訪問診療の患者さんで、食思不振・嘔気を訴える方がいました。H2ブロッカーなどをつかっても改善せずにいたところ、偶然に骨折を合併して入院となりました。退院後、久しぶりに往診してみるとお顔の色がかなり濃くなっていることに気づきました。陽の当たる病室だったので日焼けしたとおっしゃるのですが、舌にもウシのような地図状の色素沈着があるのを発見し、陽だまりの樹を想い出しました。
陽だまりの樹は手塚治虫の幕末を扱ったマンガで、一読をおすすめしたい傑作です。彼の曾祖父の手塚良庵が狂言回しの役どころで登場しますが、駆け出しの蘭方医でもある良庵は、漢方医の妨害を受けながらも父の良仙とともに種痘所の創設にも尽力します。
当時の将軍は13代家定で、私は観ていませんが、NHKドラマの篤姫にも登場しているのでしょう。彼は非常に病弱だったそうで、陽だまりの樹では奥医師が診察する場面があり、口腔粘膜に複数の黒子のような色素沈着があるように描かれています。オランダ渡りの新しい内科書には口腔粘膜の色素沈着を来す疾患としてAddison病が記載されていることになっているのですが、漢方の奥医師たちにはこの所見の意味が不明で、治療も奏功せず家定はやがて亡くなってしまうのです。
この家定Addison病説は漢方に対する蘭方医の優位を示すために手塚治虫がこしらえたフィクションでしょう。Addisonさんが最初に報告したのが1855年なので、当時の最新の病気ということで手塚治虫はこの疾患を登場させることにしたのかも知れません。
ともあれ、このエピソードは当時はまだ学生だった私に内科学の教科書よりずっと深い印象を残したのでした。で、前述の患者さんですがACTHを調べてみると4桁の異常高値で副腎不全でした。しかし、高K血症などの生化学検査にの異常がまったくなく、入院中には診断にはいたらなかったようです。
ここ数年、医療をとりあげたマンガ・ドラマなど増えてきていますが、それらもいつかこんな風に誰かの役に立つことがあるのかも知れません。
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