2011年8月5日金曜日

外邦図








小林茂著
中公新書2119
2011年7月発行

外邦図という耳慣れない単語が戦前は政府機関で使用されていた由緒正しい言葉であったことを本書を読んで初めて知りました。外邦図は日本がアジア太平洋地域の今では外国である地域を対象に作成した地図で、作成された事情が事情だけにこれまであまり研究されてきませんでした。しかし現在では軍事的な有用性は乏しく、それでいてたとえば当時と現在の森林被覆などの環境や景観などを比較する資料にもなるといった、使い方によってはとても有用なものなのだそうです。
本書には日本近世の伊能さんたちの地図づくりから、近代的な測量・地図作成技術の習得、そしてその技術が日本国内だけではなく、朝鮮や中国などにも応用されていった歴史が書かれています。例えば、開国後にイギリスなどが日本近海で測量をしていたことや、日本が朝鮮を開国させるのに江華島で測量をして朝鮮側を挑発して起こした江華島事件は有名ですが、相手国の許可を得ない秘密測量がその後も朝鮮や中国では続けられ、また日清戦争・日露戦争、そして支那事変・第二次大戦でも、戦時の測量や相手国からの地図の獲得が、日本の外邦図づくりに大きな意味を持ったのだそうです。
地形図と、昔の地租、今の登記につかわれている地籍図とが別ものなのは、なんとなく不思議だなと思っていました。日本の 地形図と地籍図が別々なのは、地積図が作成された時期には技術的に遅れていたので両図を関連させることができなかったこと、その後に獲得された沖縄や台湾では地籍図を組み合わせて地形図を導き出すことができるようになったのだそうです。
飛行機から撮影した写真が地図づくりに利用できるようになると、秘密測量は行われなくなりました。それと同時に外邦測量沿革史という本の編集が開始されました。その背景には、秘密測量に従事した人の事績はその性格上公表しにくく検証も困難で、また殉職もまれならずあったのに殉職しても靖国神社に祀られないこともあるなど、遺族や同僚からの不満が大きかったからなのだそうです。外邦図作成に関する事情がうかがい知れるエピソードですね。
敗戦時に焼却されてしまった資料も多かったのですが、米軍に押収された外邦図がアメリカの議会図書館や公文書館に、また日本にもお茶の水女子大・阪大・東北大などに残されていて、整理と公開(インターネット上でも)が行われつつあるそうです。知らないことばかりで、新書ですがとても勉強になりました。

0 件のコメント: