平凡社新書643
イスラエルとパレスチナおよびその周囲の国々の関係をみていて不思議なのは、アメリカ合衆国をはじめ西側先進国のイスラエルに対する依怙贔屓とも思える態度です。古くはバルフォア宣言以来、イスラエルにはイギリスなどからの支持がありました。その支持を背景に六日戦争、ヨム・キプール戦争に勝利し、エジプトと平和条約を締結してその地位を盤石なものとしたかに思えたイスラエルですが、パレスチナの人々との関係を安定させることはできませんでした。パレスチナ側にとって厳しい条件のオスロ合意に対してもイスラエル国内での合意は得られず、インティファーダにつながってしまいました。遠くの日本に住む私の目からは、狭い自治区に押し込め、外部との交通を制限し、低い生活水準・高い失業率をパレスチナ人に余儀なくさせているイスラエルの理不尽な仕打ちが諸悪の根源だとしか思えません。それなのになぜ自由と人権を旗印にしているはずのアメリカ合衆国や西側先進国がイスラエルを支え続けるのか?という私の疑問に本書は
西洋がイスラエルに差し伸べてやまない支持の背景には、実際に移住を目的として生まれてきたこの最新の植民地国家が、いくつもの点で、かつてイギリスとフランスが世界中に所有していた植民地の歴史にもつうじる深いヨーロッパ的性格にねざしたものであるとの認識が横たわっています。
シオニスト国家が西洋との間に保つ――そして絶えず補強に努める――同族感情の有機的な絆に目を向けるならば、イスラエルが、ヨーロッパの諸列強や、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどヨーロッパの旧植民地から身を起こした大国の側から常にとりつけている一種の免責特権もおおかた説明づけられるでしょう。
依怙贔屓にも似たイスラエルの処遇には、かつてナチス・ドイツが手を染めたジェノサイドの蛮行について西洋が抱き続ける罪悪感が関係していると見る論者もいますが、この要因も、今日イスラエルが中東地域において肩代わりしている西側の利害関係に比べるならばさしたる重みをもたないように思われます。
と答えてくれていました。ナチス・ドイツの蛮行に対する償いが主な理由ではないという指摘は意外な感じがしましたが、最後の植民地国家だと説明されれば、ああそうかと納得できます。さらに
イスラエル=パレスチナ紛争に持続可能な解決策を求めるなら、それは一種の脱=植民地化のかたちを取らざるを得ないはずです。しかし、シオニストの入植者たちは、かつてのアルジェリアにおけるフランス人入植者とは異なり、もはやほかに帰る場所をもたないわけですから、パレスティナの脱=植民地化は、南アフリカ共和国の先例を参考にする以外にないでしょう。
という指摘も、とても鋭いと感じました。
本書の出版の経緯について訳者あとがきには、「トーラーの名において」のフランス語版オリジナル原稿を大幅に圧縮し、そこへ新たに以下の四章を付け加えるかたちで、日本語の新書版を念頭に置きながら書き下ろしたものです、と解説されていました。2012年7月に読んだ「トーラーの名において」もとても勉強になる本でしたが、税込み5670円と安くはありません。その点、本書は924円とふつうの新書の値段です。しかも日本人の私から見ると同じものとして捉えてしまいがちな、ユダヤ教とシオニズム、ユダヤ教徒とイスラエル国民、イスラエルといったものの関係を分かりやすく説き明かしてくれていますから、まずこちらを手に取ることをオススメします。
「トーラーの名において」を読んだとき、著者と同じような立場に立つユダヤ教徒がどのくらいの数いるのか、少数派だとしてもイスラエル、アメリカ合衆国、ヨーロッパなどのユダヤ人のなかでどのくらいの比率を占めているのか、知りたく思いました。本書には
シオニズムの支持者との比較においていうならば、それに異を唱える人々は少数にとどまり、世界全体でもおそらく数万人の域を出るものではないでしょう
と書かれてあって、予想よりかなり少ないようです。近代は人が宗教に依存しなくなる時代なので、こういった考えを支持する人の基盤である敬虔なユダヤ教徒の数自体が減ってきているのでしょうから、こういった数字なんでしょうね。また著者によるとユダヤ教の平和主義は徹底したもので、
もしもシオニズムの罪がなかったら、ヨーロッパの惨劇は起こらなかったであろう。
破壊は、シオニストたちの罪に対する報いとして起きたのだ。
というように、ヒトラーとナチズムさえもシオニズムの直接の帰結と解釈します。そういった悲劇に武器をとったり、新たな国を建てることで立ち向かおうとするのではなく、正しいユダヤ教の信仰を守ることで悲劇を防ごうとするものなのだそうです。日本国憲法の平和主義は平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼してというものですが、ユダヤ教の方は諸国民がどうかは問題とせず自らの信仰を信頼するというものですから、もっと徹底しています。日本でも平和ボケなんていう言葉で平和主義を馬鹿にする人がいますが、周囲の国との緊張がさらに高く、うちにもパレスチナ人や被ユダヤ教徒の住んでいるイスラエルでは「平和ボケ」以上にきつい口調で著者等の立場を受け入れない人が多いのかもしれません。
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