今日は立川の献血ルームに行きました。アルバイトとかではなくて、献血しに行ったのです。医学生だった頃は赤十字に献血の登録をしてあって、胸部外科で心臓の大きな手術があるときなど、血小板の成分採血になんども呼び出されて協力しました。でも、ここ数年はご無沙汰だったので、なんとなく行く気になったのです。
日曜日のせいかかなり混んでいました。暇はあったので待つのは別に苦ではなく、置いてあった横山光輝の三国志のマンガを見ながら順番を待ちました。順番が来て、まず献血可能かどうかチェックのための採血をしました。その際、担当のNrsの人に、これまで献血途中で採血できなくなったことがないか尋ねられました。
献血でも健診の検査の採血でも、一般的には肘にある静脈を使います。肘の屈側(内側)には、正中(まん中)・橈側(親指側)・尺側(小指側)とだいたい3本の目立つ静脈がありますが、ふつうは正中の静脈が一番太くて、しかも肘の凹んでいる場所に位置していて採血しやすいのでこれを使うことが多いと思います。しかし私の場合、右も左も正中の静脈が細いのです。そこで橈側皮静脈から採血するのですが、ここは凸になっているし、私の場合皮下脂肪も少なくてすぐ下が筋肉なので固定しにくいし、血液が出てくるスピードもかなり遅いのです。
Nrsの人は私の血管の状態に気付いて、採血途中で中断したことがないかどうか尋ねてくれたのでしょう。過去に数十回献血で採血されたことがあります。たしかに、時間は普通の人よりかなり長くかかるのですが、中断したことはない旨説明しました。チェックでも献血可能な状態だということで、またしばらく三国志を読みながら待ちました。
室内は冷房が効いているので、本採血に呼ばれる頃には手足が冷え冷えとなっていました。採血用のリクライニングチェアに横になり、右の橈側皮静脈に針が刺されます。16G(ゲージ)か17Gの、輸血や献血用以外には使わない太い針ですが、すっと痛みもほとんどなく刺入してくれました。献血担当Nrsの太い針の刺し方が上手な点には、いつも感心します。
で、上手に採血針が血管に入ったのはいいのですが、ちっとも血液が採血セットのチューブの中に流れ出てきません。針先が血管壁にあたって出てこないこともあるので針の角度を変えたり、駆血帯を巻き直したり、右手に握るものを持たされて握ったり開いたりなどしましたが、寒さで皮静脈は虚脱していて、チューブに10cmほど流出したところでストップ。
そして、右手を握ったり開いたりしているうちに、右手に痛みを感じるようになってきました。右手と右前腕を見ると、血の気が引いています。左手で右の橈骨動脈の拍動をさぐってみましたが、触れません。かなりきつく駆血帯をしばったので、動脈の血流も遮断されてしまったようです。動脈が流れていなければ、皮静脈に血液が流れてくるはずはなく、したがって採血できないのも当たり前です。右手に軽い痛み感じる旨、Nrsに伝えたところ、今日は困難と言うことで献血は中止とされました。残念。
患者さんの採血をする際に、採血が難しいと駆血帯を扱う手にも力が入って、だんだんときつく巻いてしまうことは自分にもあることです。今日の教訓ですが、動脈圧以上にきつく巻きすぎていないか注意することもかなり必要なんですね。特に採血が難しいときって、アツくなってしまっていることが多いので。
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ハンナ・ダイアモンド著
朝日新聞出版局
2008年5月発行
本体2400円
難民の大量発生・逃避行が道路を渋滞させ、自国の軍隊の作戦行動に妨げになることがあったとの記述を読んだことがあり、実際のところどうだったのかが以前からずっと気にかかっていました。5月に、韓国戦争第一巻を読んだのもそんな興味からだったのですが、その点では空振り。ところが、タイムリーに6月29日付け朝日新聞の書評に本書が取り上げられていて、「大脱出」がテーマとのことなので早速購入しました。
第二次大戦は1939年9月にドイツのポーランド侵攻に対してフランス・イギリスが宣戦布告したことで始まりましたが、その後の8ヶ月間、西部戦線では大きな戦闘がありませんでした。しかし、この間にもアルザス・ロレーヌやマジノ線近接地の住民は公的な疎開計画に従ってフランス南部の県へ移送されたし、50万人ものパリ市民が自主的に避難しました。しかし、予測された戦闘行為が起こらないので、非難した人たちも戻っていったそうです。
1940年5月10日に西部戦線でのドイツ軍の侵攻が始まると、ベルギーやついでフランス北部・東部の県からの避難民がパリにやってきました。5月下旬から6月4日のダイナモ作戦や、6月3日のパリ空襲、6月8日の政府のパリ脱出などの情勢から、パリ市民だけでも200万人が家を後にしたのでした。裕福な人は自動車で、幸運な人は鉄道で、自転車や多くの人は徒歩で、農民は荷車で。
みんな、避難の道中で水や食料が買えるものと思って出かけたそうでですが、道路を埋め尽くし歩行者の渋滞をひきおこすほどの人の多さだったので、食料の入手は困難でした。道中、たくさん持ってきてしまった衣類や家財道具を捨てる羽目になったり、子供がはぐれたりなど様々な悲劇が発生しました。しかし本書には、悲劇個々の描写は期待できません。というのも、本書はイギリスで2007年に出版された本だからです。「大脱出」から60年以上が経過しているので、本書はインタビューなどを主材料としたルポルタージュではなく、史料に基づいて書かれた歴史書的なのです。
迫真のルポルタージュが期待できないからと言って、本書が無価値になるわけではありません。本書を読むことによって初めて知ったことがたくさんあります。
①難民の総数は800万人にも達していたこと。うちフランス人はパリ市民の200万など、620万人で、その他はベルギー・オランダなどの外国人でした。
②フランス政府はパリを脱出する際に、共産主義者によるパリコミューンの再来をおそれていたそうです。
③フランス政府はトゥール、ついでボルドーへと移転しました。しかし、各政府機関が建物に電話もないなど、準備不足が明らかでした。この重要な時期に政府・各大臣などの情報交換が迅速に行えなかったことは。戦局の推移に悪影響を与えたでしょうし、徹底抗戦ではなく、休戦の申し入れをする一因ともなったでしょう。
④避難民だけでなく、それを受け入れた地方の住民も、大脱出を適切に処理する能力が第三共和制政府にないことを認識しました。敗北の責任ともあいまって、ペタン元帥による新しい体制を受け入れることに人々が抵抗しなかったのはこのためだと考えられているそうです。
⑤ペタンが受け入れられたのとは対照的に、亡命して抵抗をというド・ゴールの呼びかけは当初は共感されませんでした。ダイナモ作戦でイギリスに脱出できたフランス兵もその例外ではなかったそうです。
⑥800万人もの人が避難したわけですが、休戦成立後に、可能な人は徐々に自宅へ帰還していきました。避難し帰還したパリ市民の中には、パリにとどまれば良かったと感じる人がたくさいました。
⑦命令により「大脱出」に加わった人もいましたが、多くの人はパニックにとらわれて避難民の流れに加わっていったようです。戦争中なので、当然若い男性は少なく、女性・子供・高齢者が多い集団でした。
全く関係ないことですが、いつかは来るはずの東京大地震の際にビジネス街からの帰宅難民の出現が予想されています。人が道にあふれ、水や食料が入手できず、野宿することになる点では、この大脱出に似ています。そう言えば、本書には触れられていなかったけれど、トイレはどうしていたんだろう。
A・ディグビー/C・ファインスティーン編
北海道大学出版会
2007年10月発行 本体3000円
英国史の軌跡と新方位というサブタイトルの付いた本書は1985年に創刊された学術誌Refresh(Recent Findng of Reserch in Economic and Social History)に掲載された14本の論文をまとめたものです。Refreshは、経済史と社会史の領域での新たな重要な解釈のいくつかを、それを唱えた専門家自身が教師や学生など多くの読者に解説することを目的にしています。
近年の「多くの新研究のきわめて明白な特徴の一つは、漸進主義的な解釈の強調である」と本書の序文に書かれれていますが、本当にその通りです。産業革命・農業革命のほかにも、議会エンクロージャーやドゥームズデイ・ブックなどのテーマについて、以前の研究を特徴づけていた劇的変化に代わって、いまでは経済の成長と変化の長期的な性質を高く評価することが流行のようです。「革命」なんてなかったというわけですね。日本の経済史で江戸期の評価が上がってきたり、戦後と戦中の継続が重視されるようになったのも、そういった流行の反映なんでしょうか。
また、あるテーマに関して新しい理解をもたらした研究も紹介されています。 例えば、帝国主義というと、原料と商品の市場を確保するために植民地の獲得が目指されたのだと一般に理解されていると思いますし、また中学校や高校の教科書でもそういった扱いがされていたような気がします。こういった見方に挑戦するのが第6章。
本書の第6章の「イギリス帝国主義ー再検討と修正」は、ジェントルマン資本主義の帝国(名古屋大学出版会、1997年)の共著者の1人であるA・G・ホプキンスが担当しています。彼はその著書で、イギリス帝国主義が産業資本主義の内的論理の所産ではなく、イングランド南部の金融・サービス部門こそが、イギリスの海外での存在に支配的な影響力を持っていたことを論証しています。数年前にこのジェントルマン資本主義の帝国を読んだ際には、既存の理解を大きく変える斬新なものだと、とても感心したのを覚えています。
産業界の経営者たちと違って、シティやイングランド南部の金融サービス部門の代表者たちは、社会的に許容されうる方法で財を得たので、資本家であるとともにジェントルマンの地位にもあったわけです。また、地理的にもロンドンの近くに在住していて、地位の有利さとも相まって、首都における政治・政策に影響を与えることができたために、「19世紀における帝国主義者の衝動は、金融・サービス部門の発展を分析の中心にすえることなしには理解されえない」ということになる訳です。こういったエレガントな分析が、現著者の筆でサマライズされた文章を読めるのが本書の売りですね。
第6章の最後には、「この小論でとられた視角からすると、近年の展開はより深遠な歴史的意義をもつかもしれない。1980年代に課せられた新しい保守党政策は、自由主義的職業のジェントルマン的価値に対して不断の、一見成功したかにみえる攻撃を加えた。古い制度や世界的野望の多くは存続している。しかし、その顔ぶれは変わった」と書かれています。サッチャー政権のとった新保守主義はシティを変えてしまったんでしょうか。現代史に関する知識がないので、ここのところの意味は分かりませんでした。
全体としては本書の企画・内容に満足していますが、翻訳には多少気になる点があります。英語の原文が透けて見えてきそうな生硬な訳が散見されるのです。例えば「こうしてこれらの研究の多くが、1820年以後の所得の改善の規模についてある程度の懐疑を生むかもしれないが、しかしリンダートとウィリアムソンの実質賃金の数値がもつ広範な射程と権威主義的な性格は、依然としてその楽観論的解釈に挑戦する試みが直面する障害であり続けた」なんて、ひどいでしょ。まあでも、複数の訳者がいるので、全部が全部と言うわけではないので、読むに値する本です。

今日は、Mac OS X 10.5.4のアップデートがありました。Air Mac ユーティリティやQuick Timeなどのアップデートと合わせて合計4本ものアップデータが実行されたためか、ファイルが大きかったためか、かなり時間がかかりました。計測したわけではありませんが、2回も自動的にジャーンと再起動したりなどして、10分以上かかった印象です。
今回のアップデートはMobileMe関連のアップデートだと記載しているブログもあるのですが、アップルのサイトでみてみると、特にその点にはなにも触れられていませんでした。今はこのMacBook Pro一台しかOS Xの動くMacを持っていないので、現在の私にはMobileMeは縁がない感じです。でも、来年度にはMobileMeが必要な状況になりそうな予感もあり、どんなサービスなのか、使い勝手など気になるところです。
浅沼信爾・小浜裕久著 勁草書房
2007年11月発行 本体2800円
開発経済学への招待というサブタイトルが付いているように、クズネッツ流の近代経済成長という概念を、今日の途上国の発展の分析に使ってみようというコンセプトで書かれた本です。200ページ余りの小さな本ですが、日本をはじめとして、多くの途上国の発展や政策がエピソード風にたくさん載せられていて、気軽に読めました。
「過去半世紀の記録を見ると、途上国で近代経済成長に成功してきたあるいは成功しつつある国の方が失敗例よりはるかに多いことが分かる」と述べられているように、かなりの楽観性が特徴の本書です。もちろん、サブサハラ・アフリカ諸国は例外とされています。でも門外漢として気になったのは、こういう風に途上国はうまくやっていると評価するのが現在の開発経済学の主流なのかとうことです。一昔前とはずいぶん風向きが違う印象です。
過去の歴史から見て、輸入代替工業化を目指した諸国の失敗と輸出主導工業化がもたらした東アジアの奇跡の対象性は明らかです。では、すべての国が輸出主導工業化を目指してうまくいくのかというと、著者はそれに対して懐疑的です。私は本書で初めて知ったのですが、重力理論というのがあるそうです。
2国間の貿易量はその2国のGDPに比例し2国間の距離(取引費用の代理変数)に反比例するというものです。輸出主導工業化が成功するには、近場に輸入を受け入れる大きな先進国市場が必要で、東アジアの場合にはアメリカと1980年代からは日本がその役割を果たしたことが、東アジアの奇跡の実現につながったというのです。逆に、サブサハラ・アフリカ諸国の近くにはそういった輸入を受け入れてくれる市場がないことが、停滞の一因と考えられるそうで、納得してしまいます。
サブサハラ・アフリカ諸国の停滞の原因として、ガバナンスの問題が重視されるようになっています。単に政府は無能なだけではなく、かえって国民を食い物にする有害な存在になっていると。これに対しては、「途上国の指導者あるいは指導層が自らのグループの利益を最大化するような経済運営を行っていて、国の指導者層自体が経済成長の阻害要因になっている場合がある。このような場合には、どのようなガバナンス改善の政策も有効ではないだろう」とのこと。つい先日、ジンバブエで大統領選挙があり、現職のムガベ大統領が勝利したとのことですが、ああいう事例を見るにつけ、同意してしまいます。
また、途上国だった頃の日本経済のガバナンスとして官業払い下げ事件を取り上げてあるのですが、「戦後の公共事業と与党の癒着の方が日本経済のガバナンスとして問題は大きいかもしれない」などと付け加えてあるのには同感です。年金や居酒屋タクシーの問題など、日本の政府には政治がらみ以外でも問題山積のようですし。
あと、本書の編集者に尋ねたいところですが、きちんと校正してるの?仮名漢字変換のミスだけでなく、國なんていう旧字体が使われていたり、文章中の「あいうえお」にあたるところに「はひふへほ」がつかわれているところがあったりなど。著者の略歴を見る限り、旧仮名遣いで書くような年齢ではないようなのですが、不思議です。

原田敏丸・宮本又郎編 同文館
1985年10月発行 本体2800円
1984年8月に開催された社会経済史学会の「前工業化社会の物価と経済発展」というシンポジウムの記録として出版された本です。20年以上前に印刷発行された本でページにやけやシミが見られる状態なのですが、ジュンク堂新宿店で購入しました。ジュンク堂は不思議な本屋さんでこういう古い本がなぜか置いてあったりします。
このシンポジウムは6つのセクションに分かれていて、物価史における問題意識という総論のセッションと西欧の前工業化期をあつかったセッション以外の4つは江戸時代に関するものでした。江戸期をざっと通してながめると、米価上昇の一世紀だった17世紀、米価安の諸色高の享保中期、元文改鋳から文化期までの物価安定と綿菜種生糸の米に対する相対価格の低下、インフレ的成長の文政天保期、開港後の万延改鋳と価格革命ということになるでしょうか。
現代の価格統計などでは実質価格が主に扱われているの、物価史でもそうなのだとばかり思っていました。しかし、なんらかの基準通貨で換算した実質価格を対象とする研究者だけでなく、名目物価を対象とする研究者も多数存在するのは興味深い点です。換算することが困難だからと言うわけではなく、改鋳や貨幣量の変化などの貨幣的要因が物価のみならず実質経済に与える影響を重視する立場(例えばインフレ的成長論)から、名目物価を重視するとのことで、勉強になりました。
米価上昇の一世紀だった17世紀は前近代日本にとって大きな変化・成長の時期であり、人口もこの間に1200万から3000万程度にまで増加しました。この米価上昇と人口の増加に関連があったことが想定されますが、さらに貨幣的要因(流通通貨の増加)が加わっていたかどうかについては決着がついていないようです。その他、興味深い点としては、米価以外の物価、特に農産品価格と工業生産物価格の歴史的変動がありますが、これについてもまだ研究が少ないと言うことでした。
私が大学の附属病院でポリクリをしていた5年生の時に岩波書店から講座日本経済史が出版され始めました。それまで不勉強だった私は、数量経済史や歴史人口学に関する知識が全くなく、この講座の第一巻「経済社会の成立」を読んで、非常に新鮮な驚きをおぼえたのを覚えています。その後、6年生の10月には第二巻「近代成長の胎動」も第6回配本として発売されました。この講座は第三巻以降も全般的に面白いものなのですが、ことに第一巻と第二巻は江戸時代に対する新たな見方を与えてくれるなど、私にとっては影響力の強い2冊となりました。
第一巻の中の「概説17-18世紀」の物価を扱ったところと、第二巻の中の「物価とマクロ経済の変動」とは、本書の編者のうちの1人の宮本又郎さんが書いています。2つとも面白い論文ですが、専門書の中の文章ですから、整理された書き方がされていて、素人の私にはその背景までは見通せませんでした。本書と岩波講座日本経済史の時間的関係から、宮本さんは本書のシンポジウムの経験も生かして、2つの論文を執筆したはずです。なので、江戸時代の物価に関する本書を読んでみると、宮本さんの整理された論文の裏にはいろいろな学者の仕事や違った考え方などが反映されているのだということがよく分かったような気がしました。本書のようなシンポジウム記録や、学生院生向けの入門書などは、そういう意味で素人にとっては利用価値があります。
講座日本経済史が続けて出版されていた頃は医師国試から研修医としての修行の時期でした。なので、そうそう趣味の読書に耽るわけにもいかなかったのです。もしその頃がもっとひまだったら、20年も早く本書「シンポジウム 歴史のなかの物価」に巡り会えていただろうと思うのです。今となっては、1980年代までに発行された江戸時代物価史の本は入手困難なものばかりなのでちょっと残念です。

5月にフードプロセッサを購入してから、餃子をつくることがかなり多くなりました。netで調べると、中国ではニンニクを餃子の具の中に入れずに、たれに混ぜるのだそうです。でも、うちでは昔ながらの日本風の焼き餃子なので中にたっぷり入れています。
ニンニクは青森県産、とくに田子町産が有名ですね。一個が300円前後と少々高めですが、ひとかけらが大きいし、うす皮がむきやすいのもさすが。ただ、ちかくのスーパーには置いてないこともあるので、中国産のニンニクを買うこともあります。
中国産のニンニクは3個で150円くらいと値段はかなり安いのですが、ひとかけらが小さいのと薄皮を剥きにくいのが欠点。ひとかけらが小さいので、同じ量をつかうためには、日本産より剥かなきゃならない薄皮も多くなる訳ですが、そうするとニンニクに傷がついて指がニンニク臭くなってしまう確率も増えます。
そんな風に感じながら、新宿の東急ハンズで先週みかけたのが、この白いシリコンゴム製の円筒です。使い方ですが、手で剥く時と同じように、かたまりから外したかけらのおしりの部分を小さく包丁で落とします。そしてこの筒の中に入れて、まな板など平らなところで押すように転がします。薄皮はこのシリコンゴムの筒の内側にくっついて、きれいに剥けるっていう仕組みです。手間がすごく減るという程ではないけれど、剥きにくいものでも爪の痕などつかずにきれいに剥けるのがいいですね。値段も500円しなかったので、買って良かったと思える道具です。
ニンニクやラッキョウの漬け物を食べるのも好きです。売られている物は、小さなニンニクやラッキョウでも爪痕を付けずにきれいに剥いてあるので、どうやって薄皮を処理しているのか昔から疑問に思っていました。こんな道具があるところをみると、工場でもなにか似た仕組みの薄皮剥き用の機械を使っているんでしょうね。
2008年7月13日日曜日
2008年7月11日金曜日
脱出

ハンナ・ダイアモンド著
朝日新聞出版局
2008年5月発行
本体2400円
難民の大量発生・逃避行が道路を渋滞させ、自国の軍隊の作戦行動に妨げになることがあったとの記述を読んだことがあり、実際のところどうだったのかが以前からずっと気にかかっていました。5月に、韓国戦争第一巻を読んだのもそんな興味からだったのですが、その点では空振り。ところが、タイムリーに6月29日付け朝日新聞の書評に本書が取り上げられていて、「大脱出」がテーマとのことなので早速購入しました。
第二次大戦は1939年9月にドイツのポーランド侵攻に対してフランス・イギリスが宣戦布告したことで始まりましたが、その後の8ヶ月間、西部戦線では大きな戦闘がありませんでした。しかし、この間にもアルザス・ロレーヌやマジノ線近接地の住民は公的な疎開計画に従ってフランス南部の県へ移送されたし、50万人ものパリ市民が自主的に避難しました。しかし、予測された戦闘行為が起こらないので、非難した人たちも戻っていったそうです。
1940年5月10日に西部戦線でのドイツ軍の侵攻が始まると、ベルギーやついでフランス北部・東部の県からの避難民がパリにやってきました。5月下旬から6月4日のダイナモ作戦や、6月3日のパリ空襲、6月8日の政府のパリ脱出などの情勢から、パリ市民だけでも200万人が家を後にしたのでした。裕福な人は自動車で、幸運な人は鉄道で、自転車や多くの人は徒歩で、農民は荷車で。
みんな、避難の道中で水や食料が買えるものと思って出かけたそうでですが、道路を埋め尽くし歩行者の渋滞をひきおこすほどの人の多さだったので、食料の入手は困難でした。道中、たくさん持ってきてしまった衣類や家財道具を捨てる羽目になったり、子供がはぐれたりなど様々な悲劇が発生しました。しかし本書には、悲劇個々の描写は期待できません。というのも、本書はイギリスで2007年に出版された本だからです。「大脱出」から60年以上が経過しているので、本書はインタビューなどを主材料としたルポルタージュではなく、史料に基づいて書かれた歴史書的なのです。
迫真のルポルタージュが期待できないからと言って、本書が無価値になるわけではありません。本書を読むことによって初めて知ったことがたくさんあります。
①難民の総数は800万人にも達していたこと。うちフランス人はパリ市民の200万など、620万人で、その他はベルギー・オランダなどの外国人でした。
②フランス政府はパリを脱出する際に、共産主義者によるパリコミューンの再来をおそれていたそうです。
③フランス政府はトゥール、ついでボルドーへと移転しました。しかし、各政府機関が建物に電話もないなど、準備不足が明らかでした。この重要な時期に政府・各大臣などの情報交換が迅速に行えなかったことは。戦局の推移に悪影響を与えたでしょうし、徹底抗戦ではなく、休戦の申し入れをする一因ともなったでしょう。
④避難民だけでなく、それを受け入れた地方の住民も、大脱出を適切に処理する能力が第三共和制政府にないことを認識しました。敗北の責任ともあいまって、ペタン元帥による新しい体制を受け入れることに人々が抵抗しなかったのはこのためだと考えられているそうです。
⑤ペタンが受け入れられたのとは対照的に、亡命して抵抗をというド・ゴールの呼びかけは当初は共感されませんでした。ダイナモ作戦でイギリスに脱出できたフランス兵もその例外ではなかったそうです。
⑥800万人もの人が避難したわけですが、休戦成立後に、可能な人は徐々に自宅へ帰還していきました。避難し帰還したパリ市民の中には、パリにとどまれば良かったと感じる人がたくさいました。
⑦命令により「大脱出」に加わった人もいましたが、多くの人はパニックにとらわれて避難民の流れに加わっていったようです。戦争中なので、当然若い男性は少なく、女性・子供・高齢者が多い集団でした。
全く関係ないことですが、いつかは来るはずの東京大地震の際にビジネス街からの帰宅難民の出現が予想されています。人が道にあふれ、水や食料が入手できず、野宿することになる点では、この大脱出に似ています。そう言えば、本書には触れられていなかったけれど、トイレはどうしていたんだろう。
2008年7月8日火曜日
社会史と経済史
A・ディグビー/C・ファインスティーン編 北海道大学出版会
2007年10月発行 本体3000円
英国史の軌跡と新方位というサブタイトルの付いた本書は1985年に創刊された学術誌Refresh(Recent Findng of Reserch in Economic and Social History)に掲載された14本の論文をまとめたものです。Refreshは、経済史と社会史の領域での新たな重要な解釈のいくつかを、それを唱えた専門家自身が教師や学生など多くの読者に解説することを目的にしています。
近年の「多くの新研究のきわめて明白な特徴の一つは、漸進主義的な解釈の強調である」と本書の序文に書かれれていますが、本当にその通りです。産業革命・農業革命のほかにも、議会エンクロージャーやドゥームズデイ・ブックなどのテーマについて、以前の研究を特徴づけていた劇的変化に代わって、いまでは経済の成長と変化の長期的な性質を高く評価することが流行のようです。「革命」なんてなかったというわけですね。日本の経済史で江戸期の評価が上がってきたり、戦後と戦中の継続が重視されるようになったのも、そういった流行の反映なんでしょうか。
また、あるテーマに関して新しい理解をもたらした研究も紹介されています。 例えば、帝国主義というと、原料と商品の市場を確保するために植民地の獲得が目指されたのだと一般に理解されていると思いますし、また中学校や高校の教科書でもそういった扱いがされていたような気がします。こういった見方に挑戦するのが第6章。
本書の第6章の「イギリス帝国主義ー再検討と修正」は、ジェントルマン資本主義の帝国(名古屋大学出版会、1997年)の共著者の1人であるA・G・ホプキンスが担当しています。彼はその著書で、イギリス帝国主義が産業資本主義の内的論理の所産ではなく、イングランド南部の金融・サービス部門こそが、イギリスの海外での存在に支配的な影響力を持っていたことを論証しています。数年前にこのジェントルマン資本主義の帝国を読んだ際には、既存の理解を大きく変える斬新なものだと、とても感心したのを覚えています。
産業界の経営者たちと違って、シティやイングランド南部の金融サービス部門の代表者たちは、社会的に許容されうる方法で財を得たので、資本家であるとともにジェントルマンの地位にもあったわけです。また、地理的にもロンドンの近くに在住していて、地位の有利さとも相まって、首都における政治・政策に影響を与えることができたために、「19世紀における帝国主義者の衝動は、金融・サービス部門の発展を分析の中心にすえることなしには理解されえない」ということになる訳です。こういったエレガントな分析が、現著者の筆でサマライズされた文章を読めるのが本書の売りですね。
第6章の最後には、「この小論でとられた視角からすると、近年の展開はより深遠な歴史的意義をもつかもしれない。1980年代に課せられた新しい保守党政策は、自由主義的職業のジェントルマン的価値に対して不断の、一見成功したかにみえる攻撃を加えた。古い制度や世界的野望の多くは存続している。しかし、その顔ぶれは変わった」と書かれています。サッチャー政権のとった新保守主義はシティを変えてしまったんでしょうか。現代史に関する知識がないので、ここのところの意味は分かりませんでした。
全体としては本書の企画・内容に満足していますが、翻訳には多少気になる点があります。英語の原文が透けて見えてきそうな生硬な訳が散見されるのです。例えば「こうしてこれらの研究の多くが、1820年以後の所得の改善の規模についてある程度の懐疑を生むかもしれないが、しかしリンダートとウィリアムソンの実質賃金の数値がもつ広範な射程と権威主義的な性格は、依然としてその楽観論的解釈に挑戦する試みが直面する障害であり続けた」なんて、ひどいでしょ。まあでも、複数の訳者がいるので、全部が全部と言うわけではないので、読むに値する本です。
2008年7月7日月曜日
10.5.4 アップデート

今日は、Mac OS X 10.5.4のアップデートがありました。Air Mac ユーティリティやQuick Timeなどのアップデートと合わせて合計4本ものアップデータが実行されたためか、ファイルが大きかったためか、かなり時間がかかりました。計測したわけではありませんが、2回も自動的にジャーンと再起動したりなどして、10分以上かかった印象です。
今回のアップデートはMobileMe関連のアップデートだと記載しているブログもあるのですが、アップルのサイトでみてみると、特にその点にはなにも触れられていませんでした。今はこのMacBook Pro一台しかOS Xの動くMacを持っていないので、現在の私にはMobileMeは縁がない感じです。でも、来年度にはMobileMeが必要な状況になりそうな予感もあり、どんなサービスなのか、使い勝手など気になるところです。
2008年7月4日金曜日
近代経済成長を求めて
浅沼信爾・小浜裕久著 勁草書房2007年11月発行 本体2800円
開発経済学への招待というサブタイトルが付いているように、クズネッツ流の近代経済成長という概念を、今日の途上国の発展の分析に使ってみようというコンセプトで書かれた本です。200ページ余りの小さな本ですが、日本をはじめとして、多くの途上国の発展や政策がエピソード風にたくさん載せられていて、気軽に読めました。
「過去半世紀の記録を見ると、途上国で近代経済成長に成功してきたあるいは成功しつつある国の方が失敗例よりはるかに多いことが分かる」と述べられているように、かなりの楽観性が特徴の本書です。もちろん、サブサハラ・アフリカ諸国は例外とされています。でも門外漢として気になったのは、こういう風に途上国はうまくやっていると評価するのが現在の開発経済学の主流なのかとうことです。一昔前とはずいぶん風向きが違う印象です。
過去の歴史から見て、輸入代替工業化を目指した諸国の失敗と輸出主導工業化がもたらした東アジアの奇跡の対象性は明らかです。では、すべての国が輸出主導工業化を目指してうまくいくのかというと、著者はそれに対して懐疑的です。私は本書で初めて知ったのですが、重力理論というのがあるそうです。
2国間の貿易量はその2国のGDPに比例し2国間の距離(取引費用の代理変数)に反比例するというものです。輸出主導工業化が成功するには、近場に輸入を受け入れる大きな先進国市場が必要で、東アジアの場合にはアメリカと1980年代からは日本がその役割を果たしたことが、東アジアの奇跡の実現につながったというのです。逆に、サブサハラ・アフリカ諸国の近くにはそういった輸入を受け入れてくれる市場がないことが、停滞の一因と考えられるそうで、納得してしまいます。
サブサハラ・アフリカ諸国の停滞の原因として、ガバナンスの問題が重視されるようになっています。単に政府は無能なだけではなく、かえって国民を食い物にする有害な存在になっていると。これに対しては、「途上国の指導者あるいは指導層が自らのグループの利益を最大化するような経済運営を行っていて、国の指導者層自体が経済成長の阻害要因になっている場合がある。このような場合には、どのようなガバナンス改善の政策も有効ではないだろう」とのこと。つい先日、ジンバブエで大統領選挙があり、現職のムガベ大統領が勝利したとのことですが、ああいう事例を見るにつけ、同意してしまいます。
また、途上国だった頃の日本経済のガバナンスとして官業払い下げ事件を取り上げてあるのですが、「戦後の公共事業と与党の癒着の方が日本経済のガバナンスとして問題は大きいかもしれない」などと付け加えてあるのには同感です。年金や居酒屋タクシーの問題など、日本の政府には政治がらみ以外でも問題山積のようですし。
あと、本書の編集者に尋ねたいところですが、きちんと校正してるの?仮名漢字変換のミスだけでなく、國なんていう旧字体が使われていたり、文章中の「あいうえお」にあたるところに「はひふへほ」がつかわれているところがあったりなど。著者の略歴を見る限り、旧仮名遣いで書くような年齢ではないようなのですが、不思議です。
2008年7月3日木曜日
シンポジウム 歴史のなかの物価

原田敏丸・宮本又郎編 同文館
1985年10月発行 本体2800円
1984年8月に開催された社会経済史学会の「前工業化社会の物価と経済発展」というシンポジウムの記録として出版された本です。20年以上前に印刷発行された本でページにやけやシミが見られる状態なのですが、ジュンク堂新宿店で購入しました。ジュンク堂は不思議な本屋さんでこういう古い本がなぜか置いてあったりします。
このシンポジウムは6つのセクションに分かれていて、物価史における問題意識という総論のセッションと西欧の前工業化期をあつかったセッション以外の4つは江戸時代に関するものでした。江戸期をざっと通してながめると、米価上昇の一世紀だった17世紀、米価安の諸色高の享保中期、元文改鋳から文化期までの物価安定と綿菜種生糸の米に対する相対価格の低下、インフレ的成長の文政天保期、開港後の万延改鋳と価格革命ということになるでしょうか。
現代の価格統計などでは実質価格が主に扱われているの、物価史でもそうなのだとばかり思っていました。しかし、なんらかの基準通貨で換算した実質価格を対象とする研究者だけでなく、名目物価を対象とする研究者も多数存在するのは興味深い点です。換算することが困難だからと言うわけではなく、改鋳や貨幣量の変化などの貨幣的要因が物価のみならず実質経済に与える影響を重視する立場(例えばインフレ的成長論)から、名目物価を重視するとのことで、勉強になりました。
米価上昇の一世紀だった17世紀は前近代日本にとって大きな変化・成長の時期であり、人口もこの間に1200万から3000万程度にまで増加しました。この米価上昇と人口の増加に関連があったことが想定されますが、さらに貨幣的要因(流通通貨の増加)が加わっていたかどうかについては決着がついていないようです。その他、興味深い点としては、米価以外の物価、特に農産品価格と工業生産物価格の歴史的変動がありますが、これについてもまだ研究が少ないと言うことでした。
私が大学の附属病院でポリクリをしていた5年生の時に岩波書店から講座日本経済史が出版され始めました。それまで不勉強だった私は、数量経済史や歴史人口学に関する知識が全くなく、この講座の第一巻「経済社会の成立」を読んで、非常に新鮮な驚きをおぼえたのを覚えています。その後、6年生の10月には第二巻「近代成長の胎動」も第6回配本として発売されました。この講座は第三巻以降も全般的に面白いものなのですが、ことに第一巻と第二巻は江戸時代に対する新たな見方を与えてくれるなど、私にとっては影響力の強い2冊となりました。
第一巻の中の「概説17-18世紀」の物価を扱ったところと、第二巻の中の「物価とマクロ経済の変動」とは、本書の編者のうちの1人の宮本又郎さんが書いています。2つとも面白い論文ですが、専門書の中の文章ですから、整理された書き方がされていて、素人の私にはその背景までは見通せませんでした。本書と岩波講座日本経済史の時間的関係から、宮本さんは本書のシンポジウムの経験も生かして、2つの論文を執筆したはずです。なので、江戸時代の物価に関する本書を読んでみると、宮本さんの整理された論文の裏にはいろいろな学者の仕事や違った考え方などが反映されているのだということがよく分かったような気がしました。本書のようなシンポジウム記録や、学生院生向けの入門書などは、そういう意味で素人にとっては利用価値があります。
講座日本経済史が続けて出版されていた頃は医師国試から研修医としての修行の時期でした。なので、そうそう趣味の読書に耽るわけにもいかなかったのです。もしその頃がもっとひまだったら、20年も早く本書「シンポジウム 歴史のなかの物価」に巡り会えていただろうと思うのです。今となっては、1980年代までに発行された江戸時代物価史の本は入手困難なものばかりなのでちょっと残念です。
2008年7月2日水曜日
ニンニク皮むき器

5月にフードプロセッサを購入してから、餃子をつくることがかなり多くなりました。netで調べると、中国ではニンニクを餃子の具の中に入れずに、たれに混ぜるのだそうです。でも、うちでは昔ながらの日本風の焼き餃子なので中にたっぷり入れています。
ニンニクは青森県産、とくに田子町産が有名ですね。一個が300円前後と少々高めですが、ひとかけらが大きいし、うす皮がむきやすいのもさすが。ただ、ちかくのスーパーには置いてないこともあるので、中国産のニンニクを買うこともあります。
中国産のニンニクは3個で150円くらいと値段はかなり安いのですが、ひとかけらが小さいのと薄皮を剥きにくいのが欠点。ひとかけらが小さいので、同じ量をつかうためには、日本産より剥かなきゃならない薄皮も多くなる訳ですが、そうするとニンニクに傷がついて指がニンニク臭くなってしまう確率も増えます。
そんな風に感じながら、新宿の東急ハンズで先週みかけたのが、この白いシリコンゴム製の円筒です。使い方ですが、手で剥く時と同じように、かたまりから外したかけらのおしりの部分を小さく包丁で落とします。そしてこの筒の中に入れて、まな板など平らなところで押すように転がします。薄皮はこのシリコンゴムの筒の内側にくっついて、きれいに剥けるっていう仕組みです。手間がすごく減るという程ではないけれど、剥きにくいものでも爪の痕などつかずにきれいに剥けるのがいいですね。値段も500円しなかったので、買って良かったと思える道具です。
ニンニクやラッキョウの漬け物を食べるのも好きです。売られている物は、小さなニンニクやラッキョウでも爪痕を付けずにきれいに剥いてあるので、どうやって薄皮を処理しているのか昔から疑問に思っていました。こんな道具があるところをみると、工場でもなにか似た仕組みの薄皮剥き用の機械を使っているんでしょうね。
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