2009年3月21日土曜日

日本における在来的経済発展と織物業


谷本雅之著 名古屋大学出版会
1998年2月発行 本体6500円

本書はこれまでに読んだいろいろな本で多数引用されているので、読んでみました。480ページほどもある本でしたが、内容が面白いのと著者の素直な日本語とストーリーテラーとしての能力の高さが発揮されていて、一気に読めました。

綿布市場の展開と商人・小農家族と銘打たれた第I部では、幕末から明治期の綿布市場拡大、各種木綿生産地域の代表として入間地方での縞木綿生産の展開、白木綿生産地域の衰退と発展が論じられています。開港後に綿布が大量に輸入されるようになって、単純に国内の綿織物の産地が衰退していったというわけではなかったそうです。海外から綿布が輸入されるのと並行して、麻布や古着を利用していてこれまで綿布をあまり消費していなかった東北地方などで、収入増とともに綿布の消費が増加したので、国内での綿布生産も伸びました。これにともなって、もともとファッション性の大きい各種木綿は別にして、白木綿の産地も衰退したところと再編・成長していったところがありました。その理由として、白木綿も厚さや肌触りなどの特性の点で必ずしも輸入綿布とは競合しなかったとする川勝平太説がありました。川勝説自体も初めて知った時はその見方の斬新さに感心した覚えがありますが、本書で著者はさらに鮮やかな謎解きをしてくれます。国内で生産された白木綿も一様ではなく、例えば富山の新川木綿は信州松本の絞り木綿加工業の原料として使われていましたが、開港後に養蚕・製糸業が発展したことにより松本周辺での木綿加工は労働力不足から衰退し、そのため新川木綿の生産が振るわなくなった事情があったそうです。さらに、再編・成長してゆく白木綿生産地では輸入綿糸を原料として使用することが必要だったわけですが、幕末の各白木綿産地はそれぞれ分業の程度と在地商人の原料・製品の取引への関わり方違っていました。このため、綿糸を購入するような分業の段階にあった産地、しかも専売制ではなくて生産の様子と輸入綿糸に関する情報の双方をもつような在地商人が取引に主に関与していたような産地の方が、その在地商人による市場対応力でよりすばやく流通・生産構造の再編に成功して、明治期以降の成長につなげることができたということです。非常に説得的な議論だと感じました。

第II部でも入間地方の織元である滝沢家が取りあげられ、問屋制の実相が紹介されています。かつて、問屋制家内工業は農閑期の安い工賃の労働力を利用していたと主張されていました。しかし、製品の需要期と農繁期が重なっていて、農繁期の工賃はかえって高くなりがちだったことや、原料糸の安い時期と生産の多い時期(農閑期)がずれていて在庫を多く持たねばならないことがなど、必ずしもそうとは言えなかったことが本書では実証されています。また、発注から織り上がった製品の回収までの期間のコントロールの困難さや、緯糸の織り込みを粗にして前渡しした糸を全部使わずに残して横領する不正(それにより製品も粗悪化してしまう)など、問屋制特有の問題もあったそうです。ヨーロッパ経済史ではこういった問題を解決することの難しさが問屋制から工場制への移行の一因と考えられているそうで、本書は日本にもその例があったことを示してくれていてとても勉強になりました。

かつて、日本資本主義論争の一環としてマニュファクチュア論争がありました。1980年代頃までの研究ではマニュファクチュアでなければ当然ながら問屋制家内工業の形態をとるというのが基本的な考え方でした。しかし、第I部の入間地方の例でも明らかなように、幕末の段階では在地の商人が市や機業を副業としている農家に買い付けを行っていて、厳マニュどころか問屋制の段階にも至ってはいない産地が少なくありませんでした。著者によると、
在村の織物仲買商がその営業内容を転換する形で、問屋制家内工業形態の一般化が始まるのは、松方デフレとそこからの景気回復が進む1880年代に入ってからのことであった。織物市場の急速な縮小とその後のすばやい拡大の中で、問屋制家内工業形態による「家内工業」の組織化は、生産地域間の市場競争に耐え抜くための不可欠の生産組織の位置を占めることとなる
とのこと。たしかに、売れ筋を多く生産させるなど製品のラインナップをコントロールして産地間競争に耐え抜くことや、生産者からの集荷に際しての他の商人との競合を避けるために、問屋制という取引形態をとるようになっていったのだろうと思われます。しかし、資料の関係からか在地商人が単なる買い付けを行う業態から問屋制へ移行した時期・問屋制の始まり方の実証に薄いのが本書の唯一の弱点でしょう。

やがて、上記の問屋制特有の問題に加えて、日露戦後の工賃の上昇やコンスタントに織り手を確保することが困難なことなどの理由から、この地域でも力織機を導入した小工場が増えていきました。本書で扱われている滝沢家は、他の業者が問屋制から工場主に変わって残された家内工業従事者を対象とすることで、比較的遅い時期まで問屋制家内工業形態での営業を続けていましたが、昭和になってそれも終わりとなりました。問屋制の終わりに関してはとても分かりやすく書かれています。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

 かつて谷本教授(当時は助教授)のゼミでお世話になったものです。
 懐かしくて投稿しました。
 
 僕がゼミ生だった90年代の中ごろ、もうこの論文は書いておられました。
 それに準じた文献、著書で輪読、レポーターによる紹介、コメンターによる問題提起、2人での対論、ほかのメンバーの意見招集、教授のまとめ、さらに意見交換・・・こんなやり取りで3、4時間のゼミでした。とても楽しかった思い出です。

 先生は当時、30代半ばでお若くとても大柄で、物静かで穏やかですが、時には厳しい先生でした。
 今思うと、この論文に書かれてることも穏やかな口調でゼミで随所におっしゃられ、「しらね~よ、そんなこと」と無礼ながら心の中でつぶやいていたものです。(当時は先生の論文は読んでませんでした)

 自分は経済政策というか、財政、金融の方に興味がありましたが、こういった在来産業の綿密な展開、外圧との関係も魅力的ですね。改めて、先生の優秀さがわかりました。

 機会がありましたら購入してみたいです。
 貴重な書評ありがとうございました。

somali さんのコメント...

コメントありがとうございます。
実際に接していた方からコメントいただけるとはうれしいかぎりです。

振り返ってみると、私も学生時代はちっとも勉強せず、かえって卒業した後で、先生たちの偉さを知る講義やゼミに真剣に取り組めばよかったと後悔することが少なくありません。