A・ディグビー/C・ファインスティーン編
北海道大学出版会
2007年10月発行 本体3000円
英国史の軌跡と新方位というサブタイトルの付いた本書は1985年に創刊された学術誌Refresh(Recent Findng of Reserch in Economic and Social History)に掲載された14本の論文をまとめたものです。Refreshは、経済史と社会史の領域での新たな重要な解釈のいくつかを、それを唱えた専門家自身が教師や学生など多くの読者に解説することを目的にしています。
近年の「多くの新研究のきわめて明白な特徴の一つは、漸進主義的な解釈の強調である」と本書の序文に書かれれていますが、本当にその通りです。産業革命・農業革命のほかにも、議会エンクロージャーやドゥームズデイ・ブックなどのテーマについて、以前の研究を特徴づけていた劇的変化に代わって、いまでは経済の成長と変化の長期的な性質を高く評価することが流行のようです。「革命」なんてなかったというわけですね。日本の経済史で江戸期の評価が上がってきたり、戦後と戦中の継続が重視されるようになったのも、そういった流行の反映なんでしょうか。
また、あるテーマに関して新しい理解をもたらした研究も紹介されています。 例えば、帝国主義というと、原料と商品の市場を確保するために植民地の獲得が目指されたのだと一般に理解されていると思いますし、また中学校や高校の教科書でもそういった扱いがされていたような気がします。こういった見方に挑戦するのが第6章。
本書の第6章の「イギリス帝国主義ー再検討と修正」は、ジェントルマン資本主義の帝国(名古屋大学出版会、1997年)の共著者の1人であるA・G・ホプキンスが担当しています。彼はその著書で、イギリス帝国主義が産業資本主義の内的論理の所産ではなく、イングランド南部の金融・サービス部門こそが、イギリスの海外での存在に支配的な影響力を持っていたことを論証しています。数年前にこのジェントルマン資本主義の帝国を読んだ際には、既存の理解を大きく変える斬新なものだと、とても感心したのを覚えています。
産業界の経営者たちと違って、シティやイングランド南部の金融サービス部門の代表者たちは、社会的に許容されうる方法で財を得たので、資本家であるとともにジェントルマンの地位にもあったわけです。また、地理的にもロンドンの近くに在住していて、地位の有利さとも相まって、首都における政治・政策に影響を与えることができたために、「19世紀における帝国主義者の衝動は、金融・サービス部門の発展を分析の中心にすえることなしには理解されえない」ということになる訳です。こういったエレガントな分析が、現著者の筆でサマライズされた文章を読めるのが本書の売りですね。
第6章の最後には、「この小論でとられた視角からすると、近年の展開はより深遠な歴史的意義をもつかもしれない。1980年代に課せられた新しい保守党政策は、自由主義的職業のジェントルマン的価値に対して不断の、一見成功したかにみえる攻撃を加えた。古い制度や世界的野望の多くは存続している。しかし、その顔ぶれは変わった」と書かれています。サッチャー政権のとった新保守主義はシティを変えてしまったんでしょうか。現代史に関する知識がないので、ここのところの意味は分かりませんでした。
全体としては本書の企画・内容に満足していますが、翻訳には多少気になる点があります。英語の原文が透けて見えてきそうな生硬な訳が散見されるのです。例えば「こうしてこれらの研究の多くが、1820年以後の所得の改善の規模についてある程度の懐疑を生むかもしれないが、しかしリンダートとウィリアムソンの実質賃金の数値がもつ広範な射程と権威主義的な性格は、依然としてその楽観論的解釈に挑戦する試みが直面する障害であり続けた」なんて、ひどいでしょ。まあでも、複数の訳者がいるので、全部が全部と言うわけではないので、読むに値する本です。
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