2011年4月22日金曜日

地図で読む戦争の時代


今尾恵介著 白水社
2011年3月発行 本体1800円
著者は戦前のものも含めた多数の地図のコレクションをお持ちだそうで、そこから得られた戦争の時代の日本のあれこれ、例えば、建物疎開による空き地、広島の被爆による戦災地、焼け跡につくられた名古屋の100メートル道路などが地図に描かれていることが紹介されています。でも、もっともっといろんな世相・事情が地図から読み取れるのだとか。
むかしの鉄道で使用されていた蒸気機関車は、頻繁に停車したり折り返したりするのには向かないので、ガソリンを利用した気動車が駅間の短い都市近郊の路線で頻回運転に使用され始めていました。ところが、アメリカの対日石油輸出禁止によってガソリンの使用が制限され、気動車の運転ができなくなり、その種の「気動車駅」は廃止されてしまったことが地図に描かれています。また、発車時に電力を多く消費する路面電車は、節電のために停まる停留所数を減らして「急行運転」を始めたのだとか。急行というとサービス向上のようですが、そういう事情があったとは。また鉄道でも、不要不急線とされた路線(例えば現在の京急逗子線、京王多摩御陵線、高尾山ケーブルカー)はレールを撤去されてしまいます。太平洋戦争中、船舶の不足や潜水艦の被害を避けたりするため、沿海海運から鉄道へと貨物輸送をシフトしました。きつい登り勾配は想い貨物列車を牽引する蒸気機関車にとっては不都合で、登り勾配の緩い遠回り新線が増設されました。こういったことが地図の変遷からみてとれます。
戦前の日本の地図は参謀本部の陸地測量部が作成していたことからわかるように、戦争も地図作成の目的の一つで、もしかするとそれが主目的だったのかもしれないくらいです。戦時に敵国が既成の日本の地図を利用しにくいように、軍事施設などに関しては地図上に空白で描かれたりしました。毒ガス工場のあった大久野島は島自体が地図に載っていなかったし、皇居などの皇室用地も空白にされました。特に、要塞地帯とされた地域のまともな地形図は販売されず、等高線のない、地形を推測する材料となる鉄道のトンネルも描かない「交通図」しか一般には入手できなかったのだそうです。地図は秘密の対象ということで、カバーに使われた呉周辺の地図には軍事極秘と記されています。また、ロシア製の原図を元に陸地測量部が発行した沿海州の地図に「秘扱 取扱イニ注意シ 用済後焼却」と記されていたことや、驚くべきことに1991年の韓国の地図にも、”After use, the map shuld be destroyed by fire.”の表示がされているのだそうです。
軍機保護法のできた昭和12年以降になると、工場、高圧送電線、ドック、操車場なども改描の対象となりました。例えば、本書の174ページでは、木曽川の大井ダムが描かれなくなったことが採りあげられています。でも、ダムを消してあるのに、ダム上流側の広い川幅と下流側の細い川幅がそのまま描かれ、本当はダムのあるのがわかってしまいそうな作品です。著者は「長らく国土の姿を正確に描写・図化することを誇りにしてきた陸地測量部員がある日突然「ウソを描くこと」を強制された結果、意図的に稚拙に、後世の人が見てもすぐわかるように描いたのではないだろうか」と書いています。が、そういう職人気質の測量部員もいたのかもしれませんが、21世紀も10年目となった現在では、職人さんたちに直接インタビューすることは無理でしょう。ただ、改描済の地図とそうでないものを(定価金拾参銭)〔定価金拾参銭〕という括弧記号を利用したシークレットマークで見分けられるようにしてあったそうなので、戦後になってから部隊史とか自伝とかで真相を明かした人はいたんじゃないかな。
本書は書店でカバーを見て、戦時改描についての専門書かなと思って、あまり中身も見ずに買ってしまいました。戦時改描についての記載はわずかで、その点では期待はずれでしたが、だからといってがっかりな本ではなく、興味深い内容が読みやすくさらっとまとめられていました。私の知っている場所、立川や小川や十条や小石川や竹橋や赤坂見附や六本木などなどの、昔の様子がわかったりする点も面白い。私はgoogle mapを参照しながら読みましたが、現在の地図と比較しながら読むととてもいい感じです。
奥付には、「2011年3月15日印刷 2011年4月9日発行」と印刷されています。本書のテーマにふさわしく「戦争の時代」を思い起こさせる様な表記は、白水社さんのサービスでしょうかね。

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