サゴヤシ学会編 京都大学出版会
2010年7月発行 本体5000円
サゴヤシという一種類の植物がテーマの本です。390ページがサゴヤシに関する論考だけでしめられているので、細かな知識がたくさん載せられている本ではあります。例えば、サゴヤシの葉柄は幹の外側に時計回りについてゆくので、一つの葉に付く小葉の数が左>右になっていること。小葉の数を数えてそこに規則性を見出すとはびっくり。ただ、こんな風な細かい情報は得られても、素人が読んでなるほどと感じられるような包括的な情報が得られる本ではありませんでした。不満な点をいくつか示すと、
サゴヤシは緯度10度以内、高度700メートル程度までの土地に生育するのだそうです。このことから、サゴヤシの生育が温度に規定されそうなことは容易に想像されます。45ページから熱帯植物の低温ストレスについて書かれていて、光合成器官と非光合成器官どちらもが障害を受けるのだそうです。しかし例としてあげられた研究での光合成器官の障害をもたらす「低温」が何度なのか書かれていません。また非光合成器官の障害については0度での話が書かれています。サゴヤシ自体に関する研究はないそうで、その他の種の植物の温度不明な低温ストレスに関する話とか、0度にさらされた時の話を出されても、なんだかなという感想しか持てません。
サゴヤシの種子の胚乳の主成分はセルロースなのだとか。セルロースは一度合成したら一生涯分解する必要のない構造に使用する物質かとばかり考えていたので胚乳として使えるとは驚きです。発芽の際に、きちんと単糖にまで分解してエネルギーを取り出せているのか、興味がありますが、この点に関しての説明はありません。
サゴヤシは幹立ち後、十年前後で花芽を付けて開花し種子をつくるそうです。この花芽をつける条件は一つの要素によって起きるわけではなく、幹の長さ・葉の数・幹の生長期間などが複合しているらしいとのこと。こういうのがいちばん面白そうなところなのに、これをはっきりさせる研究がまだないというのは残念。
また、サゴヤシの種子の発芽力が低く、栽培にはサッカーという芽を移植することが一般的と説明されています。でも、この発芽力の定義がはっきりしません。水中播種で100日間追跡したデータが載せられているので、種子を水につけて何週間で何%が発芽したかというものなのでしょうか。もしそうなら、人による栽培目的での播種に関する発芽力ということになります。野生状態での発芽について考える必要はないのでしょうか。というのも、サゴヤシ種子の包被組織には発芽抑制物質がかなり含まれていると書かれているからです。野生のサゴヤシとしたら、種子は地上に落ちていっぺんに発芽してもらうよりも、何年かかけて少しずつ発芽してくれた方が都合がよいはずで、そのために発芽抑制物質があるのだと思うのです。こういう意味での発芽力についての研究はまったくないのか、触れられていないので不明です。果実のまま播種して6週間で5%しか発芽しないそうですが、残りの95%はだめな種子なのかどうか、その後数年とか数十年とかかけておっかけないと、説得的な研究とは言えないような気がします。
原産地におけるサゴヤシデンプンの抽出方法を、幹を砕く道具として鎚を使うかおろし金状の道具を使うか、またデンプンの抽出のための水洗いに手を使うか足を使うかの観点から4つに分類して、その地域的な分布が地図で示されています。その地図にウォーレス線とウェーバー線が書き込まれていて本文にも「各地域のての方法と足の方法の分布を調べてみると生態の違いを示すウォーレス線とウェーバー線で分けることができる」と書かれています。人類がこの地域に拡がる以前、サゴヤシはウォーレス線かウェーバー線の西側に限って広く分布していたという事実でもあれば別ですが、抽出方法の分布の話にウォーレス線・ウェーバー線を持ち出すのは著者のセンスを疑います。
本書のサブタイトルは21世紀の資源植物となっていて、サゴヤシデンプンの生産・利用がもっと増えて欲しいと著編者は考えているようです。ただ、利用されるためには価格が重要だと思うのですが、一箇所に「馬鈴薯デンプン>サゴデンプン≧甘藷デンプン>タピオカデンプン>コムギデンプン>コーンデンプン」と記載されているだけでした。価格差を具体的に示さないのはなぜなのか、書いた人の意図が全く分かりません。またサゴデンプンを日本で使うとしたら、わらび餅などに加工するのにふさわしい特性を持っているそうです。しかし、製品の夾雑物の多さから食品としての利用が難しい面があるそうです。
サゴヤシのデンプンへの工業的な加工について本書中で説明されています。コーンや小麦など他のデンプン原料と違って、品質劣化をきたさずに収穫から加工までの期間を長く保存できないようです。また加工には多量の水が必要です。夾雑物の少ない白い精製デンプンを望むとすれば、より多量のもっときれいな水が加工に必要になるわけで、泥炭地にも栽培できて環境負荷が少ない特性のはずのサゴヤシが、加工のために環境負荷を大きくしてしまうことになりそうです。現地以外での利用を伸ばすことと、このあたりのかねあいを編著者はどう考えているのかが書かれていないのも読んでいて不満でした。