2009年7月17日金曜日

海洋の生命史


西田睦編 東海大学出版会
2009年6月発行 本体3600円

先日読んだ「海と生命」と同じ、東京大学海洋研究所/海洋生命系のダイナミクスというシリーズの一冊です。「海と生命」の方は、海の生物の棲息する環境や、海の生命の基礎となる光合成・化学合成といった物質生産やそれを担う生物など大局的な論考がおさめられていました。それに対して、本書には生命は海でどう進化したかというサブタイトルがついていて、ゲノムの解読で得られたデータをもとに、真性細菌・古細菌・真核生物の系統関係などや、より細部に着目した研究成果が紹介されています。いくつか、学んだ点を紹介します。

専門家にとっては常識なのでしょうが、魚類って単系統群ではないのですね。魚類という言葉から一つのまとまったグループのような感じがしますが、ふつうのサカナである条鰭類のほかに鮫などの軟骨魚類やヤツメウナギなどの無顎類とシーラカンスなども含んでいて、「脊椎動物から四肢類を除いたもの」としか定義できないそうです。魚類にはそれ以外の脊椎動物と同じくらいの数の種があって、しかも水中に住むことによる収束進化によって形態的なバラエティは少ないので、系統関係がはっきりしなかったのだそうです。第5章では、筆者がミトコンドリアゲノム全長配列の解読という方法に至った経緯と、1200種以上のサカナのミトコンドリアゲノムを比較することによって条鰭類の新たな系統関係を解明する試みが分かりやすく書かれています。

またこれも当たり前かも知れませんが、ゲノムのデータの比較のみでは、系統関係が推定できてもそれぞれが分岐した年代まではわからないのですね。そういう意味で、化石のデータが重要なのだということが第7章に説明されています。また、むかし木村資生の分子進化の中立説を読んだ際に、分子進化速度が一定であること・分子時計の存在が強調されていて不思議に感じたことを覚えています。ただこれも、「近年のDNA塩基配列データの蓄積によって、より精度の高い分子進化速度の比較が可能になると、すべての生物に適用できる普遍的な分子時計は存在せず、分子進化速度は生物系統間で変動しうることがわかってき」ていて、体重当たりのエネルギー消費量が高いほど発生する酸素ラジカルが多くなり分子進化速度が速い傾向があるそうです。今ではそういう理解になっているのですね、非常に説得的に感じられました。

その他、渦鞭毛虫の進化、クジラの起源、ウナギ属の系統関係などなど、読んでみて面白い本でした。

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