2009年8月7日金曜日

分子進化のほぼ中立説


太田朋子著 講談社ブルーバックスB1637
2009年5月発行 税込み840円

分子進化の中立説が淘汰説との論争の下にあった頃、著者は以下の3点を疑問に感じたそうです。
  • ①淘汰を受ける突然変異から中立突然変異への移行は、いったいどうなっているのか
  • ②分子時計が世代の長さにあまり関係なく、年あたりほぼ一定となるのはなぜか
  • ③集団内多型の度合いが各種生物で狭い範囲に収まってしまい、中立説の予測とはくい違うのはなぜか
そして、非常に弱い淘汰を受ける弱有害効果を持つ突然変異が多く存在することを仮定すれば、これらの疑問を説明できることに気付きました。これが、弱有害突然変異仮説=「ほぼ中立説」なのだそうです。例え同じアミノ酸配列に翻訳される同義置換であっても、完全に中立な遺伝子の変化なんてなさそうなことは理解できますから、この「ほぼ中立説」の考え方は受け入れやすいですね。

私自身もむかしむかし木村資生さんの分子進化の中立説(1986年、紀伊國屋書店)を読んで一番に疑問に感じたのは、②の分子時計が世代の長さにあまり関係なく、年あたりほぼ一定となるのはなぜかという点です。これに対して、著者は本書で、
一般に世代の長い動物はからだが大きく集団サイズが小さいが、世代の短いものは逆である。一方、集団サイズが小さければドリフトの効果が大きくなり、ほぼ中立突然変異の割合が増える。したがって、世代効果による年あたりの突然変異率の減少と集団サイズによるほぼ中立突然変異の増加とが打ち消しあって、年あたりの一定性に近づく
と簡潔に説明というか、言い切っています。勢いにおされて、納得してしまうところです。木村さん自身も分子進化の中立説の中で同じような説明をしていますが、学術書だから慎重というかもっとずっと歯切れがわるかったのでした。

本書はブルーバックスとしては本当に久しぶりに購入した一冊です。中学から高校生の頃にはブルーバックをよく読んだもので、何となく分かりやすい啓蒙書という印象を持っていました。ただ、本書の場合には、ほぼ中立説の分かりやすく詳しい説明がなされているというよりは、ほぼ中立説から導かれる要点を詳しい説明ははしょってプレゼンテーションしてくれているという感じです。編集者の人が脚注や巻末の用語集をたくさんつけてくれているのですが、中立説に対する基礎知識のない人がこの本を読んでどこまで理解できるのかというと疑問が残ります。興味がある人は木村さんの分子進化の中立説を読んだ方が詳細な説明があって、かえって分かりやすいのではないでしょうか。あちらにも、ほぼ中立説に関する記載はありますし。

では本書が読んでみてつまんない本だったかというと、全然そんなことはありません。遺伝子発現調節や形態進化などなどの最近の知見とほぼ中立説との関連についての著者によるプレゼンテーションが面白く感じられました。

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