマトジュース缶を一日に2本は飲みます。昔はふつうにスーパーやコンビニで買って飲んでいたのですが、15年くらい前から生協のトマトジュースを買うようになりました。生協のトマトジュースはふつうの市販のトマトジュースと違って食塩無添加なのです。煮込み料理などに使うには無塩の方が都合がいいのですが、ジュースとして冷やして飲むには食塩無添加だとちょっと味気なさすぎます。そこで、タバスコを加えて飲むようになりました。

辛みに対する感覚は不思議なもので、かなり慣れてゆくもののようです。初めのうちは2-3滴入れていただけだったと思うのですが、段々とそれでは物足りなくなりました。今では、カップの上にビンを逆さにして持って、おしりを15回ほど叩いてタバスコを入れてから、トマトジュースを注いで飲むようにしています。

ところで、トマトジュースの缶はなぜ190グラム入りなんでしょう。他のジュースの缶詰も同じ量のものが結構あると思いますが、中途半端な量のような感じで、これが何故なのかも不思議。一合でおおよそ190グラムになるのかな。

2008年7月21日月曜日

日本の哺乳類学1 小型哺乳類


本川雅治編 東京大学出版会
2008年5月発行 本体4400円

10本の論文が収められていますが、一番面白いのはアカネズミと堅果(木の実)に含まれるタンニンとの関連をテーマにした第10章です。屋外で捕獲したアカネズミに、コナラやミズナラの堅果を与えると体重が減少したり死んでしまいます。実は、タンニンは苦いだけではなく、消化酵素や消化管上皮細胞と結合して、消化の阻害や消化管潰瘍を来す作用があるのです。では、野生のアカネズミはタンニンを含む堅果を食べてどうして平気なのか。秋になって堅果を食べるようになると、唾液中にタンニン結合タンパクが分泌されるようになります。タンニン結合タンパクが結合したタンニンはタンナーゼ産生腸内細菌によって分解処理されるので、有害な作用を示さなくなるのだそうです。目からウロコでした。ヒトでもタンニン結合タンパクが発見されていると記載されていますが、このことも初めて知りました。生理学や臨床の講義・文献などでタンニン結合タンパクについて聞いたことは全くありませんが、ヒトの病気にもなんらか関係してたりするのかな。子供は苦い食べ物が嫌いだけれど、大人になるとビールや山菜がおいしく感じられるのは、もしかしてタンニン結合タンパクのおかげ?

第8章ではニホンリスが扱われていますが、日本ではリスが減少しているのだそうです。原因としては、ふつうに考えられる都市化などの影響のほかに、マツ枯れ病で松の種子が利用できなくなった西日本で減少が著しいのだそうです。また、リスと言えばなんとなくクルミを両手で抱えて囓っている図が思い浮かぶのですが、全てのリスがクルミを食べることができるわけではないそうなのです。クルミを食べるには殻を割らなければなりませんが、個体によって殻割りの技術に巧拙があって、上手なリスでは5分ほどで、また下手なのだと30分もかかるのだとか。さらに日本のリスでも、オニグルミが自生していない地域のリスにオニグルミを与えても殻を割ることができないので食べられないのだそうです。殻割りの学習はどうなってるのか気になりますね。最初は母親から学ぶのでしょうか?小児期にクルミと出会わないと学習は成立しないのでしょうか?などなど。

第9章は、アカネズミとヒメネズミという同じ場所に暮らしていて似ている2種の種間競争と共存についての調査結果をまとめています。この論文を読んで面白いのは結果もそうなのですが、調査する過程でした。仮説を立てて、それを検証するための実験を考案して、実際にフィールドで調査することを何年にもわたって行う様子がたんたんと書かれています。樹上生活するヒメネズミから樹上での活動の場を奪うために、0.7haの「調査区内のすべての立木に幅30cmのプラスティックフィルムを巻き付け」たのだそうですが、いったい樹は何本あったんでしょう。筆者はこの作業を大変だったとは書いていませんが、研究がとても好きでないとつづけられないだろうなと感じました。また、第7章のヤマネの研究についても、1haに1匹くらいしか住んでない小さな小さな樹上生活者の調査を5年も続けたそうで、同じくその苦労に感心してしまいます。

自然史的なテーマの方が読んでて面白いのですが、10本の論文のうち残り4本は進化に関するものです。うち3本が遺伝子解析を交えたもので、残りの一本が咀嚼筋の進化という形態に関するものでした。マクロの解剖を主テーマにしている人はやはり少ないんでしょうね。

生物地理に関して再確認できたこと。ユーラシアの東西のはしっこ位置する日本とイギリスですが、日本には40種の固有の哺乳類が生息するのに対してイギリスにはゼロ。本州島は東アジアで最大の島で南北に長く環境の変化も小さくなく、島とは言っても小型の哺乳類にとっては広い。

2008年7月20日日曜日

日本に古代はあったのか


井上章一著 角川選書426
2008年7月発行 税込み1680円

面白い本、おすすめです。どんな内容かというと、日本史の時代区分のうちの古代はなかったことにして、3世紀(卑弥呼の頃)を中世の始まりにしちゃおうという主張なのです。どうして、そんな説が出てくるのか。

中国史学者の宮崎市定は、ヨーロッパと中国史の比較から中国史の時代区分を行いました。ギリシアの都市国家の時代に対応するのが春秋時代。その後の強大な帝国を築いたローマに対応するのが秦漢帝国の時代。そしてローマ帝国にゲルマン人が侵入してくるように、漢の滅亡後には鮮卑・匈奴などの異民族が侵入して五胡十六国時代へつながります。 ヨーロッパの古代と中世の境目は476年の西ローマ帝国の滅亡の頃とされています。西ローマ帝国の滅亡が古代と中世の画期なら、中国史でも対応する東漢(後漢)の滅亡した220年頃が古代の終わりになるというのが、彼の説なのだそうです。そして、宮崎によれば中国の近世は宋に始まります。もちろん、隋唐までを古代とする説もあるのですが、宮崎説は説得的です。

東アジアのみならずユーラシアの大きな動き、当時ではこれが日本に関連する世界史でしょうから、この世界史の時代区分に日本史の時代区分を一致させようとすると、中国の中世の開始は日本でいえば卑弥呼の頃かそれより前くらいですから、日本史の中世も3世紀に始まることにしようとなります。飛鳥・大和の豪族や奈良平安時代の大寺社や貴族は大土地所有者でもあったのですから、その土地・荘園の管理者との間に封建的な関係があったのだろうと考えれば中世でもいいんじゃないかと。そして、3世紀より以前の日本は弥生時代になってしまいますが、弥生時代の日本に古代文明が存在したとは言い難いので、日本には古代はなかったとなるわけです。

日本には古代はなかったと書くと意外な感がありますが、ゲルマン人の歴史も同じなのだそうです。ライン川以東、ドナウ川以北の地域には古代的な文明は存在せず、ゲルマン人の歴史は中世から始まることになっているそうです。西ローマ帝国滅亡後に出現するゲルマン人の国はみんな中世のお話なのです。

また、ずっと時代は下がりますが、西ヨーロッパで農奴が解放され資本主義が形成されつつある時代に、東ヨーロッパでは再版農奴制、ラテンアメリカで奴隷労働がみられました。この時期の東ヨーロッパを中世、ラテンアメリカを古代と呼ぶことの滑稽さをかつてウォーラーステインの著作から学びましたが、日本史を中世から始めようというのも同じような感じがして素直に納得。

著者は、「今後も『日本古代史』は、きえさるまい」と書いていますが、いつの時代どの分野でも若い研究者は新しいことを打ち出さなければ名を揚げることはできませんから、古代がなくなることも夢ではないような気がします。

ただ、本書にも書いてない点があります。それなら3世紀以前の日本や5世紀以前のゲルマン人の時代はなんて呼んだらいいのか? 「歴史」以前の段階だから時代区分的呼称は不要といことか、先史時代とでも呼んでおけばいいのでしょうか。また古代って何?中世って何?という定義が本書には全く述べられていません。著書はマルクス主義は嫌いだとおっしゃるけれど、奴隷制の古代、封建制・農奴制の中世ってことでいいんですよね。

史学史の思いっきり自分流のまとめを提示してくれているのも、本書が非専門家の読者である私にとってありがたい点です。日本史で中世を鎌倉時代からとする考え方を著者は関東史観と呼んでいます。なんとなく、マルクス主義者が鎌倉時代を日本中世の始まりとしたのではと思っていたのですが、そうではなく、ソ連で教えられていた日本史では、大化の改新が農奴制・封建制度のきっかけになり、そこから中世とされていたのだとか。

実は、京都を中心とする古代的な封建制を健やかな武士が打ち破って中世が始まるという図式は、明治以降に日本で始まった考え方なのだそうです。そして、こういった関東史観は主に東大系の研究者を中心に受け継がれ、京大系の研究者は鎌倉幕府を画期とせずに中世を遡らす方向で研究を続けたことが述べられています。以前から、東大と京大の歴史解釈の違いについては読んだことがありますが、本書には特にはっきり書いてあって面白い。

例えば、「かつての露骨な関東史観は、さすがに影をひそめている。だが、今でも東の学会には、そのなごりがある。本郷和人のように、はっきりその色合いをうちだす研究者も、あらわれている」などと。だから本郷氏の書いた武士から王へを読んで、すごく違和感を感じたんですね、私は。東京生まれで東京育ちですが、黒田俊男の「日本中世の国家と宗教」などの方が私にはしっくりきます。

また、本書には保立道久著「黄金国家」(青木書店、2004年)についても言及があります。この本は、奈良から平安時代にかけての東アジアと日本の関係史をまとめたものですが、「はじめに -- 世界史の時期区分について」が17ページもあって、世界史上の中世と日本史の古代とのずれを論じているんです。そのせいもあってか、この黄金国家を読んだときに、変わった本だなという印象を持ちました。でも、「日本には古代はなかった」という発想をもとに読んでみると、腑に落ちるっていう感じ。保立氏は歴史の専門家だから本書の著者とは違ってかなり抑えめに書いていて、私にはその言うところが伝わっていなかったのでした。この本もしっかり読み直してみなければ。

2008年7月18日金曜日

農耕起源の人類史


ピーター・ベルウッド著 京都大学学術出版会
2008年7月発行 本体5200円

インドからヨーロッパにまで分布しているインド=ヨーロッパ語族や、台湾から東南アジア・マダガスカル・オセアニアと広範に分布するオーストロネシア語族のように、地球上には分布範囲のとても広い語族がいくつもあります。こういった同系統の言語の地球上における分布を、「完新世前期に農耕が発生した少数の特定地域で、語族が発生しそこから広がったとする考えかた」で説明しようとしたのが本書です。

かつて完新世の頃、肥沃な三日月地帯、長江・黄河流域、ニューギニア、サハラ以南アフリカ、アメリカ合衆国東部、メキシコ中部、南アメリカ北部などで、それぞれ独立して農業が発明されました。地球上にはそれ以前から狩猟採集を行う人たちが広く薄く住んでいました。しかし、農業を発明した人たちの人口の増えるスピードが速かったので、農業を発明した人たちはそれぞれの農耕の起源の地から、よりよい土地を求めて移動して行きました。その過程で先住民と交流をくり返しながら言語と農耕を広めていったことが、農耕と語族の地球上での現在の分布をもたらしたというのが本書の主張です。

この考え方を、著者は「初期農耕拡散仮説」と呼んでいます。本書を読みながらもった感想は、これって仮説というより当たり前のことなんじゃない?というものです。ベルウッドさんがこの説を本という形にしてまで世間に問うているということは、他の学者の説も参考にしたかもしれないけれども、たしかにこれが彼のオリジナルの説だということでしょう。でも、腑に落ちない感じ。

その点は本書の訳者も同じように感じたらしく、巻末の解題で解説してくれています。欧米社会では、現生人類が絶対で、現生人類とそれ以外のネアンデルタール人のような先住民との間に交流があって言語や農耕文化が広まるということは考えにくいのだろうということです。

私にはとても当たり前に思える「初期農耕拡散仮説」ですが、だからといってすべての農耕・言語の分布状況がこれだけで説明できるわけではないのだろうとも思います。ほかの言語については知識がないので、記述された通りに読み進んだだけですが、日本語についての、「日本語は紀元前300年頃に朝鮮半島から弥生時代の稲作民とともに日本にひろがり、その結果、縄文時代の『狩猟採集民』の言語と入れかわった」というのは、かなり気になります。

日本語の起源はまだ定説がない状況だと思うのです。朝鮮語と日本語とは文法に似ている点があっても、ある言語どうしを同系と判定するのにつかわれる単語の対応がほとんどみつからなないんでしたよね。開音節のみからなる点は南の方に似た言語があるそうですが、朝鮮語とは一致しません。本書では採りあげられていない日本語クレオール起源説なんかの方が、私にはもっともらしく聞こえます。なので、日本語と日本の農耕の起源に関する本書の記載はイマイチという印象でした。なお、本書にはドラヴィダ語族の分布に関する記載もありますが、日本語とドラヴィダ語との関連については触れられていませんでした : )

本書の終わりの方に、第11章「遺伝子、古人骨、人々の身体特徴からさぐる」があります。ここには骨の形質や、ミトコンドリア遺伝子、Y染色体上の遺伝子の特徴の地域的な分布が触れられています。これに加えて、いつの日か化石からDNAを抽出して分析できるなどの革新が加われば、農耕や言語・民族の起源に関する研究がかなり進歩すると思われるので、期待しましょう。

本書の半分以上は、農耕が各起源地からどのように拡がっていったか、各語族がどのように世界に分布しているかの詳しい解説になっています。これを読むだけでも勉強になりました。

2008年7月16日水曜日

竹島なんて、いらない

昨日の新聞などの報道をみると、竹島問題を学習指導要領でとりあげることに韓国の側からは反発があったとのことです。日本が現在抱えている領土問題には、この竹島の他にもロシアとの北方領土、中華人民共和国・中華民国との間の尖閣諸島がありますが、これらの中で一番争う意義に乏しいのが竹島でしょう。

なんと言っても竹島を実効支配しているのは韓国です。北方領土の日ソ共同宣言にあたるような合意も一切存在しないわけで、いくら日本国内で勇ましい言動をとってみても、韓国が竹島を日本の領土として譲り渡してくれる見込みはゼロだと思います。まともな政治家や外交官なら、それを理解できないなんてことはないはず。

それなのに竹島問題を政治家・マスコミが煽り続けるのは何故なんでしょう。いつの日にか韓国と戦争したいのでしょうか?日本国憲法では国権の発動たる戦争行為は禁止されていますから、竹島という日本国固有の領土に対する外国軍隊の占有状態に対する自衛のための行動として、いつの日にか自衛隊が出動させたいとか。まさかね。

ナショナリスティックな世論に配慮してでしょうか。でも、竹島問題に関するナショナリズムの発現は、無責任なマスコミの言説の影響が大でしょう。大新聞やNHKなどのマスコミがナショナリズムを煽る行為をやめれば、現状よりはずっと沈静化するはずです。

経済的な問題を重視してのことでしょうか。竹島に対する領土の主張を引っ込めれば、日本海における専管水域が狭くなってしまうのは確かです。しかし、 実効支配していない竹島周辺の海域で、漁業以外に何らかの利益ある経済行動がとれるとも思えません。直接の利害をもつ漁業関係者には、金銭で解決がつきそうなものです。

まあ、冷静に考えてみれば、竹島に対する領土としての主張を続けても、得られるものはほとんどなかろうというのが私の考えです。どうせちっぽけな島一個なんだし、韓国の領土として認めて、韓国との間で紛争が少ないようにしておく方が望ましいと思うのです。というのも、北朝鮮の核問題に関する6カ国協議のように、東アジアには懸案を話し合うような場がこれからも設置されるでしょう。そして、すぐにEUやASEAN並みとは行かなくとも、ゆくゆくは何らかの機構が常置されてゆくでしょう。そんな場での主役は、間違いなく中国になります。

ただ、中国が主導権を握るにしても、日本の主張を中国に是非とも受け入れさせたい状況だってきっとあるんだと思うのです。そんな時に、一緒に説得に当たる国としては韓国が最適です。東アジア諸国の中で自由主義の経済的な先進国として利害の一致しそうな国は韓国と台湾になります。ただ、台湾には別の意味で問題があるので、中国と上手に付き合うためには韓国との協調を重視することが必要となるわけです。

もしかすると日本人の中には韓国嫌いの人も少なくないのかもしれませんが、政治家・ジャーナリズムには好き嫌いより国益重視で国民をリードする言動を望みたいものです。鶏肋に未練を残すことなく。

2008年7月14日月曜日

ベルリン終戦日記


山本浩司訳 白水社
2008年5月発行 本体2600円

ある女性の記録というサブタイトルの付いている本書は、ベルリン在住の34歳の女性ジャーナリスト(匿名を希望していた)が1945年4月20日から6月15日までをつづった日記です。彼女は、戦前ヨーロッパ12カ国に旅行したことがあり、パリ・ロンドン・モスクワに住んだこともあり、フランス語やそしてこの敗戦前後から重要になるロシア語をつかうことができました。

この日記は、まず1954年にアメリカで出版され、ついでノルウェー・イタリア・デンマーク・フランス・フィンランド、そして日本でも1956年に抄訳が出されました。しかし、ドイツ語版は5年後にしかもスイスから出版されました。ドイツ国内で出版されなかったのは、当時のドイツが真実と向き合う覚悟を持てなかったテーマ、敗戦時のレイプの真実をも本書が扱っていたからです。ドイツ国内では出版後に非常な不評で迎えられたそうです。その後長らく絶版となっていましたが、生前の再出版を望まなかった著者が2001年に死亡し、再び出版されることになったものなのだそうです。

4月20日から日記の記述は始まります。前線がだんだんと近づいてくる中でも配給に並んだり、職業安定所に行ったり、略奪に参加したり、水道が出なくなったので井戸の手押しポンプに水を汲みに行ったり、また夜はアパートの住民がみな地下壕で空襲に備えて過ごすのですがそこではうわさ話に興じたりなどで過ごしていました。

4月27日にロシア人が彼女の住む地区に、そして彼女のアパートにやってきました。著者は読んでいてとても気丈な女性だと感じられる人なのですが、さすがにその後の3日間は日記の記載がありません。しかし、5月1日から、過去の3日間のできごとを含めて「声は出さない。ただ下着がばりっと音を立てて破れたときにだけ、思わず歯がみの音が漏れる。無傷のものはもう残り少ないというのに」「強い狼を連れて来て、他の狼どもが私に近づけないようにするしかない。将校、階級は高いほどいい、司令官、将軍、手の届くものであれば何でもいい。何のために私は知恵と多少とも敵性言語の知識を身につけているんだ?」などといった具合に、また詳細な記述を始めるのでした。

レイプのようなつらい体験を、こんな風にしかもリアルタイムで表現できるとは、読んでいてとても驚きです。これは彼女の気丈さがさせることですが、ただそのためだけではなく、周囲のほとんどの女性が同じ時期にごく近くで同じようなつらい体験をしたということが、影響しているのでしょう。

というのも、女性達は自らの体験を女性同士でかなり積極的に話し合っているんです。例えば、「『イルゼ、あなた何回やられた?』『四回よ、あなたは?』『わかんないわ。輜重隊の兵隊に始まって少佐まで出世しなきゃいけなかったの』」とか、「多少とも親切なロシア人に笑いかけてみることはできないの?そうすれば、少しは食料を分けてもらえるんじゃない?」などと食べ物の手持ちがない女性に勧めたりなど。また、性病や妊娠の心配も話し合われています。

女性同士はとても連帯感を持てていたようです。それに対して男性は、妻や娘を守ることがほとんどの場合できず、さらには女性がロシア人から贈られた食料を食べる羽目になったりなど、とても情けない状況です。なので、1950年代にこの日記がドイツで出版されたときに酷評された、きっとそれはみんな男性達からの悪罵のようなものだったんでしょうが、事情は分かる気がします。

5月7日にはロシア人との最後の強制交遊(お役所はこう呼ぶことにしたそうです)。彼女の地区のロシア兵達が帰還し始めたので、5月8日には久しぶりのシーツの洗濯。ベルリンはこの時期でも水道が完備していたのでしょうから、井戸なんて各地区にたくさんあったわけではないのでしょう。なので、水道が止まってしまうと水を手に入れることが困難で、井戸の水くみは行列で2時間待ちでした。レイプに関連して、シャワーで汚れを思いのまま洗い流したい、寝具や衣服もきれいに洗いたいという希望が切実だっただろうと思うので、余計につらかったでしょうね。

5月11日には新しい配給切符が配られ、14日にはロシア軍がパン屋に小麦粉を配給し、パンが焼けるようになりました。15日に空襲で壊れた部屋の屋根の修繕をしてもらう。19日には、アパートの水道がつかえるようになり、27日には電気も使えるようになりました。敗戦の混乱の中でも、少しづつこんな風に都市機能が復旧していくものなのですね。

ロシア人は腕時計を奪っていくつも腕にはめたり、また寝物語でドイツの物の豊富さに驚いたことを語ったりなどなど、野蛮人だという風に描かれています。負けた側だけど、心の中で精一杯見下しているのです。こういうロシア人に対する感情は戦前からあったようです。中国人は整列して待てないとか、中国のトイレは汚いとか、ゴミを平気で捨てる人たちだとか、現在の日本人の中国人に対するそういった感じ方に、ドイツ人のロシア人に対する感じ方は似ているのかなと感じました。

2ヶ月弱の日記が300ページもの本になっています。文章を書くことについては素人ではなく、元々ジャーナリストだった人の日記ですから、読み応え満点です。重いエピソードが淡々と書かれているので、かえって読んでいるこちらがつらくなってしまうところもありますが、戦時のレイプに関する関心がある人にも、文明国の敗戦にともなう混乱に興味がある人にも、とってもお勧めの本。傑作ですね。