2010年7月17日土曜日

カチンの森



V・ザスラフスキー著 白水社
2010年7月発行 本体2800円
カチンの森の虐殺といえば、独ソ不可侵条約の秘密議定書によりポーランドの東側を領有することになっていたソ連が、ドイツのポーランド侵攻後にポーランドに侵入し、捕虜としたポーランド軍の多数の将校たちを秘密裏に殺害し多事件で、独ソ戦開始後にドイツがその死者たちの埋葬地を発見して世界に向けて発表した事件です。ソ連は、ドイツの発表を虚偽であるとし、逆に虐殺はナチスドイツによるものだと反論しました。ただ、ソ連の主張は信頼されず、その後はこの虐殺事件がソ連の犯罪的行為として世界中で受け止められたものと、理解していました。事実関係の理解はたしかに私の思っていたとおりで大体いいのですが、本書を読むと1990年代のソ連崩壊、というより現在にいたるまでソ連・ロシアはこの事件を隠蔽しようとする傾向を持ち続けていたことが分かり、驚きました。
第二次大戦後、ソ連はこの事件に関する多量の関係書類を処分しました。しかし、ポーランド軍将校捕虜の殺害処分の提案に対してソ連共産党政治局が同意した書類が残されていて、その後のソ連共産党書記長は就任後にその存在をしらされるようになっていました。グラスノスチを唱えるゴルバチョフもその存在を知らされ驚きますが、彼もやはり党機関の人間であり、ポーランドからの真相究明のための証拠の捜索の求めに対しては、その種の資料は存在しないという態度をとり続けました。その後、別に残されていた資料が発見され、また指導者がエリツィンに替わって、ポーランドへの謝罪や秘密文書の公開への姿勢がみられ始めました。しかし、プーチンに替わると逆戻りの方向なのだそうです。


国家の手でこういう犯罪がなされるのはなぜか、特に直接手を下す人たちはどういう神経をしているのだろうと不思議に感じます。ソ連の場合、国内で大粛清を実施しているから、外国人を殺すことなんかへっちゃらなのかと漠然と思っていました。しかし本書には
「少なくともこの世代のポーランド人を共産主義者にすることは不可能だ。全員が例外なくわれわれの敵である」そのうえ、敵はかならず「極端」な敵だったから、その抹殺戦争が正当化された。 
と書かれていました。自らの理想である共産主義社会の実現のために、障害となるモノ・ヒトは積極的に破壊・殺害することを自らの使命として感じていた人がいたわけです。「ポーランド指導階級の抹殺」とサブタイトルにありますが、まったくそれを意図したものだった、なんとも言葉がありません。

ニュルンベルク裁判の頃までは、この事件の真相究明を求める人たちの意見をアメリカ・イギリスも無視しました。冷戦開始後、アメリカはカチンの森の虐殺がソ連によるものとして避難するようになります。しかしイギリスは、対ソ関係・経済上の利益のために1990年代にいたるまで真相は不明とする態度をとり続けたのだそうです。
この種の犯罪的な行為に対する隠蔽・否認は、隣国との関係をいつまでもすっきりとさせません。これは日本にとっても決して他人事ではないと感じさせてくれます。また、読みやすい翻訳で、文章の量は新書程度でお値段は少し高めですが、読む価値のある本だと思います。ただ、「コミンテルン」「白軍」といった言葉にまで訳注がついているのには少しびっくりで、もうそういう時代なんですね。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

紹介する意図が通じてとても嬉しいです。カチンの森の訳者から。

匿名 さんのコメント...

紹介する意図が通じて嬉しいです。
カチンの森の訳者から。

somali さんのコメント...

過去の事件になっていたものとばかり思っていましたが、そうではないことが分かり、っても勉強になりました。
ありがとうございます。