「牧民の思想」の記述によると、江戸時代の思想史で書物研究という新しい手法が使う始めたのは、若尾政希という研究者なのだそうです。この「牧民の思想」と同じ平凡社選書の一冊に、若尾政希著の「『太平記読み』の時代」という本があります。太平記評判秘伝理尽秘鈔という楠木正成を超人的に描いた太平記の注釈書を題材に書物研究という手法を実践してみせてくれていて、とてもエポックメーキングな本だと感じました。私も古い方の人間で、江戸時代の思想史といえば儒学などを思い浮かべるたちだったので、太平記(ほんとは太平記の注釈書)が取り上げられている点にまず驚かされました。数万人規模の軍勢の数があちこちに出没するなど、太平記は戦記物語の中でも特に荒唐無稽ですからね。
平凡社選書には他にも日本史関係でエポックメーキングと感じた本があります。私の買った最初の平凡社選書で、もう30年近く前に読んだ本ですが、網野善彦著の「無縁・公界・楽」がそうです。網野ブームのきっかけになった本だったと思います。その後の展開や他の人の主張も読むと、必ずしも全面的に賛同できる主張ではないと思うようにはなりましたが、とにかくインパクトは強かった。
あと、笠谷和比古著の「主君『押込の構造』」もそうです。お家騒動って、樅ノ木は残ったや伽羅先代萩などの文学的な題材か、または三面記事的な興味の対象にしかならないのかと思っていました。でも、多数例を集めて主君廃立慣行の存在を示し、 大名家の成立や武士の考え方を抽出する鮮やかな手際には感心するしかありません。
他にも平凡社選書の中には日本史の本がたくさんあるのですが、その中でも私が面白いと感じたのは、ざっとこんなもの。
井上鋭夫 山の民・川の民
笠松宏至 法と言葉の中世史
塚本学 生類をめぐる政治
橋本義彦 平安貴族
石井進 鎌倉武士の実像
平松義郎 江戸の罪と罰
早川庄八 中世に生きる律令
藤木久志 戦国の作法
龍福義友 日記の思考
前田勤 兵学と朱子学・蘭学・国学
読みやすさと面白さという点では「法と言葉の中世史」が、一番のおすすめ。「生類をめぐる政治」も、生類憐れみの令を別の角度から見せてくれるとともに、イノシシなどの野獣から畑の作物を守るための鉄砲が農山村にはたくさんあったことを教えてくれて、刀狩りに対する考え方が変わりました。
まあ、これだけ好著が揃っているってことは、平凡社にはかなり優秀な日本史関係の編集者がいるってことなんでしょうね。あと、目立たせるためだと思うのですが、平凡社選書は数年前に白地で背表紙の上下に黄色の帯のあるカバーに変わりました。でも、私としては昔の地味な白茶白のカバーの方が好きです。茶色は褪色しやすかったけれど。
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