2009年4月19日日曜日

ドイツ社会主義


バートランド・ラッセル著 みすず書房
2007年6月発行 本体2000円

日本では1990年に最初に翻訳出版され、2007年の東京国際ブックフェアにあわせて復刊されたそうですが、原著は1896(明治29)年に発行された本です。著者がロンドン大学の政治学経済学カレッジで講演したものをまとめて本にしたものです。ドイツ社会主義というタイトルですが、中心はドイツ社会民主党で、マルクスから説き始めてドイツ社会民主党の歴史と1890年代現在での課題、ドイツの将来展望にまで及んでいます。

マルクスについては、その価値理論にさまざまな誤りのあったことを著者は指摘しています。20世紀以降には非製造業の発展・新中間層の広範な出現など、マルクスの予測を超えた事象が多々ありますが、19世紀の当時でも農業に対する考え方に問題があり、ドイツ社会民主党の農村での支持拡大に支障があったことを著者は指摘しています。しかし、共産党宣言については「文学的価値にかけては右に出るものがほとんどなく」「政治的文献としては最良の著作の一つ」と絶賛しています。歴史の発展という抗し難い力によって資本家階級の最終的な消滅は不可避であるという信奉をドイツの人々にもたらした点が、マルクスの最大の功績という評価であるということのようで、私も同感です。

マルクスの大系の信奉により、宗教的とも呼ぶべき力・団結・熱意・正義感をもつことになったドイツ社会民主党ですが、労働者の間でこの党の支持が広がったのはドイツで非民主的で不平等な政治が行われていたことも一因だと著者は考えています。プロイセンの政治や社会の状況は当時のイギリス人の常識を越えて抑圧的なものだったようで、例えば政治集会には警察への届け出が必要で警察官が臨席して記録をとったり集会を解散させることもあったことなど、イギリス人が対象の本講義にはそれを理解させるためにいろいろと背景説明が付されています。特に1878年から1890年まで続いた社会主義鎮圧法はきびしいものでしたが、この時期までの社会民主党は敵の挑発にのるなということを強調して非暴力的に活動していたことが注目すべき点でしょう。

社会主義鎮圧法の廃止後も団結や政治活動の自由が完全に保障されていたわけではありませんが、労働者の間での支持は増えていきました。著者は、社会民主党がさらに大きくなるにつれ純然たる反対の党ではいられなくなり、「農業問題であれ実際政治であれ、経験を通じてしだいにマルクスに由来しない見解、おそらく部分的にはマルクスに反対する見解も受け容れることが必要になってくるだろう」とみています。

そして、ドイツ社会民主党がこのように非妥協的な態度を捨て、しかも皇帝など支配者の側も非妥協的に敵対しなくなるならば、ドイツにも平和的に自由で文明化された民主主義国家が出現するだろうが、そうでなければ、やがてドイツは外国との戦争に失敗して軍事政権が弱体化・倒壊して国内に内乱が起きるだろうと著者は予言しています。第一次大戦後の状況は、この著者の予言どおりになりました。

200ページ弱と新書くらいの分量の本ですが、マルクス主義がイギリスよりもドイツでより強い影響をもったことの理由がよく分かる気がして、面白く読めました。マルクス主義自体は魅力ある大系なので、ある状況下では、人は宗教のように取り込まれてしまいます。なので、社会主義に対する共感を持ちながらも、外側から冷静に眺めて評価する本って重要な気がします。

1896年という大逆事件よりずっと前に出版された本ですが、その頃日本に入って来てはいなかったのでしょうか。日本に入ってきていたとしても、日本はプロイセンを見習ってプロイセン以上に抑圧的な政治の国だったから、マルクス主義に対する信奉者が増えることは止められなかったかも知れませんが。

あと、著者のユンカーに対する見方が面白いと感じました。著者によると、
彼らの出身地は国の最も貧しい地域であり、金銭で言えばわが国のアイルランド貴族と変わらない状態で、現実に彼らはアイルランド貴族と政治的に大いに類似している
のだそうです。

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