経営者の時代 上
A・D・チャンドラーJr著 東洋経済新報社
1979年10月発行 本体5600円
経営者の時代 下
A・D・チャンドラーJr著 東洋経済新報社
1979年11月発行 本体5400円
邦題は経営者の時代となっていますが、原題はTHE VISIBLE HANDです。目に見える手というのは、アダム・スミスの「見えざる手」。つまり市場による自動調節機能と対比して、企業の管理者・経営者による財貨の流れの調整を著者がおしゃれにこう表現したんですね。本書はそのThe Visible Handの歴史的な出現経緯とどんな役割を果たしたのかを明らかにしてくれます。
自分の生まれ育った時代から現在までのアメリカのことを考えると意外なのですが、独立後しばらくアメリカ合衆国は農業国でした。南部のプランテーションに加え、1840年代には商業などでも専門的な企業が生まれ、また繊維産業で工場制が広く採用されましたが、企業の所有者がごく少数の雇用者とともに管理すれば充分な規模の企業ばかりで、 複数の単位からなる近代的な企業は存在しませんでした。
著者によると、この状況に変化をもたらしたのは石炭と鉄道と電信です。新たな炭田の開発で無煙炭が豊富に供給され、鉄道や産業で利用されるようになりました。鉄道は運河や既存の陸上輸送に比較して輸送速度が速く、しかも天候や季節による予定外の遅延の発生が非常に低くなりました。電信は情報の伝達速度を格段に上げました。鉄道会社は従来の企業より資本の規模が大きく財務部門をもち、駅などの施設は広い地域に分散して存在するので電信を利用しての管理を行う部門があり、また安全な運行のために車輌や線路の管理を行う部門を必要としました。こうして、まず鉄道会社がライン・スタッフ制の複数単位制の企業として成長し、電信会社がそれにつぎました。
鉄道と電信と石炭の利用が可能になると、製造業・流通業でも大量生産と大量流通が可能になり、一企業が成長するかまたは水平統合によって複数単位制の大産業企業がみられるようになりました。製造業では大量生産に適する業種とそうでない業種があり、例えばアメリカン・タバコ社は紙巻きタバコで独占的な地位を占めましたが、大量生産に適さない商品である葉巻では占有率の向上に失敗しています。技術が大量生産に適せず、その流通が専門的なサービスを必要としない産業では、大量販売業者が生産者から消費者への財貨の流れを調整する役目を担うようになりました。
鉄道・電信などのテクノロジーによって「マネジメントの目に見える手が、経済を通ずる財貨の流れを調整するうえで、市場の諸力の見えざる手に比べより有効であることが明らかになってのち、初めて生存能力ある制度となった」複数単位制の大企業では、生産と流通の管理から利潤を上げるために、各単位の管理を行うミドル・マネジメントに多数の常勤の俸給管理者があたりました。
しかし20世紀初頭の段階でのトップ・マネジメントは、主に企業の所有者が行う企業(企業家企業)と俸給管理者が主に担う企業(経営者企業)とがありました。第一次大戦後の不況への対策として、長期的な需給の観点から資源配分・計画立案を行うことの重要性が明らかとなり、専門的な知識を持ち、日常的な活動の責任から解放された俸給管理者である本社の最高経営責任者がトップ・マネジメントにあたる経営者企業が大多数となりました。 また新分野への進出などにより多くの製品を抱える企業を主に事業部制的分権組織をもつことの有効性も明らかとなりました。その後、現在に至るまで事業部制組織をもつ管理者企業が継続して大企業として活動を続けてきているのです。
アメリカ合衆国でこうした管理者企業が先駆的に出現した理由として、軍事支出との関連を挙げる論者もいますが、政府が軍事支出を含め大きな顧客となったのは二次大戦中以降なので、時期的に遅すぎて関連はないと思われます。アメリカの国内市場は成長が早く同質で大きかったことが、経営者企業の出現がヨーロッパ日本より早かった理由であると著者は考えています。また、複数単位制の大企業が成長しにくい分野の例として著者は繊維産業をあげていますが、日本の中でも工業化の早かった紡績業でもたしかに寡占は進まなかったことを思い起こしてしまいました。
ざっとこんな内容が上下あわせて900ページほどにわたって展開されていますが、論旨が魅力的かつ説得的でぶれずに展開されていますから(日本語訳は上等とは言えませんが)、一気に読めてしまいました。さすがに、いろんなところで参照文献として挙げられるだけのことはあり、名著だと思います。原著は1977年に書かれていますが、日本ではまだまだ独占とか金融資本主義とか帝国主義といった観念の遊びを続けている人が少なかった時代だったでしょうから、当時はきっとインパクトがあったのでしょう。本書を読んでアメリカの経済史を学んでみたくなりました。古典を読むのもいいですね。
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