2008年7月21日月曜日

日本の哺乳類学1 小型哺乳類


本川雅治編 東京大学出版会
2008年5月発行 本体4400円

10本の論文が収められていますが、一番面白いのはアカネズミと堅果(木の実)に含まれるタンニンとの関連をテーマにした第10章です。屋外で捕獲したアカネズミに、コナラやミズナラの堅果を与えると体重が減少したり死んでしまいます。実は、タンニンは苦いだけではなく、消化酵素や消化管上皮細胞と結合して、消化の阻害や消化管潰瘍を来す作用があるのです。では、野生のアカネズミはタンニンを含む堅果を食べてどうして平気なのか。秋になって堅果を食べるようになると、唾液中にタンニン結合タンパクが分泌されるようになります。タンニン結合タンパクが結合したタンニンはタンナーゼ産生腸内細菌によって分解処理されるので、有害な作用を示さなくなるのだそうです。目からウロコでした。ヒトでもタンニン結合タンパクが発見されていると記載されていますが、このことも初めて知りました。生理学や臨床の講義・文献などでタンニン結合タンパクについて聞いたことは全くありませんが、ヒトの病気にもなんらか関係してたりするのかな。子供は苦い食べ物が嫌いだけれど、大人になるとビールや山菜がおいしく感じられるのは、もしかしてタンニン結合タンパクのおかげ?

第8章ではニホンリスが扱われていますが、日本ではリスが減少しているのだそうです。原因としては、ふつうに考えられる都市化などの影響のほかに、マツ枯れ病で松の種子が利用できなくなった西日本で減少が著しいのだそうです。また、リスと言えばなんとなくクルミを両手で抱えて囓っている図が思い浮かぶのですが、全てのリスがクルミを食べることができるわけではないそうなのです。クルミを食べるには殻を割らなければなりませんが、個体によって殻割りの技術に巧拙があって、上手なリスでは5分ほどで、また下手なのだと30分もかかるのだとか。さらに日本のリスでも、オニグルミが自生していない地域のリスにオニグルミを与えても殻を割ることができないので食べられないのだそうです。殻割りの学習はどうなってるのか気になりますね。最初は母親から学ぶのでしょうか?小児期にクルミと出会わないと学習は成立しないのでしょうか?などなど。

第9章は、アカネズミとヒメネズミという同じ場所に暮らしていて似ている2種の種間競争と共存についての調査結果をまとめています。この論文を読んで面白いのは結果もそうなのですが、調査する過程でした。仮説を立てて、それを検証するための実験を考案して、実際にフィールドで調査することを何年にもわたって行う様子がたんたんと書かれています。樹上生活するヒメネズミから樹上での活動の場を奪うために、0.7haの「調査区内のすべての立木に幅30cmのプラスティックフィルムを巻き付け」たのだそうですが、いったい樹は何本あったんでしょう。筆者はこの作業を大変だったとは書いていませんが、研究がとても好きでないとつづけられないだろうなと感じました。また、第7章のヤマネの研究についても、1haに1匹くらいしか住んでない小さな小さな樹上生活者の調査を5年も続けたそうで、同じくその苦労に感心してしまいます。

自然史的なテーマの方が読んでて面白いのですが、10本の論文のうち残り4本は進化に関するものです。うち3本が遺伝子解析を交えたもので、残りの一本が咀嚼筋の進化という形態に関するものでした。マクロの解剖を主テーマにしている人はやはり少ないんでしょうね。

生物地理に関して再確認できたこと。ユーラシアの東西のはしっこ位置する日本とイギリスですが、日本には40種の固有の哺乳類が生息するのに対してイギリスにはゼロ。本州島は東アジアで最大の島で南北に長く環境の変化も小さくなく、島とは言っても小型の哺乳類にとっては広い。

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