2008年9月18日木曜日

世界システムと東アジア


今西一編 日本経済評論社
2008年5月発行 本体4200円

世界システムと東アジアというタイトルの本ですが、日本小農論、農村地代、日本の中小工業論、内国植民地、朝鮮近代化論など10人の筆者による論文集です。序章にはちょろっと近代世界システム論に関する言及もあるのですが、その他は近代世界システム論とは全く関係ないものばかりです。シンポジウムにちなんだ出版なので、こうなっているようです。

第1章の黒田明伸の「アジア・アフリカ史発の貨幣経済論」は、彼の他の著作と同じようなことをくり返しているとも言えます。ただ、現在の少額硬貨でも銀行に還流しないものが少なくないことを指摘して過去の時代にはそれがもっと顕著だったろうことを示したり、地下に保蔵された貨幣が還流しない貨幣の一因となっていること、戻らない貨幣の量に見合うだけの貨幣が新規に供給されないとどうなるか問いかけたりなど、繰り返しではあっても読んでて面白いものでした。

第2章「日本小農論のアポリア」では農地の所有権について、地租改正による創設や地主制・農地改革、そして離農した人々の農地が所有者がどこに行ったか分からないまま借地の対象ともなれずに荒れつつある現代までを通して考察しています。地主制のもとで、地主はムラの土地を保全する存在でもあったことや、農民組合運動下では小作貧農が土地を所有するようになることは無産者から脱落するものとされていたことなど、意外な指摘でした。

本書所収の論考の中でひどかったのが、第4章の「近代日本における中小工業の成長条件」でした。研究史の論点整理と称して他人の文献からの引用は多数あるのですが、著者が何を言いたいのかはっきりせず、学生のレポートでも読まされてる気分。しかし、筆者はどこぞの大学教授なのだそうです。私も学生時代には講義のへたくそな教授には何人もお目にかかりましたが、そういう人でも著書を読んでみれば感心させられた経験しかありません。書いたものも意味不明とは、この人に教えられる学生は哀れ。

第8章「朝鮮における『19世紀の危機』」によると、1850年代から90年代にかけて、朝鮮では深刻な経済の停滞がみられたそうです。この期間に、稲作の生産性が最盛期の三分の一まで減ったとのことで、驚きです。著者はこの全朝鮮的な米の減収の原因を地力の低下・水利施設の荒廃などとしています。朝鮮半島は、日本に比較すれば稲作の限界地に近いような感じがするので、気候の一時的な寒冷化・小氷期が関与してはいなかったのか気になります。また、朝鮮が開国をむかえたのは、この『19世紀の危機』の時代であり、開国から近代化が日本と違ってうまくいかなかった原因の一つは、ここにあるようです。

第9章「『植民地近代化』再論」 第10章「朝鮮における近代的経済成長」という、韓国の学者の論考2本も興味深く読みました。日帝による収奪という言い方がありますが、「収奪」を経済学的に論証するのは難しいという合意が韓国でも出来てきているようです。

ただし、日帝の遺産と解放後の韓国の経済成長との関連に関しては、意見が大きく分かれるようです。第10章の著者は、日帝の残した会社・工場などの物的遺産が北側に多く韓国の側には少ないのに高度経済成長が韓国の側で実現したこと、日帝の遺産は朝鮮戦争でその多くが破壊されてしまったこと、韓国の高度成長は解放後20年もたってから始まったことなので時期的に離れていることなどを論拠として、日帝の遺産と解放後の韓国の高度経済成長には因果関係がないとしています。しかし、物的遺産についても、鉄道・電気・水道などインフラは日本の敗戦後も使われ続けたでしょうから、無視は出来ないと思うのです。それに加えて、精神的・制度的・技術的な遺産を総体的に評価することが簡単ではないとして無視しているのがこの著者の主張の問題点です。

日本は植民地期の韓国に良いことをたくさんした・残したとする日本の保守派の論客たちの主張に同意できないのと同じく、日帝の物的遺産と韓国の高度経済成長が無関係でその他の遺産は無視しようとするこの韓国の学者の主張にも、私は賛成できません。植民地化された1910年の朝鮮と比較すると、解放された1945年の朝鮮は、社会・制度・意識などがおおきく変化していました。1960年代以降の韓国の近代的経済成長は、そういった変化の上に実現したもので、1910年のままだったら実現しなかったでしょう。もちろん、この変化を日帝のおかげだなどと主張する考えは私にはなく、朝鮮の人たちが日本の支配下で実現した変化だと言いたいのです。

日帝による植民地支配がなければ、後に高度経済成長を可能とするような社会・制度・意識などの変化が35年間でどの程度にまで進行したものか、これについては仮定の話になるから難しいのですが、お隣の中国東北部、満州での奉天軍閥の富国強兵化策をみると、朝鮮半島に独立国が存続していてもかなりのことがなされただろうと私は思います。日本の保守派なら植民地支配がなければこういった変化は実現しなかったというでしょうし、韓国の人は植民地支配がなければもっと進んだはずだと言いたいでしょうが。

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