花伝社
2004年11月30日 初版第1刷発行
鉄リサイクルから見た日本近代史というサブタイトルがつけられているように、船舶解体だけでなく、解体によって得られる鋼材・鉄屑の利用について、戦間期から現在までの状況を扱っている本でした。第一章では、潜水艦との衝突で沈没したえひめ丸が調査のために引き上げられながら、その後は解体されずにふたたび沈められたエピソードとともに、人件費の低くない国では船舶は解体できなくなっていることが紹介されていました。現在の日本で解体される船は自衛艦のように秘密保持の目的のものくらいなのだそうです。世界の船舶解体に占めるシェアも、第二次大戦後しばらくは日本が一位だったものの、石油危機前後には台湾・韓国のシェアが大きくなり、現在ではインド・パキスタン・バングラデシュの南インド3カ国と中国が大部分を占めています。これらの国でも人件費が上昇し、また解体にともなって排出されるアスベストなど有害物質も問題視されるようになってきていますから、廃船を解体してくれる国がなくなってしまうのではとも危惧されるのだそうです。AppleがMacの生産の一部をアメリカに移すことを発表したように、機械化が進んだ製造業では人件費よりも他の経費を重視して先進国に戻る動きが増えてくるでしょうが、人手の関与する部分が大きく、しかも3K職場の典型のような船舶解体業ではそうはいかないでしょうね。
まだ鉄屑の発生量が少なく、盛んに船舶が解体されていた頃の日本には、解体する対象として船舶を輸入することも行われました。船舶解体業者は用船で得られる運賃と解体で得られる鉄材鋼材の価格とを比較して、輸入した船舶を運用・傭船にまわすこともあったのだそうです。また戦前でも輸入規制のあった時期には便宜置籍船(変態輸入船と呼ばれた)として運用されたりもしたのだとか。さらに解体された場合にも、製鉄の原料として輸入された鉄屑と同じように、船舶解体によって得られる鋼材も溶かされて高炉や電炉で再利用されるのかと思っていました。しかし、程度の良いものは伸鉄業にまわり加熱・成型して建築用の丸棒などとして販売されました。JISの整備で公共工事に伸鉄材からつくった丸棒がつかえなくなったことも日本での船舶解体の衰退に繋がったのだそうです。
これまで知らなかった分野が取り上げられたとても興味深い本でした。ただ、製鉄や造船といった大企業の多い華々しい業種とは違って、静脈産業である船舶解体業には中小企業が多く、まとまった史料が残されていないようです。本書にも著者が資料探しに苦労したことが書かれていました。船舶解体業で活躍した人たちに直接インタビューすることができれば、きっと面白いエピソードをたくさんきくことができたでしょう。でも、それら取材すべき人たちが元気でいたのはおそらく半世紀は前のこと。本書にも船舶解体業で活躍した人たち子供の世代が親の思い出話を語った部分が少し載せられていますが、正直なところ興ざめ。21世紀に発行された本書は、オーラルヒストリーという意味では遅過ぎます。オーソドックスな史書の流儀で書いた方が良かったのではとも感じました。
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