2010年2月14日日曜日

スターリン 赤い皇帝と廷臣たち


サイモン・セバーグ・モンテフィオーリ著
白水社 2010年2月発行
上巻 本体4200円、下巻 本体4600円
赤い皇帝と廷臣たちというサブタイトルがついていますがその通りで、ソビエトの歴史自体をえがいた本ではなく、スターリンの評伝です。同種の本は過去にもあったのでしょうが、本書はソ連崩壊後に利用できるようになった史料、例えばスターリンの家族への手紙などもつかって書かれている点と執筆準備中にまだ生存していた関係者へのインタビューを行ってオーラルヒストリーとしての性格を持つ点が売りなのだと思います。
私も、ソ連が存在していた時代に生まれ、まさかソ連が崩壊する日が来るとは思っていなかった頃のある世代の一人ですので、独ソ戦緒戦の大敗の原因がスターリンにあったことや、レーニンやトロツキーとの関係、スターリン批判、大粛清、などごく常識的なことは知っていました。でも、本書を読んで、スターリンとソ連の政治家たちとの関係や、スターリンの家族関係など、さらに一層よく理解できました。本書の上巻は630ページあまり、下巻は本文528ページと参照170ページという大著ですが、75歳まで生きた大政治家の評伝ですから、これでも深く掘り下げるには足りないという印象です。
スターリンはトロツキーはじめ政敵を追い落とすことに成功してはいましたが、1930年代前半までは同僚の中の第一人者にしか過ぎず、共産党の幹部たちの間では会議でも率直な意見交換がなされていました。彼らの多くは同じビルに住んでいて、小さな村に住む村人たちのように家族ぐるみで近所づきあいをしていました。
ナージャに見捨てられたスターリンは、傷つき、辱められた。スターリンの中にほんのわずかながら残っていた人間的共感の最後の糸がナージャの自殺によって切れてしまった。一方、残忍性、嫉妬心、冷淡、事故憐憫などの性向は以前に倍して強まった。
こういった革命前から続いていた革命家たちの間の良い関係が一掃されて、スターリンが独裁者となったのは大粛清(大テロル)後です。スターリンが共産党の幹部や軍人たちをも対象とする大粛清に踏み切るきっかけは、妻ナジェージダ(ナージャ)がスターリンとの不和から拳銃自殺したことだったと著者はしています。
ネップ廃止後の拙速な農業の集団化による飢饉で犠牲者を多数出したり、1932年には重工業の建設のための外貨を獲得するための穀物の飢餓輸出でウクライナに数百万の餓死者がうまれたりなど、もともと自国民に対して信じられないような蛮行をおこなっていた素地があったわけで、何かのきっかけでそれが支配者集団の中にむけられたとしても不思議はなく、著者の主張には頷かされました。それにしても、カーメネフ、ジノヴィエフ、トハチェフスキーはじめ、政治家、軍人、政府職員、文化人、専門家、そして一般の人が無実の罪で逮捕され、拷問でありもしない陰謀に関与した旨の証言をさせられ、殺されてゆく記述で本書は充ち満ちています。拷問のことを読むのは嫌な感じですが、これがソ連の実態だったのだから仕方ないですね。拷問の犠牲者はもちろんのことですが、仕事として拷問を行う立場の人たちも、ベリヤのように喜んで拷問に携わった人は別にして、精神的に病むことになったに違いないと思われてなりません。
ゾルゲをはじめ、多くの人がドイツがソ連を攻撃することを警告していたにもかかわらず、スターリンがそれを受け入れず、独ソ戦の緒戦では大敗を喫しました。ドイツからの攻撃を否定し続けていただけに、この時ばかりはスターリンも気落ちして執務できなくなりました。この時が唯一のスターリン失脚の危機だったのですが、当時のソ連指導部はスターリンをトップとすることを再確認してチャンスは過ぎました。戦争なの政変は避けるべきだったと思われたこともあるでしょうし、またスターリンの気落ちした態度が政敵を暴き出すポーズに過ぎないかも知れないと感じられたからでもあったそうです。
1950年代になると、さらに気むずかしい人になっていったようです。同じはなしの繰り返しなど、もしかすると認知症のはじまりなのではと思われる記述も見られます。それでも、死の直前まで殺人医師団事件という陰謀による新たなテロルの発動を計画していました。スターリンは、失語を伴う脳卒中の発作で倒れましたが、独裁者の睡眠を妨げることをおそれて、警護の人たちに発見されるまでに数時間がたっていました。また、発見した警護の人たちや連絡を受けた共産党の幹部たちは、最初からこのままスターリンが死亡すると思っていたわけではないので、殺人医師団事件の最中にスターリンを医師に診せることにためらいがあり、医師の診察を受けるまでには発症後まる一日近くかかりました。診察時、スターリンの衣服は失禁した尿で汚染されていたそうです。因果応報か。
スターリンは、たくさんの人を殺す、人が死ぬ政策を実施した政治家であったことはあらためで確認できました。でも、多数の人に死をもたらしてまでもスターリンが求めたものがなんだったのかは、本書を読み終えてもちっとも分かりません。共産主義社会の実現だったんでしょうか?単に自分の権力を守るためだけだったら、ここまでしなくてもよいだろうにと思われてしまいます。私のような普通の人間には、分からないのが当たり前かも知れませんが。

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