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2008年11月26日水曜日

牛乳の殺菌とコク

生協の牛乳を10年ほど前から飲んでます。75℃15秒の低温殺菌が売りの牛乳です。でも、これを飲み始めた頃は味にかなりの違和感を感じました。というのも、それまで飲んでいたスーパーなどで売ってる牛乳と違った味だったからです。それも、脂肪を添加した特濃の牛乳じゃなくて、ふつうの成分無調整牛乳と比較して、なんというかコクが足りないように感じていたのでした。

最近は、長いこと生協の牛乳を飲み続けて慣れたせいか、時々スーパーで買った牛乳を飲んで味の違いを感じることはあっても、コクのなさに違和感を覚えることまではなくなりました。でも、スーパーの牛乳どうしはどこのブランドのも同じような味なのに、乳脂肪の量自体は違わないはずの生協の牛乳の味がかなり違うのはどうしてなのか、疑問に思っていました。

大手メーカ製の牛乳は、生協のと違って130℃2秒間殺菌を行っているものがほとんどのようです。マギー・キッチンサイエンスによると、生協の牛乳の75℃15秒間殺菌はHTST殺菌(高温短時間殺菌)と呼び、大手ブランドの130℃2秒間はUHT殺菌(超高温殺菌)と呼ぶそうで、どちらも昔から行われていた62℃以上で30-35分間かけるLTLT殺菌(低温長時間殺菌)に比較すると、乳清タンパク質の変性と硫化水素ガスが生じる点が欠点なのだとか。ただし、「米国内の消費者は今ではむしろこの風味を望むようになった」ので、より加熱臭がつくように牛乳のメーカは殺菌により高い温度を使用するようになってきているとのことです。

生協の牛乳にコクがないように感じられるのは、殺菌温度が大手メーカより低くて加熱臭が少ないからなのでしょうね。子供の頃から長いこと慣れ親しんだ風味なので、加熱臭ではなく香ばしさと呼ぶべきなのかも。

2008年11月25日火曜日

マギー キッチンサイエンス


ハロルド・マギー著 共立出版
2008年10月発行 本体6000円

単なるhow toやレシピをのせた料理の本ではありません。いろいろな食材の説明も載せられていますが、調理科学っていう学問分野があるのかどうか知りませんが、主には調理や食品の加工について物理・科学的に説明してくれている本です。出版元もお料理の本というより、自然科学書の出版で有名な共立出版で。

例えば、卵の泡立て方が5ページにもわたって述べられています。卵を泡立てると「卵やカスタードが熱で固まるのと同じく、物理的ストレスによってタンパク質の構造がほどけ互いに結合しやすくなることにより、卵の泡は安定になる」のだとのことです。卵白の中では折りたたまれて存在していたタンパク質がほどけて、卵白の液体と空気の境界面に、疎水性の部分は空気側に親水性の部分は液体側に向けて位置することによって泡を固定させる訳です。
泡立てる際に泡を強化する方法としては、小麦粉・ゼラチンなどを加えて粘度を高める他に、銅製のボールをつかう18世紀のフランス以来の方法があります。銅製のボールを使うと卵白タンパクのSH基が銅と結合して、他のタンパクと強く結合するのを阻害するのだそうです。また、卵白一個に対して酒石英小さじ1/8またはレモン汁1/2程度の酸を加えてSH基から水素がとれにくくするのも同様に泡を丈夫にしてくれます。
逆に、卵の泡立ての大敵は卵黄・脂肪・洗剤です。界面活性剤がいけないようですね。プラスチックのボールは表面に脂肪や洗剤が残りやすいので使わない方がいいと言われていますが、プラスチックから卵白にそれらがうつりやすいこともないでしょうから、ふつうに洗ったプラスチックのボールなら差し支えないでしょうとの著者の見解でした。
卵は古くなると卵白がさらりとしてくるので、卵白と卵黄を分離しやすいし、短い時間で泡立ちます。ただし、卵は保管しておくと二酸化炭素が脱けて次第にアルカリ性が強くなっていきます。なので、古い卵よりアルカリ性の度合いの低い新鮮な卵の方が、より安定した泡が出来やすいとのことです。

また例えば、ふつうの有塩バターですが、あの塩味はおいしさのためだけにつけられているものと思っていました。だって薄塩だし食品保存のためとは思えないでしょ。でも、大部分が脂肪で出来ているバターの中で、加えられている2%の食塩は水の中にのみ分布し、この水相中では12%の濃度に相当するので十分な抗菌作用があるとのことです。目から鱗の印象でした。こんな感じで多くの加工食品や調理法・調理のこつが科学的に説明されている点には本当に感心しました。お料理好きの人には一読の価値ありでしょうし、私のように大した料理などつくらない者にとっては雑学として面白い本でした。

また、本書には食材がたくさん説明されていますが、単なる食材の事典として使うにはいまいちかも知れません。索引まで合わせると850ページ以上もある本書ですが、食材ってたくさんあるので、全部に詳しい説明がある訳ではありません。また、本書にはカラー図版は全くなく、モノクロのイラストが少数載せられているだけです。なので、野菜・ハーブ・スパイスなどなど、個々の食材について知りたければネットを利用した方がいいでしょう。

アメリカで出版された本なので、調理法の科学的解説という点ではアメリカやヨーロッパ料理が主な対象となっています。ただし、食材・加工食品関連では、茶碗蒸し・鰹節・柿・豆腐・醤油・味噌・日本酒など日本の食品もかなりたくさん取り上げられていました。和食が流行っているのはたしかなようです。

2008年11月20日木曜日

元厚生事務次官の殺人事件

元厚生事務次官の殺人事件ですが、 犯行声明が公開されているわけではないのに新聞やテレビでは年金がらみのテロ事件として報道されています。私も報道で年金テロという憶測を聞かされる前から、同様の事件が二つ続いたことを知った瞬間に、年金がらみのテロ事件だろうなと思ってしまいました。これって、私以外の人の多くもそう感じたんじゃないでしょうか。

もしかすると二件が全く別々の事件、例えば強盗殺人・強盗殺人未遂という可能性もまだ残されています。また、被害者に目撃された犯人が30歳代くらいだったとのことですから、二件が関連しているとしても、年金とは全く別のことで犯行に及んだのかも知れません。そういう可能性が絶無という訳ではないのに、マスコミをはじめ私を含めた多くの人が年金がらみの事件かもしれないと感じて納得してしまうのは、年金問題がそれだけひどくグダグダで、テロの原因になっても不思議がないなとみんなが思っているからでしょう。

で、この納得しちゃう気持ちというのは、もう少し進むと犯行を是認する感情につながり、もっともっと進むとテロに喝采を送るようにもなっていくのだと思います。もちろん、今回の事件では犯人が逮捕されても広範な共感がわきおこるようなことはないでしょう。しかし、犯行を是認する気持ちが多くの人に共有されるようになると、昭和前期のテロ事件のように犯人に対して多くの人から減刑嘆願が出されたりなどするようになってしまうでしょう。

インタビューに対して、テロは良くないと麻生首相も民主党の小沢党首も答えていました。テロが良くないというのは当たり前なことで、私も含めて多くの人が考えていることです。テロはいけないことだと言うこと以上に政治家に求められているのは、現在のようにテロが起きても不思議ではないだろうというみんなの気分を変えて行くこと、それが無理でも少なくともテロを是認させるような気持ちやテロを擁護するような気持ちに変化してゆかないようにすることだと思います。でも、期待できるというと、疑問かも。

大恐慌と不安定な政治のもとで政治的なテロが起きる。遠い昔には日本でもあったできごとですが、まさか現実にこの目でみることができるようになるとは思ってもいませんでした。もう少し長生きして、この先どうなっていくのかも見てみたいものです。

2008年11月19日水曜日

寒さとまぶしさ

昨日の天気予報では今朝がこの冬一番の寒さになるのことだったので、ハーフコートと手袋をとり出してみました。ただ、ドアを開けた瞬間、それほど寒いという印象はなし。歩き始めてからも、大して風がないのでラクでした。セーターを着ないで、コートの下はシャツだけで正解だったようです。でも、今朝はコートを着ている人も多く、冬が来たのは確かなようです。

寒さもそうなのですが、光も冬の到来を感じさせてくれるようになりました。歩いて通勤していますが、職場はうちから東南東の方角にあたるので、東に向いて歩く時間が長くなります。日の出の時間が遅くなって太陽の高度が低くなってくると、東向きに歩くのは夏と違ってまぶしく、前を向いて歩くのがつらい感じ。なので、これから数ヶ月の晴れた朝はiPodで音楽を聴きながら、地面を見て行くことになります。

2008年11月15日土曜日

ガス台点火用の電池

うちのガス台は、ダイアルを押して回すと火がつくようになっています。このところ、火が付くまでに数秒、長いときには5秒以上かかっていました。先日、台所掃除中にガス台の手前の所を見ると蓋が付いていて、中には単2の電池が一個入っていました。この電池で放電して点火させているようです。いまのところに住み始めて10年ほどになりますが、以来一度も電池を交換したことがなかったので、なかなか点火しなくなったのだろうと思い、新しいのを買ってきて交換してみました。

これまではチカッ、数秒おいてチカッとまた音がして、流れ出ているガスにボッと火がつく感じだったのですが、交換後は一瞬チカチカ音がして、パッと即座に点火するようになりました。毎日使っていると、点火に時間がかかるようになっても少しづつの変化だからあまり気になっていなかったのですが、さすがに10年もつかうと電池がへたってしまっていた訳ですね。ただ、10年だと一万回以上は使っているはずなので、長持ちしたと考えるべきなのでしょう。

単2の電池ですが、近所のスーパーでは2個一組で売っていました。一個は使いましたが、もう一個は使い道がありません。包装には5年保証と表示されていたので、5年くらいたったら交換用に使えばいいのかもしれませんが、できれば一個ずつでも買えるようにしておいてほしいかな。

2008年11月12日水曜日

イチョウの黄葉


今週になってかなり寒くなってきました。多摩地区でも、街路樹の葉がかなり色づいてきています。葉が色づくのは、樹にとって有用な物質を葉から回収してゆく過程で起きる変化なのでしょう。ですから、葉っぱの付け根から一番遠い先端から色づいてゆくのが自然なのかなと思うのですが、必ずしもそんな風に色が変化している葉っぱばかりとは限りません。

その点、イチョウはこんな感じに先っぽの方から黄色くなっているものが少なくないようです。イチョウの葉は葉脈が付け根から先端まで枝分かれせず素直に伸びているから、こうなれるのでしょうか。理由はどうあれ、私の好みの色づき方です。

2008年11月11日火曜日

日本の経済成長と景気循環


藤野正三郎著 勁草書房
2008年4月発行 本体6400円

江戸期以降の日本の景気循環をあつかった本です。主に江戸時代を対象とした第1部と、明治以降を対象とした第2部とからなっています。江戸時代の景気・経済成長を考える際につかえる史料として最も一般的な物は物価で、物価をもとにした研究はこれまでにもありました。ほかには役に立つような経年史料がないかと思っていましたが、本書ではこれまでにつかわれていないような史料が材料とされています。

例えば、土木学会がまとめた「明治以前日本土木史」という本には、江戸時代の農業建設活動の工事数が各年度各地方ごとに表として載せられています。著者はこの工事数を農業生産成長の指標として活用しています。ほかに、ある海域での商船の難破数、日本海航路のある港の廻船入港数・取引品目・取引数、関東地方各地での絵馬の各年の奉納数などを経済活動の指標ともしています。

その結果、1800年以降にはいわゆる長期波動が検出されるようになり、1830年以降には中期循環に加えて、西日本では短期循環もはっきりと見いだされるとのことです。また、東日本と西日本の景気は完全には連動しておらず、全国市場の成立は明治以降、通説どおり1900年頃になるそうです。

近世初期の日本の人口は、速水融さんの推計以来980-1200万が通説になっていたと思います。しかし、本書では1800万くらいの方が妥当なのではとされています。近世初期の人口をあまり低めに見積もると、農業関連の工事数から見積もった農業生産と見合わず、近世初頭の1人当たり農業生産がその後よりも多くなってしまい、17世紀を通じて1人当たり農業生産が低下してゆくことになってしまうのだそうです。どちらの推計も限られた史料から工夫を凝らして算出されたものですが、速水さんの人口推計が低すぎるのか著者のつかった農業土木工事件数のみからする農業生産成長の推計が低すぎるのか、どちらが正しいのか興味のあるところです。

第2部以降は、3つの章からなります。一つは、日本の1888-1940年の景気循環の時期を示したもので、多くの系列データの組み合わせから矛盾なく出された妥当な結論のようです。

次の章は、もっと巨視的に17世紀以来、現在までを見据えた世界の超長期の景気循環・コンドラチェフ波を著者なりの観点から説明してくれています。本位制と金銀比価、政治経済制度の変化が関与しているとするとともに、「産業革命」という言葉をコアの各国間で製造業の比較優位が変化するような技術革新がおきることにあてはめているのが独特でしょうか。日本の「産業革命」は占領期終了後とされているなど、まあ一読の価値はありかな。

最後は「付論 人間と国家と革命」というタイトルで、社会体制の変化の要因・歴史を経済的に説明しようと試みられています。著者の持論なのだろうとは思いますが、独特すぎるのでうんうんと頷いてばかりはいられませんでした。

2008年11月9日日曜日

正倉院


杉本一樹著 中公新書1967
2008年10月発行 本体800円

正倉院に関しては、聖武天皇ゆかりの品々や東大寺大仏開眼会で使われた品々が収められ、また写経所文書をはじめとした正倉院文書が残されていることを、中学校・高校の授業で習ったと思います。この本は、入門書としてまずはその点を分かりやすくおさらいしてくれています。さらに、奈良時代のことに加えて、その後1200年の正倉院の歴史を解説してくれている点が、本書の一つの特色でしょう。

光明皇后により正倉院に収められた薬品類は、その後100年にわたって払い出され、人気のある薬剤は払底しました。9世紀後半になると、唐・新羅の商船が貿易目的で渡来するようになり、薬品の入手が容易となって、正倉院から出庫されることはなくなったそうです。8世紀中頃の光明皇后の時代には商船の往来は少なかったのでしょうが、正倉院に収めた大量の薬品はどうやって入手したんでしょうか。

足利義満・義政や織田信長が蘭奢待を切り取った話は有名です。でも、その後の豊臣秀吉や徳川家康は切り取りをしていません。秀吉は正倉院自体に興味がなかったようです。しかし、家康の場合には、修理の計画を立てるために家臣を正倉院に派遣し、宝物保管用の長持を贈っています。興味がなかったわけではなく、蘭奢待を含む正倉院の宝物を保護すべき文化財として考えていたのでしょう。家康が読書家であることも影響しているでしょう。また、江戸幕府がそれ以前の武家政権と比較して、公的な性格を強めている証拠にもなりそうなエピソードです。

正倉院の管理は宮内庁が担当しているとか。また、正倉院の建物自体は国宝に指定されているそうですが、中に収めてある宝物は国宝ではないのだそうです。ちょっと意外な感じでした。あと、ちょうど今、第60回の正倉院展が行われていますが、奈良なので気軽に行けないのが残念。

2008年11月6日木曜日

アメリカの大統領選挙

アメリカの大統領選挙が終わって、オバマさんが当選しました。私も、ブッシュ以外なら誰でもいいって感じていた1人ですが、マケインさんよりは期待できそうなのかな。まあ、オバマさんがどんなに素晴らしい政治家であっても、アメリカ合衆国は民主主義国で、議会もあるしマスコミもあるし財界も力を持っているはずなので、就任すれば直ちに素晴らしい政治が出来るだろうとは思えません。現下の21世紀大恐慌の進行だって、少しでも食い止められるかどうかは不明です。ただ一つ信じて良さそうなのは、ブッシュ現大統領とは違ってイラク戦争開戦程の愚かな選択はしないだろうということでしょうか。

開票の様子を見ていて印象的だったのは、民主党の集会に学生くらいの若い人もたくさん集まっていて、当選を喜んでいることです。熱狂的な人も少なくなかったかと。アメリカ以外でも選挙結果に若い人が希望を託してる姿って見かけると思いますが、次の衆議院選挙で日本に政権交代があっても、日本の学生・若い人たちがはしゃぎまくる場面なんて見られそうにないですよね。日本がこんなに冷めてるのは何故なんでしょうね。

2008年11月5日水曜日

改定新版 図説 中国の科学と文明


ロバート・テンプル著 河出書房新社
2008年10月発行 本体3800円

紀元前からの中国での発明・発見をたくさん紹介してある本です。例えば、当たり前の方法だと思われる、畑に畝をつくって一条に種を蒔くなんてことも中国の発明で、中世ヨーロッパの小麦の収穫量が播種量に比較してとても少なかったのはこの方法が知られていなかったことも一因だったそうです。

図説というだけあって、たくさんの事項が、写真・イラスト付きで短くまとめて解説されています。この分野では、J.ニーダムという人の「中国の科学と文明」という大著があって、本書の各項のリファレンスもほとんどが、それを示しています。

ニーダムの「中国の科学と文明」は近代より前の世界的な経済史を扱った欧米人の著書に引用頻度の高い名著です。日本語訳もされていますが、10巻以上あって並べると幅50センチ以上になりそうだし、また個人で買うにはかなり苦しい価格です。なので、本書のような分かりやすく安いものにも存在価値があると思うのですが、「図説中国の科学と文明」という日本の書名はニーダムの大著との関係を誤解させることを狙ったみたいで、良くない印象を受けました。なお、原書のタイトルはThe Genius of Chinaなので、悪いのは河出書房の編集者なのでしょう。

ニーダムは、本書に序文を寄せています。その序文によると、彼は元々イギリスの大学の生化学の助教授でしたが、中国からの留学生に中国の発明・発見について教えられて興味を持ち、中国語を勉強しました。その後、第二次大戦中にイギリス政府から駐中大使館に派遣されて、研究を本格的に始めたそうです。

今年の北京オリンピックにちなんでか、Natureの今年の7月24日号が中国の特集を組んでいました。その中に、なぜかニーダムについての記事が3-4ページありったのです。それによると、件の中国人学生というのはニーダムの奥さんの研究室に留学してきた若い女性で、ニーダムはその娘といい仲になってしまい、それが研究のきっかけだったとか。大研究につながった浮気ですね。

2008年11月3日月曜日

あっと驚く船の話


大内建二著 光人社NF文庫580
2008年9月発行 本体905円

帆船時代から1980年代までの船舶の事件が扱われている本です。光人社文庫ですが、戦争に直接関連した話題を取り上げた本ではなく、軍艦よりも一般の商船に関するエピソードの方が多くなっています。船の事件ですから多くは遭難・沈没で、反乱・失踪などもいくつかありました。事件の原因は故意によるものはもちろん少なく、航海の際の過失が最も多く、設計・建造上の過失がそれに次ぐようです。ただ、医療事故のことなど思い合わせると、過失とは言っても当事者は精一杯やっていたっていうケースも多いのかもしれません。でも、船ってやはり沈む可能性があるので怖い。

400ページ余りの本に計29もの事件が載っているので、それぞれの事件についてはあらましが紹介されているという程度です。タイタニックなどの有名な事件よりも、あまり知られていないものを取り上げるのが著者の方針のようですが、初めて知った話というのは、半分もなかったかな。でも、短時間で面白く読めました。

2008年11月1日土曜日

プラートの商人


イリス・オリーゴ著 白水社
2008年4月発行 本体5600円

中世イタリアの日常生活というサブタイトルがついています。フィレンツェの近くにある町プラート出身のある商人が残した文書をもとに、かれの商人としての生活や家庭の様子を淡々と描いた本です。貴族や高級な聖職者ではなく、生まれはふつうの人でした。彼は中年になるまで、アビニョン捕囚時代のアビニョンを拠点に、イタリア・スペイン・フランスに支店を持って活動し、一代で財をなしました。

遠隔商人として成功した主人公ですが、嫡子がいなかったので財産の多くを慈善事業のための財団として遺しました。その際、自分が事業で使っていた文書類も保管するように遺言しました。文書の数は膨大で、だいたい500冊の帳簿、数百の契約書・保険証券・手形、14万通余の書簡などからなり、現在でもプラート市にある元の彼の自宅だった建物が文書館とされ、そこに保管されているのだそうです。日本で言えば南北朝の頃ですが、これだけの量の史料が残っているとはうらやましい。

中世ヨーロッパの商習慣はブローデルなどの本で読んだことがある(というか、この商人の文書の方がブローデルなど経済史家のネタ元の一つなのでしょう)ので新たな発見は読んでいてあまりなかったのですが、人件費が安くて物の値段が高いことには驚きます。服をあつらえる際に仕立屋の手間賃より服地の値段の方が高いのはまあそういうものかなとも思うのですが、自宅の壁に壁画を描いてもらう際の画家への謝礼より絵の具の代金の方が高いというのには呆れてしまいました。

原著は1957年と半世紀前の本。日本版は1997年に初版が出て、今回は書物復権という8出版社共同企画の帯をつけた新装復刊版でした。でも、こういう本は古くなりませんね。