2008年2月4日月曜日

疾病と世界史 下

ウィリアム・H・マクニール著  中公文庫  
本体1143円  2007年12月発行

下巻では、ペストの大流行、旧大陸から持ち込まれた感染症によるアメリカ大陸の住民の人口の激減とインカ・アステカ帝国の滅亡などが主なテーマです。ただし、ペストに関してはヨーロッパへの伝播の事実のみが取り上げられているわけではありません。モンゴル帝国勃興による東西交通の活発化がペストの広範な伝播の原因と考えられるので、中国や中央アジアでのペストも取り上げられているのです。

ペストにより「草原地帯を人口動態上の大災厄が襲った」ことから、「遊牧民が大草原から外へ押し出して農耕の行われている土地に侵入するという、過去何千年もの間続いた形に代わって、遅くとも1550年には、農耕民の先駆者が西部草原地帯に入り込み始めていたのだ。そして彼らが進出していった土地は、大部分無人となってしまった大海原の如き草原だった」というのが、マクニールの説です。現在のウクライナや東ヨーロッパが農耕民の社会になっているのは、ペストの流行が原因だというわけですね。

また、歴史人口学では近世以前の都市において自然出生数を死亡数が上回るとする都市墓場説が定説となっていますが、18世紀以降の公衆衛生と医療の改善について、マクニールは都市の人口が田舎からの流入なしで維持・増加できるようになったと評価しています。これだけなら、至極当たり前の話なのですが、自ら人口を維持できるようになった都市に新たにやってくる人たちが、都市のスラム化の原因だとも、マクニールは記述しています。あまり、耳にしたことのないアイデアですね。

感染症は変化してゆくものだという指摘も本書の特長です。 ある感染症がヒトの社会の中に定着するには、ヒトと共存する・罹患したヒトを必ずしも殺さないようにする変化・進化が必要だというわけです。野生動物・家畜などからヒトに感染した病原体が当初は高い致死率を示しても、定着するようになるにつれ麻疹やおたふくかぜのような「小児病」になってゆくこと、つまり同じ感染症でも昔々の私たちのご先祖様たちが罹患していた頃と現在とでは必ずしも同じ症状・経過・予後を示すとは限らないというわけです。これは重要な考え方ですよね。

さらに、本書には「或る正体不明の寄生生物が、古くから馴れ親しんできた生態系ニッチェを離れ、この地上でこれほど目立った存在になってしまった密集する人類を襲い、目新しく、時には破滅的でもある高致死性の病気に見舞わせるということは、充分に可能性がある。最近インドと東南アジアに発生するコレラは、セレベス原産の新しい細菌によるが、これは古典的なコレラ菌をベンガル地方とその周辺のすみかから追い払って、それに取って替わったのだった」という記載があります。

20世紀末以来、新興再興感染症という考え方が広まりましたが、本書では新興感染症、その中には消えて言ってしまうものもあることも指摘されています。SIRSはその好例です。

上下巻あわせての感想ですが、30年以上前に出版された本なのに刺激的なアイデアがたくさんつまっていて、後に続く著作に対して影響の大きかった理由がよく分かりました。

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