2010年2月7日日曜日

アメリカ南部に生きる

セオドア・ローゼンガーデン著 彩流社
2006年5月発行 本体5000円

本書は、あるアメリカ黒人男性の80年以上の人生についての聞き取りの記録です。彼は1885年に南部アラバマ州の農村で生まれ、生涯、その土地で生活しました。彼は文字を知らなかったとのことなのですが、厖大な量の話をよく憶えていたものと感心します。ただ、私も仕事柄、高齢者の話を聞く機会がとても多く、高齢者の話にはきわめて繰り返しが多いこと、相手が理解できるかどうかにかかわらず話を進めることなどを実感していますので、聞き取り手である本書の著者セオドア・ローゼンガーデンさんも、二段組みで600ページ近い分量をまとめるには、かなり苦労したろうなと思われます。

彼の生まれた土地は綿作地帯でした。彼の父親は農業に熱心ではなく、妻や子供たちに抑圧的で、しかも4回結婚して、そのほかに婚外子も複数いたような人でした。彼は自分の父親のやり方をとても嫌っていて、独立して結婚した後は、妻を野良には出させず、自分の力で家族の生活を安定させるように努力しました。綿やトウモロコシの栽培に力を入れるだけでなく、白樫で籠を編んで売ったり、製材業でアルバイトをして、稼ぎました。鋤や馬車をひかせるのにこの地方ではラバを主に使っていましたが、努力のおかげで、まずはラバを手に入れ、その後はウシやブタなどの家畜に加え、自動車も所有するなど、黒人の小作農の中では良い生活を送れるようになっていました

しかし、南部では黒人に対する人種差別が存在していて、取引で不利な取り扱いを受けたり、また日常の生活の場面でも、白人に対してへりくだった態度をとることが身の安全のために必要でした。彼は正義漢でこの状態に満足してはいませんでした。大恐慌中の1931年、シェアクロッパーズ・ユニオン(分益小作農組合)結成目的で北部からオルグが来ます。かれはユニオンの主張に共鳴して加入します。しかし南部の白人たちは危険な組織であるユニオンをつぶそうとし、それに反抗した彼は銃撃事件を起こした廉で逮捕されます。ユニオンを組織しようとしたのはアメリカ合衆国共産党だったそうで、逮捕後の彼の裁判にはシンパの弁護士がつきましたまた、有罪判決を受けて、1933年から1945年まで刑務所で過ごしましたが、服役中はユニオンから月に5ドルづつ家族に支給されたのだそうです。

刑務所での生活は、わたしの刑務所のイメージとは違い、労働に従事させるものでした。彼は、農業・鍛冶・籠づくりなどさまざまな技能を持っていたことと、またもともと仕事熱心だったこともあり、重宝されました。刑務所の中の仕事の方がラクだったと書いているくらいです。また、刑務所の中では外とは違って、白人からの不正義な差別扱いは受けなかったとのことです。出所後はもとの土地に戻ります。ただ、13年も不在だった間に、子供たちは成長していました。息子の一人が農業をにない、その他の息子娘たちは都会に出て行っていました。妻と死別して再婚し、80歳過ぎるまで仕事をつづけ、その後は政府のお世話になっているとのことです。彼の逮捕後、この土地でのユニオンの活動は消滅してしまったわけですが、彼自身はユニオンに関わって服役することになったことを悔いてはいません。公民権運動が盛り上がる時期にかれは晩年を迎えますが、運動のさらなる進展をみてみたいという希望も持っていました。ただ、1973年に死去して、オバマ大統領の就任まではみられませんでした。

こんな感じの人生が、個々のエピソードについて細かく語られています。厚い本ですけど、翻訳も上手で、読みやすく感じました。本筋とはあまり関係ないところで、いくつか気付いたことを。
  • この人の父親がそうですが、本書に出てくるこの地域の黒人たちは、死別・離別すると高齢になっても再婚するようです。また、親類どうしで結婚することが多いように感じました。
  • 黒人小作農というとかなり貧しかったのかなというイメージなのですが、 自立して結婚した直後の1910年には百ドルのラバを手に入れています。また、1920年代にはフォードとシボレーの二台を所有していますが、シボレーは700ドル以上しました。1920年代は100円38-44ドルくらいだったと思いますが、日本では自作農だって2000円近くする自動車なんてとても所有できなかったと思います。また、食べ物なんかもじきゅうしているせいかかなり豊かな生活に読めました。
  • 彼の生きてい頃の世界的に大きな事件というと第一次世界大戦。これについては黒人の復員兵が故郷に戻った際にひどい扱いを受けたということが書かれています。しかし、第二次大戦に関しては全く言及がありません。したがって、「日本」という単語は本書の中には見あたりませんでした。
  • ユニオンに関わったことを悔いていないということですが、彼自身はユニオンがなんだったのか、共産党との関わりとかについては語っていません。そのへんについては知らなかったということなのでしょうね
  • 本書を読んでも、小作農と地主の間の契約が一般的にどうなっていたのかなど、分益小作制じたいについて分かることはあまりありません。エピソードについてはとても細かく触れられていても、一般論を語ることについては、得意ではないようです。地に足のついた人なのです、彼は。

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