2012年3月18日日曜日

記憶の歴史学

金子拓著
講談社選書メチエ519
2011年12月10日第一刷発行
「史料に残る戦国」というサブタイトルにたがわず、戦国期の各種史料を分析して得られた興味深い知見を紹介してくれている本です。どれもかなり細かいところまで考察されていて、面白く読めました。どんなことが取りあげられているかというと、

  • 織田信長が天正二年の賀茂祭の競馬に出席したかどうか、神社の記録と奉行だった太田牛一の記録とで異なる
  • 細川ガラシャ(明智玉子)の死は自害だったのかどうか
  • 天正十年の兼見卿記に一年分の正本と本能寺の変のあった6月まで記載の別本があるのは、追及を怖れての日記改竄なのか
  • 永井荷風の断腸亭日乗は修正を加え続けられた作品と考えるべき
  • 上杉家の家臣たちの家では過去のどの戦いを重視していたのか
  • 家の衰退で中世以来の文書が散逸しかかったが、秋田藩の修史事業でまとまって伝わることになった例
など。著者が経験した各種の史料から話題がとられているので、オムニバスな論集になっています。テーマが一貫していない感を著者はもったのかもしれません。そのため「記憶の歴史学」というタイトルがつけられていて、
史料の成り立ちに関わる記憶、史料のなかからすくい上げることのできる記憶、記憶を意識することにより可能となる新たな史料解釈、記憶という紐帯によってむすびつけられる集団のあり方、そこからあらたに生みだされる記憶など、多角的に記憶という現象のありように迫り、それを史料学のなかに位置づけたいと思う
と著者は述べています。でもこれが成功したかというとはなはだ疑問です。というのも、本書でとられている史料の分析・解釈が、他の史書のなかで行われていることとちっとも違わない、ふつうの史書という印象しか私は受けませんでした。「戦国期史料よもやま話」とかいうタイトルの本になったとしても恥ずかしくはないと思うし、本書のやり方は気取りすぎ。
本書が取りあげている話題で一番驚いたのは、秋田藩の修史事業の件です。秋田藩では家譜を編纂するため、家中の諸士に伝来の文書や系図の提出を求め、担当部署である御文書(記録)所で吟味され、原本の場合にはその旨を記した青印状を添えて、原則的に提出者へ返却されましたが、写しもつくられて現在でも「秋田藩家蔵文書」として残されているのだそうです。ただ、この提出された文書が「原則的に提出者へ返却」というのが曲者で、家中に別に嫡家があれば嫡家の文書とされることになっていて、藩当局から見て所持するいわれのない文書を提出した人は有無をいわさず没収され、本来所持すべき正統性をもっている者に返付されたとか。
これってかなりひどい仕打ちですね。家伝来の大切な文書を藩の修史事業のために提出したのに取りあげられてしまった事例が本書には載せられていました。原本は裏を破って提出者に返付し、写しを「本来所持すべき」者に与えるとかいうようにしなかったのは何故なんでしょう?

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