2011年9月30日金曜日

世界制覇

前間孝則著
上 2000年4月 第一刷
下 2000年4月 第一刷
講談社
本書は、先日読んだ戦艦大和誕生の続編のような位置づけの作品で、大和の建造で力を発揮した西島造船大佐の生産合理化策が応用され、日本の造船業が世界一にまでなった過程を描いています。大和を建造した呉海軍工廠は敗戦後、新造船はおろか船舶の改造工事も禁じられ、沈没している旧海軍艦艇のサルベージと解体、それに引き揚げ船・占領軍艦船の修理を命じられました。佐世保や舞鶴では旧海軍工廠を元に会社がつくられましたが、呉は播磨造船に経営委託されました。表向きは地理的に近いからということでしたが、本当は財閥系でなく大艦を建造した前歴がなかったからだったのだそうです。軍艦は水防隔壁が多いので、浮揚作業をしやすくするためにタ弾(本書の著者はこれに「ゆうだん」と読みがな付していますが、「ただん」が正しいかと思います)で隔壁を破壊したり、沈没艦船十七隻から計一千柱の遺骨を収容し身元の判明した者は遺族の元に送ったりなどさまざまな苦労がありました。また自動車の生産の際にプレス加工に耐えない日本製の薄板の品質が問題となったことは知っていましたが、厚板を使って建造する船舶でもこの時期の日本製の鉄板の品質は劣っていたのだそうです。

旧海軍艦艇の処理が終わった後、呉工廠の施設はアメリカの造船所をもつ船会社であるNBC(National Bulk Carrier)に貸与され、NBC呉という事業所になります。NBC呉では、製作現場本位の設計・部品の標準化・ブロック建造法・早期艤装など、大和や日本の戦時標準線の建造で試みられた技法に、アメリカの優秀な溶接法・溶接機器などを組み合わせて、その時点で世界一大きいと言われたタンカーなどを、日本の他の造船所よりも少ない工数・安い価格で次々と建造して、注目を集めました。
この呉工廠からNBC呉の活動を支えたのは、戦時標準船の建造時に西島造船大佐の元で仕事をした真藤恒さんのリーダーシップでした。真藤さんは古巣の播磨造船所が石川島重工と合併するのを機にIHIに移ります。1960年代のIHIは大型タンカーなどの建造で日本・世界の造船界をリードし、建造量日本一(世界一でもある)の造船会社になった年もありました。真藤恒さんの名前はNTTの社長でリクルート事件にかかわった人として聞いたことはあったのですが、こういう経歴のある人だったとは知りませんでした。
高度成長期は、戦前の安かろう悪かろうの日本製品から、信頼のmade in Japanに変化していった時期でもあります。繊維製品についで、重工業の中では造船業が先陣を切って世界レベルの製品を生産・輸出するようになったわけですが、その秘密を分かりやすく、しかも面白く描いた作品でした。造船会社のことだけでなく、ギリシアの船主についてのエピソードも興味深く読めました。
分かりやすく・面白い作品にするためか、本書での叙述はエピソードをつなぐ形になっていて、各エピソードには人物の会話が多用されています。著者による本書の主人公である真藤恒さんに対するインタビューや、参照文献が本書を構成する主な材料でしょうが、それらからも具体的な細部が分からないエピソードも少なくないはずだと思われます。しかし本書のエピソードは引用符(「」)つきの会話で構成されているものが大部分です。本書は歴史書ではなくエンターテインメントなので、大河ドラマ的なスタイルで書かれているのも仕方ないのでしょう。まあ、「快速巡洋艦「大淀」」とか「アメリカの戦時標準船は粗悪だったために耐用年数が短く」などの気になる表現もなくはないですが、知らなかったことをたくさん教えてくれて、エンターテインメントとしても良くできた読み物でした。

本書は造船業界をとりあげていますが、高度成長期の日本の製造業にはこれと似たような製造技術の革新をなしとげて、世界的な競争力を獲得した業界がいくつもあるのだろうと思います。例えば、以前のエントリーでとりあげたものづくりの寓話では自動車業界がとりあげられていました。ただし、ものづくりの寓話は専門書ですから、叙述の仕方も一人のヒーローの物語としてではなく、オーソドックスなもので、それでいて惹きつける魅力がありました。どちらも勉強させてくれる本ですが、私としてはああいうスタイルの本の方が好きです。

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