2011年6月7日火曜日

静岡模型全史

静岡模型教材協同組合編 文藝春秋
2011年6月発行 本体4571円
以前、文春文庫の「田宮模型の仕事」を読んでとても面白かった覚えがあります。なので、この静岡模型全史が近所の書店で平積みにされているのを見て、即購入してしまいました。B5版のハードカバーで立派な本です。口絵には昔の木製の模型の飛行機や船、1950年代頃からのボックスアートなどがたくさん紹介されています。かなり縮小されているのでぱっとしない印象のボックスアートが多いのですが、タミヤのホワイトパッケージだけは1960年代のものでも全く古い感じがしません。
この本の主要な部分は、50人分の「証言」です。どんな50人かというと、静岡の模型会社の経営者・管理者・従業員、模型店や模型新聞などの模型業界の人、マブチモーターやセメダインや射出成形機などの関連業界の人、模型店の人、モデラーなど。それぞれの人に2~13ページが割り当てられていて、思い出や思いが語られています。
タミヤ、青島、ハセガワ、フジミなどの名前は私も知っているほどで、模型の会社はとても有名です。でもこの本を読むと、どれもそんなに大きくはないことが分かります。家族で社長・副社長・専務などをつとめているところが多く、ファミリー企業なんですね。とはいってもタミヤの前社長にしてもその弟さんの東京芸大出のデザイナーさんにしても、成長して現在まで勝ち残ったこれらの企業ファミリーには当然ながら有能な人が多かったのですね。こういうメンバーを揃えた一族は、戦国時代ならきっと本物の一国一城の主にのし上がっていったことでしょう。
静岡にはもともと木製の模型の製造者が多く、国策として小学校で模型飛行機を作らせた頃にはそれ用の模型を販売し、静岡模型「教材」協同組合という名前も、学校で模型をつくったことに由来するようです。ところが敗戦後、占領軍が模型飛行機まで製作販売を禁止したのだそうです。飛行機実機の製造禁止は知っていましたが、模型までとは驚きました。実は風洞実験用の模型を禁止する目的だったと途中にちょろっと触れられていましたが真相はどうなんでしょう。
私が小学校高学年の頃にちょうどウォーターラインシリーズが発売されました。私は不器用でプラモデルを創ったことはほとんどありませんでしたが、軍艦には魅かれて、利根や翔鶴や金剛などを作った記憶があります。創っては見たもののへたくそなのは自覚され、中学生以降は全くプラモデルとは縁が切れてしまいました。それでもこのウォーターラインシリーズは四社共同の企画で、水線下の省略された飾れる模型という点が小学生にも画期的に感じられました。その後、ネットが普及してから関連するサイトを読んだりして、WLからフジミが脱退したことを知り、どうしてなのかなと不思議に思っていました。残念なことに「全史」にはこの疑問に答えてくれるような記載はありませんでした。GHQと模型飛行機の製造禁止の詳しい説明がない件にしてもそうですが、本書は「全史」と銘打ってはありますが、本格的なオーラルヒストリー・史書ではありません。なので、この辺が不十分なのはやむを得ないかも知れません。きっといつか本書も史料の一つとしてつかって博士論文を書き、模型産業史というタイトルで名古屋大学出版会なんかから出版する人があらわれるでしょうから、長生きしてその日を待ちましょう。
本書を読んで勉強になる点はたくさんありました。例えば、タミヤがフィリピンに工場を作ったというタミヤの社長さんのお話。中国に工場を移す日本企業はたくさんありますが、フィリピンにという企業はあまり聞きません。なぜ中国でなくフィリピンかというと、中国だと工場から現地の従業員がスピンアウトするなり引き抜かれるなりして技術を盗まれてコピー製品を簡単につくられてしまうが、フィリピンはインフラが整っていないのでそれが困難だからだとのこと。
現在のプラモデルの業界は決して景気が良くはないそうです。ケータイや、DSやPSPなどのゲーム機などなど競争相手はたくさんあるでしょうし、町からおもちゃ屋さんや模型店が消え子供たちがプラモデルに入門する機会が減ったことも原因だそうです。スケールモデルは大人の趣味としても立派なものだと思います。例えば、ネットでアメリカの事情を眺めていると、スケールモデルに限らず、ミリタリーな書籍やゲームを好む大人たちがたくさんいる印象を受けます。これは素地となる軍役経験者の数の多さが影響していそうで、日本ではそういった裾野が狭すぎるんでしょうね。

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