2008年5月4日日曜日

韓国戦争 第一巻


韓国国防軍史研究所編 かや書房
本体2500円 2000年9月発行

韓国で1960-70年代に11巻本の全集として発行された朝鮮戦争戦史に、その後の新資料を加えて一般向けに3巻本として出版されたものが元本です。朝鮮戦争勃発50周年にあわせて、日本では6分冊で出版されたものの1冊目です。副題に、人民軍の南侵と国連軍の遅滞作戦、とついています。

第一章は戦争の背景と銘打って、朝鮮の開国から日本統治、日本の敗戦から南北分断後の事情を説明しています。北側はソ連からの武器援助と、国共内戦に参戦した経験のある軍人の帰国とで軍備を充実させることが出来ました。それに対して南側は、北への侵攻を危惧するアメリカの意向により戦車や有効な対戦車兵器などを所有することができず、また南領内での反乱鎮圧などにも力をそそがなければならず、装備だけでなく訓練も不十分なままだったそうです。

韓国軍は1949年のうちに北からの南侵戦争を予想していました。特にそれが切迫していると思われた1950年の4月以降は、警戒態勢をとる日々が2ヶ月弱続きました。しかし、本当の侵攻がなかったので、警戒態勢を解き、兵士に休暇が与えられたタイミングで、奇襲を受けることになりました。本書にいう通り、計画された南侵戦争だったことを疑う人はいまではいないでしょうね。

その後は、ソウルの失陥から、遅滞戦闘を行いながら後退せざるを得なかった事情が、各地域ごとに説明されています。そういった記述自体には、特に新たな発見を感じさせる本ではありませんでした。

また、記載が不十分と感じるところもありました。たとえば、南侵奇襲され38度線の防衛戦が突破された際に、漢江の北側にあるソウルの防衛を放棄して、漢江の南側で防衛戦を行おうという意見が韓国軍内にはあったそうです。しかし開戦時の韓国軍参謀総長だった蔡秉徳少将は、それに反対してソウル防衛のために兵力の逐次投入を行い、結果として6月28日にはソウル失陥と、ソウル市内の装備の大量喪失を招きました。その後、読み進めると7月3日の項では参謀総長が丁一権少将になっています。蔡秉徳少将は責任とって辞任したのかそれとも解任されたのかなのでしょうが、その事情が一切書かれていないのは、非常に不自然に感じられました。

巻頭の、「日本語版の発刊によせて」はあの白善燁大将が書いています。そこには、「いまの日本のとくに若い方々には、国土が戦場になることはどのようなことか、また同族相争う戦いの悲劇とはどのようなことか理解できないかも知れない」と書かれていて、本当にその通りだと思います。

軍隊のことはおいといて、敵の軍隊が迫ってきた時に南に逃がれようとした人々はどうやって逃げそしてどうなったのか、戦場・占領地に暮らすことになった人たちは毎日どうやって食料・日常必需品を手に入れていたのか、仕事や収入源はどうしていたのか、などなどが私の知りたいことでした。自国内のでの戦争の際には、これらはとても切実な問題だと思うし、こういった点で国民を保護するのが軍隊の役目だとは思うのですが、これらについてはほとんど何も語ってくれてない本でした。

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