前間孝則著
上 講談社+α文庫36-3
上 講談社+α文庫36-3
2005年12月 第6刷発行
下 講談社+α文庫36-4
2001年4月 第3刷発行
タイトルに戦艦大和誕生とついていますが、大和がどんなに強力な戦艦で、どんな戦績を残したのかといった点をテーマにした本ではありませんでした。上巻のサブタイトルに、西島技術大佐の未公開記録とありますが、西島大佐は大和建造時に呉工廠造船部艤装工場主任・船殻工場主任を歴任した現場の責任者でした。防衛庁防衛研究所戦史室に保管されている海軍技術大佐(造船)西島亮二回想記録をもとに、上巻では呉海軍工廠での大和の建造の過程を描いています。この回想記録は一般には非公開の史料なので、著者は93歳の西島さんに会い閲覧の許可を得たのだそうです。
九州帝大の造船学科(東京帝大と九州帝大にしかなかったとか)を卒業して西島が造船官としての道を歩み始めたのは、艦艇の復元力不足や強度不足による友鶴事件と第四艦隊事件、大鯨建造時の電気溶接の不具合などの造船に関する問題が明らかとなった頃でした。艦船はオーダーメイドで、生産過程の合理化がほとんど緒についていなかったのだそうです。西島さんは使用される部材、例えばバルブとかパイプといったものから共通化・企画化をすすめ、また早期艤装・ブロック建造法といった工夫を艦艇建造に導入したパイオニアでした。大和の建造にもそれが活かされ、大和は予想よりも少ない工数(ずっと小さい長門とほぼ同程度)・価格・期間で竣工することになりました。一番艦大和の教訓を生かして二番艦として三菱長崎で建造された武蔵と比較してみても、大和の法が2ヶ月短く費用も16%安く建造できたのだそうです。日本海軍の艦艇に関する本を読んでも、これまで費用についてこういう風に書かれたものは記憶になく、とても勉強になりました。きっと敗戦時に史料がみんな燃やされちゃって、日本海軍についてはこういう議論を定量的にしにくいんでしょうね。その点、先日読んだBritish Cruisersでは各級の設計時の折衝に価格が頻繁に出てきて、価格が設計に影響を与えていたことまで分かりました。大和の場合に価格を考慮して設計をどうこうしたという記述は本書にはみあたりませんでした。そもそも、大蔵省との交渉で決まった価格の積算根拠は薄弱で、二十数年ぶりに戦艦を建造する海軍としても、価格や工数がいくらかかるか事前に正確に見積もれていたわけではなかったのだそうです。
上下巻あわせて戦艦大和誕生というタイトルですが、下巻には「生産大国日本」の源流というサブタイトルがつけられています。大和で合理化をおしすすめた西島さんは、第二次大戦中、海軍艦政本部が担当することになった商船の建造やその後の一等輸送艦などに際しても部品・部材の共通化標準化、ブロック建造法、実物大模型での検討や治具、電気溶接の採用などで腕を振るいます。戦時標準船は建造能力を持っていた日本の造船会社すべてが参加したプロジェクトですが、この西島さんの薫陶を受けた各社の設計者・技術者・労働者が、敗戦後の造船日本の礎になったというのが著者の見解でした。軍艦に関する本としては毛色の変わった本ですが、面白く読めました。文庫本ですが13ページほどの参照文献リストがつけられていて、そのうち読んでみたくなるものもありました。
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