J・S・ターナー著 みすず書房
本体3800円 2007年1月発行
ミズグモの巣、ケラの巣穴、シロアリの塚など生物のつくる体外構造物の果たす生理学的な役割について解説した本です。独特な視点からの解説でとても刺激的です。例えば、以下のミミズや水生昆虫の話など。
ミミズはもともと淡水に住むのに適した腎臓や体を持っているそうです。水の外の乾燥した場所で住むには皮膚からの水の喪失に対応しなければなりませんが、ミミズの対応はふつうの陸上の生物とは違っています。ふつうはエネルギーを使って水の喪失に抗しようとするでしょう。しかし、ミミズの場合にはエネルギーを使って土壌にトンネルを掘り土を団塊化することによって、周囲の土壌を水の喪失をもたらにくい性質に変えることによって対応しているのだそうです。
水生昆虫の中には水中で空気の泡を抱いているものがいます。昆虫は気門を通して空気呼吸する生物なので、水生昆虫も水中ではこの空気の泡を利用して呼吸しているのですが、単に泡の中にある酸素を利用するのみではないのだそうです。呼吸により酸素が利用されて泡の中の酸素分圧が低下すると、水に融けていた酸素が泡の中に移動します。つまり、水生昆虫は泡をエラのように利用している訳です。しかも、昆虫によっては泡を永続的に利用できる仕組み、つまり水上で泡を補充せずにずっと水中で暮らせる仕組みを持っているものもいます。
著者は本書でいろいろな生物の体外構造の例を挙げて解説していますが、最終章ではガイア仮説に対する賛意を表明しています。本書のそれまでの議論からは飛躍があるようにも感じますが、著者の中では生物は体外構造物をつくることにより従来の定義を超えた生理作用を行い環境を取り込んでいるということから、ガイア仮説に自然につながっているようです。
例えば、植物が光合成を行う際に酸素を放出しますが、これが利他的な行動なのかについて。「酸素を植物内部に保持するような自給自足ループは、従属栄養生物に酸素を循環させるループよりも生み出す力が実際に少ないこともある。実は植物の適応度は、その捕食者の適応度を高めることによって高めうるのだ」と述べています。進化生物学者がガイア仮説に対して、群淘汰という成り立ちがたい仕組みを想定して否定的な態度を取っているように著者には見えるようで、群淘汰を想定しなくてもいいのだということを言いたいようです。
エピローグでは、「分子生物学は新たな薬の開発や、疾病の治療や、作物生産の増強など、まだまだ前途は非常に有望だが、実質的に工業生物学の一分野へと姿を変えた。それは別に悪いわけではないのだが、しかし、DNAの構造の発見のように、私たちのものの考え方を根本的に変えるような発見はもはやそこからは出てこないだろう」と述べています。これには私も同意したいですね。
また、「私は、生物と環境の間のそもそも恣意的な境界を越えて、生物界と無生物界を統合する生物学をつくることこそが生物学の次の黄金時代への道だと思う」とも述べています。黄金時代への道かどうかは分かりませんが、面白い生物学の復活にはつながりそう。
本訳書には、延長された表現型の生理学というサブタイトルがつけられています。延長された表現型というとドーキンスの本を連想してしまいますが、あちらはThe EXtended Phenotype。この本のサブタイトルはThe Physiology o Animal-Built Structuresなので、すこしミスリーディングな訳かも。
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