2010年12月5日日曜日

ダウニング街日記 上下


ダウニング街日記 [上]
ジョン・コルヴィル著 平凡社
1990年6月発行 本体3864円
ダウニング街日記 [下]
ジョン・コルヴィル著 平凡社
1991年2月発行 本体3864円
著者のコルヴィルさんは男爵と侯爵の孫で、パブリックスクールからケンブリッジ大学を終えて、イギリス外務省に就職。トルコとペルシア担当で仕事を始め、第二次大戦開戦を機に1939年9月10日から日記を付け始めます。そして翌10月に、チェンバレン首相の秘書官に抜擢されました。チェンバレン内閣下では、チャーチルを「エネルギッシュだが協調性がない」と評し、危険な計画を立てて実行させようとする、騒ぎを起こす人物と感じていました。しかし、1940年5月に首相がチャーチルに交替した後も秘書官を続け、長らくチャーチルから親しく扱われる人となりました。イギリス空軍に志願して1941年10月から戦闘機パイロットとして訓練を受け、短いながら実戦も経験しました。そして1943年12月からふたたび秘書官としての仕事を再開します。1945年の労働党内閣成立で外務省に戻りますが、1951年にチャーチルが首相に復帰すると乞われて再び秘書官となり、その辞任まで働きました。本書は、権力のかたわらでというサブタイトルがついているように、主に首相の傍らで秘書官として過ごした時期の日記をまとめたものでした。
日記をつけ始めたのは25歳ですが、観察と分析の鋭さは読んでいて25歳の日記とは思えない感じです(最後の方は40歳近くになっているから当たり前かも)。チェンバレン、チャーチルの身近な者に見せる動きや発言(かなり率直な発言が少なくない)から、彼らが事態をどう考え、どう対処しようとしていたのかが活写されている点が本書の読み応えのある点です。例えば、ドイツがソ連を攻撃した時点で、チャーチルとその周囲では勝てることを確信したことが分かります。残念なのは、空軍勤務を志願して大戦中期は抜けてしまっていることで、日本の攻撃やアメリカの参戦に対する感想は書かれていません。全体を通じても、日本に関する記述はとても少なく、日中戦やそれに対してアメリカと協調して日本へ厳しい態度をとったこと、朝日新聞の記者が首相官邸を訪れて取材したことくらいでしょうか。 下147ページに「足の不自由な駐英日本大使、重光が十番を訪れ、首相に離任のあいさつをした。重光が親英派であることは知られており、それが理由で本国に召還されるのだと思う」と書かれていました。
上巻ではバトルオブブリテンの様子や、日常的に爆撃を受けるなかでの人々の生活も興味深いところ。また、著者は上流階級出身で、祖父母・父母の関係から王族や貴族との交流があったことが描かれています。パーティや年代もののワインや馬に乗っての狐狩りなどなど、イギリスの上流階級の人たちが戦争中にどんな暮らしをしていたのかをかいま見ることができます。労働者階級との格差の意識はかなりあるようで、1941年9月にチャーチルはスコットランドの工場視察ツアーに出かけ労働者たちから歓声を受けましたが、同行した著者が「彼らの生産のテンポがほんとうに上がったのは、ソ連が参戦してからだと聞かされ、不愉快になった」と書かれているくだりなどは印象的です。
戦闘機パイロットとして生活した時期については抄訳しか載せられていないのですが、驚いた点が二つ。彼はパイロットになるためにコンタクトレンズを装用したこと。コンタクトレンズってこの頃にすでに実用化されていたとは知りませんでした。また、初等訓練はイギリス国内で実施されたようですが、訓練過程の後半は船で南アフリカまで移動して、南アフリカで行われました。イギリス連邦の総力をあげた戦いだったことを示すエピソードですね。
日本語として読みやすい翻訳になっています。しかし、少なからず気になる変な訳語がありました。
上109ページ ラワールピンジを「商品輸送用の巡洋艦」と訳している。仮装巡洋艦か特設巡洋艦とすべきでしょう。
上129ページ 「ダングラス卿」 アレック・ダグラス=ヒュームと言う方がふつうだから、ダグラス卿じゃだめなのかしら。
上164ページ アルトマルク号事件で駆逐艦コサックが「戦艦コサック」となっている。
上370ページ 「ビルマ街道」、援蒋ルートの一つで日本語ではビルマルートとして有名だと思います。
上391ページ 「ウェイヴル」ウェーベルとかウェーヴェルと書かれていることの方が一般的。
下245ページ「ボフォール高射砲」boforsだけど日本語ではボフォースと呼び
下276ページ「単式のアリソン型エンジン」単発と訳さなきゃね。
下706ページ訳者あとがき「利空権」 こんな日本語はありません。制空権
本書の新品は手に入らないようです。中古品をAmazonマーケットプレイスからそれぞれ763円と916円で入手して読みました。

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