2009年2月22日日曜日

職業と選抜の歴史社会学


吉田文・広田照幸編 世織書房
2004年10月発行 

これまでにも戦前の教育の役割についての研究は多数ありましたが、その多くが帝国大学・旧制高校などのエリート層を対象としたものでした。高級官僚や財界・文壇の指導者を論じるのは華々しくもあり、また史料も比較的入手しやすくもあるからです。しかし人口の圧倒的多数は非エリート層であり、本書はそちらを対象としています。本書の前半部分は、中等工業教育と電気事業主任技術者という資格の獲得・地位との関係を扱った章など戦前期における非エリート層の諸相を論じる5つの章からなっています。後半は戦前期国鉄職員の研究と銘打って4本の論文が並べられています。

現在でも大きな企業ではoff the jobの教育機会を与えている場合がありますが、基本的には職能教育が目的だと思います。しかし、戦前の国鉄にあった教習所などの名称の学校は、職業に関する知識の伝達のみならず一般の科目も含んでいて、中学校としての資格をとれるように文部省に働きかけたり、またさらには交通大学とい国鉄自身の大学をも持とうとしたのだそうです。陸軍の幼年学校・士官学校・陸軍大学の国鉄版をつくろうとしていたわけです。中等教育の学歴を持つ人の採用難な時期があったりしたことも一因だったそうですが、学校設置にかかる費用を考えると不思議にも思えます。

戦前の国鉄では職種が多数あったほかに、身分が庸人・雇人・鉄道手・判任官・奏任官などと分かれていました。学歴によってどの身分にまで到達しやすいかが違うのですが、尋常小学校卒業のみの学歴でも天皇の官吏である判任官にまで出世した人もいて、上昇の機会がささやかながら開かれていました。低学歴のひとでもこの身分階梯を上昇しやすくする手段の一つが上記の教習所だったわけで、教習所はガスぬきの役割も持っていたわけです。戦前の多くの企業にあったこの種の身分制度はその後廃止され、一見めでたしめでたしですが、現在でも関連会社職員とか派遣とか出入りの清掃業者などといったより陰険な形で残っているのだと感じます。

また最終章では日本とイギリスを比較して、「学歴や試験の体系によりながら、個人的な上昇=昇進・昇格を希求した日本の鉄道現業職員と、集団的に結束し、労使間の団体交渉を通して、労働条件や待遇の改善を要求していった英国の鉄道員ーーー結果としてどちらがよかったかはわからないが、『よりよい生活』をめざすには複数の道がありえたことだけは確かである」と鋭く指摘しています。日本ではまともな労働組合の結成ができなかったことが影響しているでしょうが、出世・身分の上昇をめざして競争させられていた面があるのは否定できません。しかも、試験に加えて日常の働き方も昇進を左右しますから、競争は職務の評価を行う上司による職場統制にも利用されてしまいますし。

本書の奥付の手前には、本書が消えつつある技術である活版印刷で制作されたので出版が遅れた旨、記載されています。21世紀の現在では活版で印刷された本は珍しいのでしょう。でも、こんなふうに縦に並んだ活字の左右が不揃いなのは活版ならでは。世織書房さんってこの本で初めて存在を知りましたが、活版に縁の深い出版社なのでしょうか。

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