2008年12月20日土曜日

室町・戦国時代を読みなおす


中世後期研究会編 思文閣出版
2007年10月発行 本体4600円

14世紀から16世紀の中世後期を対象とした研究について、研究史・現状・課題について論じた本です。南北朝期の公武関係、幕府ー守護体制、戦国大名、織豊政権、在地領主、在地の金融、比較中世都市論、中世後期宗教史などに関する13本の論考が納められています。こういった研究史のreviewの本は読んでて勉強になります。

非専門家の現代人の私が中世に対してもつ最大の疑問の一つは、中世後期で途切れずに天皇制が存続できた理由です。今谷明や網野善彦の著書が一般向けに人気があったのも読みやすく面白いからというだけでなく、今谷さんの義満皇位簒奪計画論や戦国期天皇権威浮上論、網野さんの供御人や職人由緒書と天皇との関連の議論が多くの人の関心を呼んだからでもあるでしょう。でも本書では「論点をとりあげるにあたっては、全てのテーマを網羅的に扱うのではなく、ここ数年でも相次いで出されている研究史整理の論考とは出来るだけ重複しないように」ということで、天皇制存続だけについての論考はありませんでした。政治史に関しては公武関係と伝奏に関する論考が納められていて、今谷さんの著作も触れられてはいますが。

13本の中で一番面白かったのは、早島大祐著の「ものはもどるのか ー中世の融通と徳政ー」です。かつて、徳政の際に土地が戻ることの説明として画期的だったのが勝俣鎮夫説です。土地を「おこす」行為つまり開発行為は、「おこす」と「いき」が同根の言葉であることから分かるように、土地に生命を吹き込むことであり、売られた土地でも徳政によって息を吹き込んでくれた開発者のもとに戻ろうとするのだというのがその骨子だったと思います。早島さんによると、その後の研究でこの勝俣説は否定されてゆくのですが、それではなぜ徳政でものが戻るのかということに対して、納得できる説明がなされてこなかったのだそうです。彼はこの論考で、過去の研究史の整理だけでなく、在地での借金が担保・証文なしの内輪の融通から、質券や売券を書かされての借金へというように金銭融通行為の変遷があり、これが徳政で土地が戻ることと関連したという自説を披露しています。なかなか説得的に感じました。

清水克之著の「習俗論としての社会史」は、「1990年代になって日本中世史の勉強をはじめた私にとって、当時、最新の日本中世史の世界を学ぶということは『社会史』を勉強することだった。それほどまでに、80年代以降の日本中世史研究において社会史研究は一世を風靡していた。というより、当時、社会史は日本中世史という枠組みを超えて、人文科学・社会科学のなかでも最も活気のある〝花形〟の研究テーマのひとつであるように思えた。前後する時期に研究をはじめた方々には想像もつかないかもしれないが、ちょうど初学者だった私にとって日本中世史の勉強とは、そうした百花繚乱の『社会史』から成果や方法論をどう学び取ってゆくか、というものだったのである。しかし、しばらくすると『社会史』という言葉は急速に耳にすることがなくなり、気づけば『社会史は一過性の流行現象』であったとされ、いまや、『社会史は終わった』とされているらしい」という記述で始まっています。

これってかなり私の経験にも重なっていて、感慨深く読みました。1980年代は網野さんをはじめ、社会史関連の面白い本がたくさん出版されていました。私は医学部に入って、80年代後半を街一番の本屋さんにもまともな本があまり置かれてないような、地方のごく小さな都市で過ごしました。そこにもさすがに岩波の本は置いてあって、87年から岩波が出版し始めた全8巻の「日本の社会史」を、ポリクリ中はひまだったこともあって、刊行されるごとに読んだことを想い出します。私がアナール派の著作を読むようになったのも、同じ社会史という言葉のつながりからです。

この清水さんの論考は、アナール派とは独立に戦後歴史学の中に萌芽があったこと、高度成長からバブルの頃の日本の思想状況と「社会史」関係、80年代に中世前期の法制史から始まった習俗論としての社会史がその後に経済史や中世後期にも広がっていった状況、などをうまく解説してくれています。

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