2009年6月11日木曜日
企業家的ネットワークの形成と展開
鈴木恒夫・小早川洋一・和田一夫著 名古屋大学出版会
2009年3月発行 本体6600円
企業家と企業のネットワークを論じた本ですが、目のつけどころがシャープというか、そのユニークな手法にとても感心させられました。
明治期に設立された企業には、財閥企業、財閥よりもずっと小さいが家業を会社化した企業のほかに、複数の有力者が協力して出資し設立された企業のあったことが知られています。そして、協力して出資設立された企業の出資者に関しては、その出資者たちが複数の企業の設立に関与し、グループ(本書ではネットワークと呼ばれる)として活動していたことも、当時から認識されていました。
ネットワークの存在の検出や活動の実態を探る方法として、一般的には会社に残された記録、新聞、社史、伝記などに加えて本書でも使われた日本全国諸会社役員録を材料とするのだと思います。本書も明治31年と40年の日本全国諸会社役員録を使用しているのですが、ふつうのやり方と違って、掲載されているすべての会社名・役員名などの情報を入力し、そのデータベースをコンピュータで処理してネットワークを見いだすという方法をとっています。ある二人ともが同じ二つの会社の役員となっている組み合わせを最もelemantalなネットワークとしてとらえ、本書では要素ネットワークと呼んでいます。そして、その要素ネットワークの構成員を起点にさらにネットワークを形成している人・会社をたどって、実際のネットワークを検出しています。
単純なやり方だし、これならこれまでにだれかがやっていそうにも思えるのですが、著者たちが1992年に初めてこの手法をつかった研究を発表した時にはかなりの反響があったと書かれていました。コロンブスの卵的な面もあるのと、またパソコンが自由に使える時代でないとこの方法を広範に適用するのは困難だったからでもあるのでしょう。ただ、本書のあとがきを読むと、当初は著者たちも愛知県だけを対象に手作業で研究を始め、後に対象を全国に拡げてからパソコンでのデータ処理を取り入れたのだそうです。ちょっと意外です。
企業家のネットワークは、もともと起業家のネットワークとして始まったものと考えられるそうです。株式会社の設立の際、旧商法で4人以上、新商法では7人以上の発起人が必要でした。起業する際に集まったメンバーが、再度別の企業にあたってもまた結集することになってネットワークが形成されたと著者は説明しています。
また著者は「新しいアイデアが普及する際に必要なweak-tiesと、それを実際の場で定着させるのに必要なstrong-tiesの意義」を指摘しています。地域ごとにその地域の有力者の形成するネットワーク(strong-ties)があり、その中で中央の有力者との接点(weak-ties)のある人物が新しいアイデアを伝えることによって起業につながったというわけです。共同出資による会社設立のオルガナイザーとしては渋沢栄一が最も有名です。「近代的な事業モデルを作り上げ、それを普及させた」有力者の代表は渋沢栄一ですが、本書でも渋沢の属するネットワークは全国に広がりを持っていたことが明らかにされています。
ネットワークは地方の中核都市を中心としたものが多く、銀行やその他のインフラ産業を含めて業種は多岐にわたる傾向がありますが、地域的には他府県にまで広がるものは少ないそうです。また、ネットワークに参加している企業としていない企業のパフォーマンスの比較、明治31年から40年まで存続したネットワークとその間に消滅したネットワークおよびその参加企業のパフォーマンスの比較、ネットワークに所属する人による役員ポスト占有率(企業の支配のメルクマール)の高低と企業のパフォーマンスの関連などが検討され、どれも前者の方が良好という常識的な結果が示されています。常識的な結果ではあるのですが、実証されている点がすばらしいと感じました。
ただ、銀行やインフラ産業は明治の日本にとって新しい企業であり、しかも多額の資本を必要とするので、多くの資本家が出資して起業されたことは当然のことでしょう。銀行は融資の面で企業の存続に影響を持つと思われるので、ネットワークに参加している企業とそうでない企業のパフォーマンスや生存率とが、ネットワークへの参加の有無によるのか、銀行から融資を受けやすい関係があったかどうかによるのか、検討は必要に感じました。
また、ネットワークに所属する人による役員ポスト占有率が高い企業のパフォーマンスが比較的良好なのですが、この頃の役員は非常勤が多くはなかったのでしょうか。多くの非常勤の役員がいても、ネットワークの力量で立派な専門経営者を招聘できたからこそ良い成績を残せた、ということだったのではないのかという点や、ネットワーク関係でない役員はどんな人がなっていたのかも気になります。本書ではネットワーク研究の総論に続いて、愛知県のネットワークの事例が三つ紹介されていますが、前記のような点も踏まえて、他県のネットワークについての個別研究も読んでみたいものです。
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