2009年4月10日金曜日

室町幕府と守護権力


川岡勉著 吉川弘文館
2002年7月発行 本体8500円

本書の序章「中世後期の権力論研究をめぐって」では、研究史の整理と著者の見解が紹介されています。研究史の整理は勉強になります。

高校時代の日本史の時間には、室町時代の政治体制については守護領国制と習いました。「守護領国制とは武家勢力による荘園侵略と守護への被官化というシェーマを軸に中世後期社会を把握する議論であり、1950年代まで通説の位置を占めていた」そうですが、「在地領主制の発展を軸とする中世社会論が後退し、荘園制の成立・発展・解体を軸に中世社会を議論する方向へシフトし」ていったために、廃れていったのだそうです。日本史のどの時代についてもそうですが、マルクス主義史学の興亡は学説と時代の空気との関係を明らかにしてくれていて、興味深いものです。

その後、守護領国制に代わって、「幕府ー守護体制」「地域社会論」「国人による領主制」などが論じられるようになりました。しかし、著者によると
幕府ー守護体制という概念が必ずしも明確に性格規定されてない上に、幕府・守護・国人という三者の相互関係に視野が限定されており、在地社会の動向を踏まえた中世後期の権力総体の構造や特質が示されていない。守護支配については求心的な側面が強調され、幕府支配体制の一環として、公権による領域支配を軸に守護権を理解する傾向が強くみとめられる。結局、守護領国制論に十分代わりうる権力構造論が提示されたとは言いがたい状況にある。
のだそうです。

そこで、著者の主張ですが、室町時代の政治体制は南北朝の内乱を通して形作られたものであることを重視して、
王権が分裂し地域社会の自立化が進行した南北朝期においては、将軍権力の強化と守護権限の拡大のうち、いずれが欠けても内乱を克服することができなかった。守護の裁量権を大幅に認める国政改革がなされ、これによって全国的な統治・収奪体系の再建がはかられたが、このことは中世国家が在地秩序に思い切って依存する体制に切り替え、一定の分権化を認めた上で求心性の回復をはかろうとしたことを意味する。いわば、自立性を高めた地域社会を、守護を媒介に中央国家に接合することによって、内乱は克服されたのである。
というように、主張しています。そして、いったんは安定したように見えるこの体制も、嘉吉の乱後に指導力のない幼少の将軍が続いたことで変容してゆきます。
嘉吉の乱は、将軍の天下成敗権と守護の国成敗権の重層的・相互補完的な結合に亀裂を生じさせ、そこから体制の変質が始まる。上意不在状況が大名間の扶持・合力関係を展開させる中で、将軍の天下成敗権が弱体化し、幕府は地方政治から後退していくことになる。これに対して、守護は国成敗権の担い手として自立性を高め、幕府ー守護体制の諸要素を模倣しながら、分国の一体化を進めた。
「政治史を組み込んだ考察」ということで嘉吉の乱後の状況が重視されていますが、はたして義教が暗殺されずに、指導力のある将軍が続いていたらどうなっていたのだろうかという疑問がわいてしまいますが、それ以外の点ではここまでかなり説得力のある議論で、とても勉強になりました。

しかし本当に難しいのは、その後の戦国時代まで一貫した見通しをつけることだと思うのです。
後北条氏などの東国大名こそ戦国期権力の典型だとする理解は、戦国期の諸段階と地域的多様性を踏まえた上で統一的時代把握にむかうためには、むしろ有害ではないだろうか。
と著者は主張して、本書では山城国一揆、伊予河野氏、そして大内氏関係の史料をつかって戦国期への変化を説明しようとしています。大内氏の例では、安堵・宛行の主体や軍忠状の宛先が将軍家から大内氏に変化したことなどを材料にして、15世紀中葉を画期に国人を大内氏の「御家人」として編成するような守護の領域支配の進化があったをと論じています。そして、
室町幕府ー守護体制の動揺・解体は、地域ごとに多様な権力形態を生み出した。ある地域では国人一揆体制、別の地域では土豪レベルの地域的一揆体制、そして大内氏分国のごとく守護権力への領主階級の結集が生み出された地域もみられた。
というようにまとめています。

しかしこのあたりは、前半の議論と比較すると受け入れやすいものではありません。荘園制が存続していることを理由に守護領国制論を葬り去り、主に畿内近国や西国での史料をもとに室町幕府ー守護体制を構想するのが本書ですから、戦国時代への移行も畿内近国・西国の状況を取りあげるのが当然なのは分かります。しかし、荘園制の終焉・戦国時代への展望を語るということであれば、東国の大名を典型例として取り上げられる方がふさわしと考える人がいてもおかしくないような気がします。また、本書の主張する室町幕府ー守護体制論自体、東国や九州の状況をうまく説明できないのではとも感じました。そもそも京から遠い辺境地域は政治体制論の対象外とされているのかもしれませんが。

あと、本書の内容とは直接関連しませんが、室町時代の政治制度について素人の私が最も興味を惹かれるのはやはり天皇制がなぜ存続したのかについてです。ただ、専門家からすれば、天皇は室町時代政治史において脇役未満でしかないのでしょう。本書でも、南北朝時代の記述や治罰の綸旨が少し触れられていた程度で、端役としての扱いでした。室町時代の天皇には実態として政治的な意味は全くなく、放っておけば能や華道や茶道の家元のような存在になったはずなのに、戦国・安土桃山・江戸期の大名のせいで政治的な意味を持つようになってしまっただけのことだから、室町時代政治史では天皇制について触れる必要はないというスタンスなのかもしれませんが。ただそうは言っても、現代に生きる素人としては、天皇制存続に関する最大の危機の時代である室町時代についてなんらか言及がほしいところです。今谷明さんの一般向けの著作が素人にうける(講談社学術文庫などに旧作が収録されているのは人気があるからですよね)のは、このへんに答えてくれようとする姿勢があるからでしょう。

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