2009年1月11日日曜日
ルンガ沖の閃光
ラッセル・クレンシャル著 大日本絵画
2008年9月発行 本体3800円
ガダルカナル島をめぐっておこなわれた多くの戦いの最後のもので、日本海軍駆逐艦隊が勝利を収めた最後の戦いでもある、タサファロンガ海戦(日本側呼称ルンガ沖夜戦)について、両軍からそれぞれ見た戦闘経過と、著者によるそのまとめ、評価が述べられています。著者は実際に駆逐艦の砲術士官としてこの戦闘に参加していて、本書を1995年に出版しました。ページ数と本の大きさの割に値段が高いのが欠点ですが、わくわくしながら読める好著でした。
第一章では、ガダルカナル島陸上での戦いの推移と、それに並行した海戦が紹介されています。そして、日本側が輸送船を駆逐艦で護衛してガダルカナル島への輸送を企図していることを1942年11月29日に知り、アメリカ側は5隻の巡洋艦と6隻の巡洋艦で迎え撃つこととなり、30日夜に戦闘が行われました。
第二章から五章までは、アメリカ側の戦闘の計画、アメリカ側から見た戦闘の推移、戦闘後の報告書での述べられています。そして、第六章から八章には日本側から見た戦闘の様子が述べられています。アメリカ側は巡洋艦1隻沈没3隻大破し、日本軍の巡洋艦2駆逐艦4輸送艦3沈没、輸送艦2大破の戦果をあげたものと判断しています。しかし、実際には日本側では駆逐艦が1隻沈没したのみで、巡洋艦はこの戦いに参加していなかったのでした。
戦後かなりたってからの著作だからなのか、熾烈な戦闘が非常に淡々と描写されています。「戦場の霧」の存在で、戦闘に際してはお互いに相手の戦力の把握が不十分、また戦闘後にも自分のあげた戦果が不確実なのだということが、本当によく伝わってきます。参加した艦艇や戦闘の結果を読者である私の方は知っているので、刑事コロンボ風のドラマを見せられているような感じです。
また、両軍の報告をまとめて、この戦いが日本軍勝利で終わった原因を著者が分析しています。代表的なのが魚雷。アメリカ海軍の魚雷には命中してもうまく爆発しない欠陥があったそうですが、魚雷を製造管理している部門の構造には問題はなく使用法に問題があるという主張があって、開戦後一年近くたったこの時点でも解決していなかったのだそうです。また、日本側はlong lanceとも呼ばれるようになった酸素魚雷を使用していたのが、戦果につながったということです。
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