2008年8月29日金曜日

近世大名家臣団の社会構造 感想の続き

足軽以下とは区別される武士身分の士と徒士ですが、この二つの間にも序列がありました。例えばある藩では、徒士身分の武士が士分の人に対して会う際には、士分の人からの許しを得てから部屋に入るのが規則でした。多くの藩で、士と徒士の間には挨拶・書札礼などにも同様の徒士を劣位とする規定があったそうです。しかし、士分の者同士は、藩主の一族でも家老でも一般の侍でも、会話・食事などは一室で対等にできる規則で、士分対等が多くの藩での原則でした。

この士分対等の原則についての説明を読んでいたときに頭に浮かんだのは、医者同士の関係です。医師にも、教授や院長や部長や科長などといったエライ方々がいますが、医師同士が会話するときにはお互いを「センセー」かまたは名前をつけて「★★センセー」呼び合うことがふつうです。これは、役職者と研修医の間でもふつうはそうなので、「師分対等の原則」が成り立ってると言えます。また、医師以外のパラメディカルスタッフは研修医も含めて医師に向かって、やはり「センセー」「★★センセー」と呼ぶから、士と徒士の関係に似ているのかも。

あと、本書には論考の材料になった史料の所蔵者についても記してあるんですが、国文学研究資料館所蔵のものがかなりある印象でした。「国文学」研究資料館とい名称なので、国文の資料ばかりを集めているところかと思っていましたが、近世の藩や在方の史料についても保管している組織のようですね。この組織は今年春にうちから歩いて20分ほどの所に移転して来ていて、展示・講演会も開いているそうなので、いちど行ってみようかと思いました。

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