2013年2月17日日曜日

近代技術の日本的展開


中岡哲郎著
朝日選書896
2013年2月25日第1刷発行

後発工業国日本の工業化の特徴が、エピソード・人物の紹介とともに説明されています。各エピソードにはきちんと出典が示してあり、そういう点でもしっかりしていますが、もとは朝日新聞の「一冊の本」というPR誌に連載されていたものだそうですから物語としても面白く書かれています。
同じく朝日選書として出版された「日本近代技術の形成」などと同じく、日本経済の生産技術・流通など江戸時代までの到達が明治以降の工業化・貿易に反映されていることが分かりやすく述べられていました。第二次大戦のあたりなどで細かな事実誤認は見受けられましたが、気軽に読むには良い本だと思います。

江戸時代の日本の労働集約的農業の到達を「勤勉革命」と呼ぶむきがありますが、本書の中で著者は「ことばの遊びではないか」と切って捨てていました。たまたま英語のindustrialとindustriousが似ているからといって、勤勉革命なんて呼ぶのはちゃんちゃらおかしいですよね。単に土地と資源の制約から抜け出せなかった江戸期日本の苦し紛れの対応に過ぎないものの、いったいどこが革命なんだか。この著者の指摘には私も同感です。他方、
「「日本の産業革命」を主張する多くの人は、厳密にイギリスを先頭に西欧で進行した社会経済の発展過程を研究し、そこから抽出した「世界史の発展法則」のさまざまな指標にあてはめて、この時期が産業革命期であることを示そうとする。だが最初に工業化した国の発展過程と、既に工業化した国々の影響を受けて工業化を開始する国の発展、すなわち「後発工業化」は決して同じにならない。そこから見えてくる違いが、後発工業化の個性であり独自性であるのに、「日本の産業革命」論者の多くは、それを、日本の産業革命の歪み、後進性の残存、あるいは日本資本主義の例外性などと論じてきた。」
と述べている点に関してはちょっと厳しすぎるかなと感じます。日本の工業化を産業革命と呼ぶのは、いちばん最後に帝国主義国化を果たしてアジアを侵略したという流れの中での表現なのだと思うのです。著者のお説の通り、韓国の産業革命とかフィリピンの産業革命という呼び方はナンセンスで、それら諸国については後発工業化と呼ぶしかありませんが、日本の場合には産業革命と呼ぶ意味が充分にありそうな気がしますし、産業革命という用語を使用する論者もその含みで使っているのだと思います。1970年代頃までとは違って、今では日本の工業化の特徴を「歪み」「後進性の残存」として論じるような人はもういないんじゃないでしょうか。

日本の工業化の特徴の一つは、江戸時代の日本が蘭書・漢籍や生薬などの日本国内では生産できない品目以外、生糸・木綿・砂糖などの生産技術の改良による輸入代替を達成していて、開港後にその生糸が主要輸出品目となり、大恐慌の頃まで工業化に必要な外貨のかなりの部分を獲得してくれた点。またもう一つは、マッチや雑貨など、新在来産業と呼ばれる業種の生産物の市場が近隣にあった点だと思います。

日本の後発工業化の特徴を捉えるには、なにかと比較することが必要になります。日本より早く工業化を果たした諸国との比較はもちろんですが、同じ時期に工業化を試みた国、具体的にはラテンアメリカ諸国と比較することが有益だろうと私は思います。ラテンアメリカ諸国と比較すると、外貨を獲得する一次産品を持っていたことだけでは順調に経済が成長するとは限らず、近隣に輸出市場を持っていたことが日本の有利な点だったことが分かります。ラテンアメリカはヨーロッパの出店ですから、モノの嗜好もすでに産業革命を果たしたヨーロッパに似ていて、欲しいものがあればヨーロッパから輸入してしまいます。それに対して、太糸と厚地綿布に代表される日本で好まれる商品の中には、東アジアの周囲の国でも受け入れられ輸入してもらえるものが少なくなかったのだと思います。蘭癖大名や豊田喜一郎を始めとした人々の好奇心と努力などももちろん大切ですが、19世紀の状況を考えると、日本は幸運にも恵まれていたなと感じるのです。

0 件のコメント: