2009年7月10日金曜日

海と生命


塚本勝巳編 東海大学出版会
2009年6月発行 本体3600円

東京大学海洋研究所/海洋生命系のダイナミクスというシリーズの5冊目で、「海の生命観」を求めてというサブタイトルがついています。知っていることもありましたが、私にとっては新たな知見がたくさんありとても勉強になる本でした。たとえば。

第3章海水中の元素と生命には、元素の宇宙・地殻・海水中での濃度が一覧表にして載せられています。これをみると、ウランの海水中の濃度は大方の金属元素よりも高いのですね。特に、三価の鉄が水に溶けにくいのは知っていましたが、まさか鉄よりウランの濃度の方が高いとは思ってもみなかったので、びっくりです。また、海水中には鉄が不足していて植物プランクトンの存在量が制限されているので、海に鉄を撒いて植物プランクトンの増殖を計画した人の試みがnatureに載っていたのを読んだことがあります。海の生物資源量を増やす目的としてはありなのかも知れませんが、少なくとも大気中のCO2の量を減らす目的としてはつかえない方法だと本章では結論されていました。

第12章海の環境と生態系の総観も、海と陸上の違いを、水と空気の密度・粘度・吸光度などや栄養塩の入手しやすさなどから分かりやすく解説してくれています。陸上にある樹木はセルロースなどの難消化性の物質を多く含むために長寿命で、長期間にわたって栄養塩を自らの体の中にため込んでしまいます。それに対して、海の植物プランクトンの成分は動物プランクトンと大差なく、増殖するはしから食べられることで栄養塩を循環させ、再生産が可能になっています。海と陸上の違いは大きい。

第11章生命と水では、海産魚のホルモンについて記載されています。ANPはヒトをはじめとした陸上動物では水とナトリウムの排泄をもたらすホルモンですが、海水ウナギでは尿量減少とナトリウム排泄減少をもたらすのだとか。陸上動物の細胞にはアクアポリンがたくさんあるので、水とナトリウムイオンはほとんどの場合同じ方向に動きます。これはヒトにも当てはまって、日常の臨床の場でも不可欠な知識です。それに対して、浸透圧が体液より高い海水中に棲む魚にはアクアポリンが少なく、水と塩類の調節の方向が逆向きになっているそうです。
また、陸上動物では血圧の維持が重要で昇圧ホルモンをたくさん持っているのに対して、血液循環に関して高い血圧が必要ない海水魚では降圧ホルモンが多くなっている。さらに、魚類ではANPのような電解質を排出する作用をもつホルモンが多様化しているのに対して、哺乳類では水と電解質の保持に働くホルモンが多い。例えば、Ca値を低下させるカルシトニンはサカナにも哺乳類にも存在しますが、カルシウムを低下させる作用はサカナのカルシトニンの方が強力。医薬品として使われるカルシトニン製剤がサケのカルシトニンなのもこういう理由からなのですね、納得。

陸上の生態系では、植物から草食の動物→肉食の動物への流れが主な食物連鎖です。海中ではこの捕食食物連鎖に加えて、微生物食物連鎖(細菌ループ・微生物ループ)が重要な役割を果たしている。細菌は分解者として栄養塩の再生産に寄与するだけではなくて、動物プランクトンに補食されて有機物の流れを形作っているのだそうです。

細菌も食物連鎖の重要な一環だということは盛んに増殖して盛んに食べられてるっていうことですよね。これまで海水中の細菌に関しては、生きているが培養できない細菌 Viable But NonCulturable (VBNC)がほとんどなのだというイメージを持っていました。第21章海の中のミクロな環には、自由生活細菌と付着細菌という概念とその実態に関する説明がありましたが、VBNC状態に関する言及はなく、その辺はいまひとつ理解できていません。ヒトに対して病原性を発揮する海産の細菌は温度や栄養状態の良くない海水中ではVBNC状態なのだけれども、それ以外の自由生活細菌は海水中で盛んに増殖しているってことなのでしょうか。

あと、プランクトンは海水より少し重いのだそうです。サカナや動物プランクトンはひれや繊毛などなどを動かして沈まないようにしています。植物プランクトンは油を含んだり小型化するなどの工夫で沈まないようにしているとのこと。でも、長い時間をかければ、海水よりわずかでも比重が高ければ沈んでいってしまうのではと不思議です。

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