2008年7月18日金曜日

農耕起源の人類史


ピーター・ベルウッド著 京都大学学術出版会
2008年7月発行 本体5200円

インドからヨーロッパにまで分布しているインド=ヨーロッパ語族や、台湾から東南アジア・マダガスカル・オセアニアと広範に分布するオーストロネシア語族のように、地球上には分布範囲のとても広い語族がいくつもあります。こういった同系統の言語の地球上における分布を、「完新世前期に農耕が発生した少数の特定地域で、語族が発生しそこから広がったとする考えかた」で説明しようとしたのが本書です。

かつて完新世の頃、肥沃な三日月地帯、長江・黄河流域、ニューギニア、サハラ以南アフリカ、アメリカ合衆国東部、メキシコ中部、南アメリカ北部などで、それぞれ独立して農業が発明されました。地球上にはそれ以前から狩猟採集を行う人たちが広く薄く住んでいました。しかし、農業を発明した人たちの人口の増えるスピードが速かったので、農業を発明した人たちはそれぞれの農耕の起源の地から、よりよい土地を求めて移動して行きました。その過程で先住民と交流をくり返しながら言語と農耕を広めていったことが、農耕と語族の地球上での現在の分布をもたらしたというのが本書の主張です。

この考え方を、著者は「初期農耕拡散仮説」と呼んでいます。本書を読みながらもった感想は、これって仮説というより当たり前のことなんじゃない?というものです。ベルウッドさんがこの説を本という形にしてまで世間に問うているということは、他の学者の説も参考にしたかもしれないけれども、たしかにこれが彼のオリジナルの説だということでしょう。でも、腑に落ちない感じ。

その点は本書の訳者も同じように感じたらしく、巻末の解題で解説してくれています。欧米社会では、現生人類が絶対で、現生人類とそれ以外のネアンデルタール人のような先住民との間に交流があって言語や農耕文化が広まるということは考えにくいのだろうということです。

私にはとても当たり前に思える「初期農耕拡散仮説」ですが、だからといってすべての農耕・言語の分布状況がこれだけで説明できるわけではないのだろうとも思います。ほかの言語については知識がないので、記述された通りに読み進んだだけですが、日本語についての、「日本語は紀元前300年頃に朝鮮半島から弥生時代の稲作民とともに日本にひろがり、その結果、縄文時代の『狩猟採集民』の言語と入れかわった」というのは、かなり気になります。

日本語の起源はまだ定説がない状況だと思うのです。朝鮮語と日本語とは文法に似ている点があっても、ある言語どうしを同系と判定するのにつかわれる単語の対応がほとんどみつからなないんでしたよね。開音節のみからなる点は南の方に似た言語があるそうですが、朝鮮語とは一致しません。本書では採りあげられていない日本語クレオール起源説なんかの方が、私にはもっともらしく聞こえます。なので、日本語と日本の農耕の起源に関する本書の記載はイマイチという印象でした。なお、本書にはドラヴィダ語族の分布に関する記載もありますが、日本語とドラヴィダ語との関連については触れられていませんでした : )

本書の終わりの方に、第11章「遺伝子、古人骨、人々の身体特徴からさぐる」があります。ここには骨の形質や、ミトコンドリア遺伝子、Y染色体上の遺伝子の特徴の地域的な分布が触れられています。これに加えて、いつの日か化石からDNAを抽出して分析できるなどの革新が加われば、農耕や言語・民族の起源に関する研究がかなり進歩すると思われるので、期待しましょう。

本書の半分以上は、農耕が各起源地からどのように拡がっていったか、各語族がどのように世界に分布しているかの詳しい解説になっています。これを読むだけでも勉強になりました。

0 件のコメント: