2011年12月29日木曜日

律令制研究入門

大津透編著
名著刊行会
2011年12月19日 第1版第1刷発行
2010年に発行された東方学会の英文紀要が律令制の比較研究を特集していて、そこにおさめられた4本の概括的論文が本書の元となったそうです。本書の第一部はその4本の論文、第二部には律令の各論についての論文4本、そして第三部には編者による律令制の研究史のまとめなどが収められています。
一読してみて、本書が「律令制研究入門」で「律令制入門」でないという印象を受けました。特に具体的な領域を扱った第二部の論文は、古代の日本についての知識をある程度もっていることが前提として書かれています。また、論証のために引用されている条文には、返り点が付されていますが、読み下し文はありません。読み下し文がないと、私の場合はかなりゆっくりと確認しながらでないと読めませんでした。でもどの論文も論旨は明解なのでなんとか理解できたかなと思います。
第一部は外国人向けに日本の律令制の実態を紹介する論文なので分かりやすいし、第三部の研究史のまとめともあわせて、専門的な知識がない私には基礎的な事項がとても勉強になりました。たとえば、
  • 日本が律令法典を編纂し、体系的な律令制の摂取が可能であったのは、唐朝の冊封を受けていなかったことが大きかった
  • 天武・持統朝における律令法典の編纂、律令制の体系的摂取とは、主に唐朝との軍事的な緊張関係による軍国体制形成のためになされた
  • 792年、桓武天皇は返要の地を除き、軍団兵士制すなわち徴兵制度を廃止した。これ以降、編戸制・班田制・租庸調制といった諸制度が次第に衰退してゆくことになるが、それは社会変動のためだけではなく、何よりも軍国体制の放棄によって徴兵制度に深く結びついていた諸制度を維持する必要性が失われたことも大きい
  • 北朝隋唐の均田制は、大土地所有を制限する限田制的要素と公民一人一人に一定額を支給する屯田制的要素とを持っていて、熟田だけでなく、未墾地や園宅地も含めて規制し、荒廃と開墾の繰り返しである現実の再生産過程を包括的に規制できる弾力的な制度であり、給田額正丁一人百畝の応受田額は理想ないし上限であり、均田制は一種のフィクションを内包していて、実際に全額支給されるわけではなかった。それに対して日本の班田制は、屯田制的要素だけを受け継ぎ、男一人二段の規定は全員に現実に支給する額なのであり、熟田だけを集中的・包括的に規制する制度である。園宅地も未墾地も律令国家の規制の埒外に放置されていた
などなどです。第三部の最後には「北宋天聖令の公刊とその意義」が載せられています。唐令は散逸していて日本令などからの復元研究が日本人の手で行われていました。しかし1999年に寧波の天一閣で唐令の情報を豊富に含んだ北宋の令の写本がみつかった(世紀の大発見)のだそうです。これまでの研究とあわせて唐令の復元や日本令の散逸した部分の復元や日本に特有な部分の研究がさらに進む可能性が示されていて、面白く読めました。

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