2010年12月19日日曜日

日本経済史6 日本経済史研究入門


石井寛治他編 東京大学出版会
2010年9月発行 本体5500円
冒頭に、高村直助・石井寛治・原朗・武田晴人さんによる「体験的」経済史研究と銘打った座談会が収録されています。学生時代からの経験が述べられていますが、マルクス主義の影響に加えて、高度成長期以前に大学に入ったことが、この世代には大きく影響しているなと感じられます。日本が貧しかった頃を知っている世代と、私なんかのように貧しさから抜け出しつつある頃にものごころついた世代と、現在のように新たな貧困が問題となって久しい頃に学生になる世代とでは、何を問題とするか、興味の持ち方・切り口が当然異なってくるでしょうから。
また、本シリーズの刊行に当たってという冒頭の文章には、1965年以来、「近代日本についての『経済史らしい経済史』の体系的シリーズが企画・刊行されることはなかった」と書かれています。座談会の中にも「岩波の『日本経済史』(岩波書店1988-1990)を読んでいれば十分で、それ以外は関係ない、という雰囲気なんですよ。それは困るんじゃないか」という発言がありました。門外漢には、経済畑・数量経済史と歴史学の経済史のこういうあたりの分断のされ方はなかなか見えにくいので、率直な表現で教えてもらえてありがたく感じました。
また、「在来産業研究もちょっと先が見えてきたんじゃないか、どうも、あえて行き詰まりの道を突き進みつつあるんじゃないかという感じがします。たとえば谷本雅之さんのように、あんなに近代的発展と切り離して議論してはいけないと思うんです」という発言にも、そういう見方もあることを教えられて驚いています。もっと大きな構図で先を見据えた研究でないという批判のようですが、谷本さんの「日本における在来的産業発展と織物業」はとても面白い本だと私は思いましたが。
斉藤修さんの書いた第3章数量経済史と近代日本経済史研究、杉原薫さんの書いた第4章比較史の中の日本工業化も学ぶ点が少なくない。例えば、第3章では国民総所得・総生産という概念が希薄だった時代があったことを教えてもらいました。また、第4章では工業化の普及に資本集約型と労働集約型工業化の二類型を区別できる、日本は後者の代表例であること、この二類型に世界システム上の補完性を見ています。世界システム論ではA局面で中枢を構成する国・地域と周辺・半周辺との違いが明確化し、B局面ではそれが不明確化して中枢と周辺・半周辺国との入れ替わりが起きますが、この二類型は20世紀末の入れ替わり・アジア諸国の工業化・上昇過程の説明にも使えそうで興味を引きました。
「経済史研究を志す若い世代に贈るガイドブック」と本書の帯には書かれていますが、そのとおりに第5章以降は資料論ということで、資料の探し方、扱い方などが述べられています。また第11章は経済史の技法ということで、研究のイロハから論文の書き方まで指導する章になっています。
医師の場合も、医学生から研修医の頃に文献検索の仕方や症例報告の仕方・書き方を学びます。私のように臨床だけで過ごした医師でも臨床の経験から気づくことがあり、調べて、新たな発見と確信できれば報告するトレーニングを一通り受けているわけです。そして、基礎に行く医師や研究・教育職に就く医師は単なる臨床医以上のトレーニングを受けますが、 経済史を学ぶ学生さんの場合にも、経験から問題を見出すのではなく、自分のそれまでの人生と学習から問題を見出さなければならない点では、研究者としての態度が求められるのでしょう。しかも必ずしも将来、職業としてポストを得られるかどうか不明な点はきびしいのかな。

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