2009年1月8日木曜日

自爆する若者たち


グナル・ハインゾーン著 新潮選書
2008年12月発行 本体1400円

戦闘適齢期と言える15歳から29歳の人口が全体の30%以上になると人口ヒストグラムにふくらみ(バルジ)が目立つようになり、著者はこれをユース・バルジと呼んでいます。ユースバルジの生じているときには、父親一人のもとに息子が数人いることになります。息子のうちの1人(ふつうは長男)は父の地位を継ぐことができますが、他の息子には居場所がありません。15歳から29歳の男性は戦闘適齢期にあるとも言え、こうなると次男坊以下は野心を満たすために、テロ・戦闘・戦争・革命を始めるというのが著者の主張です。

現在ではこのユースバルジを呈している国、または15歳以下の子供層に同様のバルジが見られ数年後にユースバルジを呈するだろう国の半数以上がイスラム圏に存在しているそうです。現在、イスラム原理主義に基づくと称する男性の若者の行動が多く見られるのはこれが原因だとのことです。

また、ユースバルジによる活動は現在のイスラム圏で見られるだけではなく、歴史を振り返ってみればヨーロッパにも存在したことがありました。ヨーロッパはペストによる人口激減の後、それまで産児調節を担ってきた産婆たちを1485年から始まる魔女裁判で産婆を根絶やしにしました。これによって産児調節は困難となり、人口増加・ユースバルジが生じて、次男坊以下が世界中に出かけて、征服・植民地の獲得を行ったというのが著者の説です魔女裁判が人口増の原因というのは本当かな??)。

また、アメリカ独立戦争、ロシア革命、第一次二次大戦を引き起こしたドイツ、戦前の日本のアジア侵出などもユースバルジによるものなのだとか。その際に掲げられるイデオロギーは、キリスト教(キリスト教原理主義と呼ぶべきかも)だったり、マルクス主義だったりいろいろで、現在のイスラム原理主義も身近にあるイデオロギーを旗印として利用しているに過ぎないとのことです。

ユースバルジが紛争など特有の現象をもたらすという主張については、おおむね正しいのだろうと思います。例えば近いところでは、日本でもヨーロッパでもアメリカでも、第二次大戦後にベビーブームがありました。ベビーブーマーは著者の基準からするとユースバルジに当てはまるほどの出生数ではないのに、先進国では1968年が特別な年になりました。また、日本では団塊の世代と名付けられたベビーブーマーは自殺率の高いコホートとしても有名です。紛争を起こすだけでなく自殺につながっているところが日本の特徴かも知れません。

アメリカによるアフガニスタン・イラク攻撃やイスラエルがガザ地区などのパレスチナを攻撃するのはユースバルジによる問題が深刻化することを防ぐ意味を持っているのだ、第二次大戦前夜には英仏に厭戦気分が強くてヒトラー・ドイツや日本が大戦争を始めるまで放置してから対処することになってしまったからアメリカやイスラエルはその轍を踏まないように行動しているのだ、それに対してヨーロッパは文句をつけたが、60歳以上の人がアメリカには6人に1人なのに、ヨーロッパや日本は4人に一人以上とヨーロッパが高齢者の多い国になっていて覇気がないからだ、全地球的にユースバルジ問題が下火になる21世紀中頃までは予防処置を続ける必要がある、本当は内戦が起こってその国内でユースバルジ層の男性が殺し合って減少して欲しいものだ、などというのが本書で著者の最も訴えたいところのようです。この主張に対しては、私としてはにわかには賛同しかねます。

「イスラム原理主義」者の活動の主因がイスラム教徒だからなのではないという点では同じような意見の、エマニュエル・トッドとユセフ・クルバージュ共著の 文明の接近では、ユースバルジ問題を移行期危機と呼び、そのうちに解消するのだからあまり心配するなというスタンスで、移行期「危機」に対する解決策をはっきりとは示していませんでした。ヨーロッパの知識人としての矜持が、予防戦争や内戦の煽動・放置などといった手段を挙げることを許さなかったのでしょう。そう考えると、本書がアメリカ人でなくドイツ人の著者の書いたものというのは驚くべきことかも知れません。

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