2008年12月7日日曜日

「人のつながり」の中世


村井章介編 山川出版社
2008年11月 本体4000円

昨年開催された同名のシンポジウムをまとめて出版された本です。8本の論考が収められていますが、村井章介・桜井英治といった有名な人のものよりも、若手の人の書いたものの方がずっと面白く感じられました。特に興味深かったのが2本。

呉座勇一さんの書いた「領主の一揆と被官・下人・百姓」は一揆契状のなかの「人返」規定を扱っています。階級闘争史観の華やかなりし頃、この規定は「他所に移動した従者・百姓を元の主人・領主に返還するという措置であり、長らく『農民の土地への緊縛』を目的としたものと解釈されてき」ました。しかし、研究が進んでどうもそうではないことが分かってきても、それではどう解釈するのかという定説がなかったのだそうです。呉座説によると、国人一揆の中での人返規定は農民を対象としたものではなく、国人配下の被官が勝手に主君を他の国人に変えてしまうことを防ぐためのものだったということです。被官は良い条件を示す国人を主君としたいはずですから、国人同士がカルテルを結んで支配を安定化させていたわけですね。その後、国人が戦国大名にまで進化する頃には被官層への支配は安定するので、戦国大名の出した人返規定は被官が対象ではなく、労働力確保のための百姓の人返を意味するようになっていくそうです。なかなか説得的な論考でした。

佐藤雄基さんの「院政期の挙状と権門裁判 権門の口入と文書の流れ」。中世、荘園内部の紛争の裁判は本所が行っていたのですが、異なった本所に属する勢力間の紛争は幕府や朝廷での裁判に委ねられました。その際に、紛争の当事者からの訴状に添えて、本所が幕府や朝廷に裁判よろしくねと差し出す文書が挙状です。ただ、このように挙状が使われるようになったのは、訴訟制度の確立した鎌倉中期以降のことだそうで、この論考ではそれ以前の挙状の歴史的変遷を対象としています。それによると、九世紀に王臣家が在地の紛争に介入する事態が増え、またそれが寄進地型荘園が広まる機縁ともなったそうです。法制度上は裁判権限を持たない王臣家による介入は、訴状が「事実者」(ことじちたらば)請求の通りにしてほしいという推挙状(挙状)を、本来の権限者に送る形で行われました。この種の口入は、裁判権をもつ機関に圧力をかけらる訳ですから、推挙状といっても実質は裁許状と非常に近しいものと考えることができ、あたかも権門が権限の範囲外を対象に裁判をおこなったかのようにも見えます。しかし、こういう縁を頼っての権門の判断が外側から在地に持ち込まれることによって在地の紛争が解決することは希で、敗訴者が別の縁を求めて別の権門を頼るなど、口入が在地に問題をもたらすことが明らかとなっりました。そのため、鳥羽院政末期〜後白河院政期に立荘がピークを迎えた段階において荘園制を安定化させようとする動きがみられ、権門の口入を自制する本所法が制定されるようになったのだそうです。そして、挙状の最終的な進化の形は、本所から上位の裁判権者に送る文書になったのだそうです。

この二つの論考が、ことじちたるか否かの判定は、専門家ではない私にはできません。ただ、ある制度がどんなものだったかを、時間の変遷とともに変化していることを踏まえて論じる姿勢にとても好感が持てますし、また論証の過程・結論ともに興味深く読めました。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

はじめまして。取り上げていただいた二論文の後者のほうの執筆者です。
専門家以外の方にも読んでいただき、その上、感想まで記していただきまして、修業中の身としては、大変恐縮いたしますとともに、大変な励みになりました。有難うございました。

ご感想の内容についてつまらないことを申し上げるようなことは差し控えますが、一点だけ、

>佐藤雄貴さんの「院政期の挙状と権門裁判 権門の口入れと文書の流れ」。
著者名は「貴」ではなく「基」です。また、タイトルは「口入れ」ではなく「口入」(くにゅう)です。

中世の史料に見られる「口入」という語については、「くにゅう」と読むのが“読みくせ”(研究者間の決まりごと?)だと習ってきました。((「く」は「口」の呉音)

但し実際には「くにゅう」とともに「くちいれ」「こうじゅ」とも読まれることがあって、読み方は多様であった(恐らくは「一つの正しい読み方が決められてはいなかった」)ようです。

定評ある『日本国語大辞典』(第2版、小学館)の「こうじゅ【口入】」の項目には、「中世の古辞書類はコウジュ・コウジュウの方が多い。クニュウが一般化したのは近世以降であろう。」とも書かれています。

それでは失礼いたします。今後とも宜しくお願い申し上げます。

somali さんのコメント...

ご指摘、ありがとうございます。
お名前を間違って記載してしまったとは、佐藤さんには申し訳ない次第です。早速訂正しました。
また、専門的な勉強はしていないので、理解の仕方が変な点もあるかもしれませんし、言葉の読み方まで教えていただき、感謝です。
次回作も期待していますので、よろしく。