2011年12月24日土曜日

湾岸戦争大戦車戦 上・下

河津 幸英著
イカロス出版
2011年7月10日発行(上下巻とも)


もうこの湾岸戦争も20年以上前のことになります。当時、GPSという高度な装置の存在を知らされたり、テレビで誘導爆弾の命中する映像をみせられたりなどして、ハイテクを利用した戦闘でアメリカ軍がイラク軍に圧勝したという印象を受けました。でも本当のところはどうだったのか、著者は本書で、アメリカの公刊戦史や当事者の回想録などを資料に、上下巻合計で750ページ以上を費やし、アメリカ(多国籍軍)に勝利をもたらしたハイテク装備、兵站、部隊の練度・士気と、それらを利用した作戦、実際の戦闘の模様が多数の図・写真とともに解説してくれています。例えば、各戦闘に参加した部隊の編成を示すのに、M1A1が何輛、M3が何輛と文字で記すのではなく、M1A1のアイコンを編成に含まれている数だけ並べて図示するなど。そういう表現は近年のビジュアルな雑誌・ムックで多用されていますが、本書は雑誌に連載された記事をまとめたものなのだそうです。 背景説明や機動・戦闘の様子を示す地図もたくさん載せられていました。そんな本書を読んでの感想は以下の通り。
イラクは多数の東側兵器をもつ世界的にも有力な陸軍で、しかもイランとの戦争で実戦経験も豊富で、自信を持ってクエート防衛に兵力を配備しました。対するアメリカは相応の損害を覚悟して、かなり時間をかけて本国とヨーロッパから航空機、ヘリ、多数の戦車・歩兵戦闘車・支援車輛などを多数送り込んで準備しました。しかし実際に戦いが始まってみるとアメリカ軍の圧勝で、装備の質の差が大きく影響したようです。たとえば、イラク軍の主力戦車T-72は装甲防御でも徹甲弾の貫徹力でもアメリカのM1A1に大きく劣り、特にサーマルサイトによる暗視能力に大きな差があることもあって、遠距離から知らないうちに撃破されてしまうことがほとんどだったそうです。それにしても、装備の質の差は織り込み済みだったはずのプロの軍人どうしの予想が実際と大きくかけ離れてしまった理由は、本書を読んでも腑に落ちません。アメリカの軍人は大げさに考え、イラクの軍人は自軍の能力を過信していたというだけのことなのでしょうか。本書は丁寧に書かれていますが、史料の欠如からかイラク軍側の様子がほとんど触れられていません。その結果、アメリカ軍の圧勝だったという記憶を確認してくれただけという印象は否めません。とても本書の帯にあるような7000両の戦車が「激突」なんていう風には読めませんでした。

捕虜になることを希望して投降する者が多数出現して対応に困るほどだったそうですが、イラク軍兵士の士気はどんなものだったのか。イラク軍兵士の捕虜と戦死者の比率は推定戦死者数2万5千人に対して捕虜が8万6千人あまりだったそうですから、当時報道で危惧された不必要な虐殺行為が横行したわけではないようです。また、イランイラク戦争でもこの湾岸戦争でもフセイン大統領がヒトラーのように独裁者として振る舞い、陸軍の将校は積極性・自発性を発揮できなかったことも大敗の原因としてあげられていました。それなら、もっと士気の高い兵士がもっと能力の高い将校の指揮を受けて守っていればアメリカ軍の被害はもっとずっと増えたと言えるのか、その点についてはもっと突っ込んで解説してほしかったところです。

また湾岸戦争が、イラクの装備していた東側の兵器に対する評価を大きく下げたことは確かだと思われます。それら兵器を生産・装備するロシアや中国に与えた影響はどんなものなのでしょう。その後の20年で、アメリカの兵器に匹敵するようなものに更新してしまって、もう影響は残っていないのでしょうか。


さらに、本書を読んでいると、誤射誤爆同士討ちで少なからぬアメリカ軍人が損害を受けています。アメリカ(イギリスも)の戦死傷者の原因はイラク軍によるものと比較して誤射誤爆によるものがかなり多く、アメリカの戦死者の四分の一は同士討ちだったと述べられていました。両軍の武器にハイテクで格段の差があった湾岸戦争でこの結果ですから、もしかすると第二次大戦などでも誤射誤爆による死傷は無視できない数だったのかも知れないと感じました。

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