2009年5月25日月曜日

中近世アーカイブズの多国間比較


国文学研究資料館編 岩田書院
2009年3月発行 本体9500円

歴史学は史料がないと始まらない学問です。史料にも民俗学や考古学的なものもありますが、やはり文字で記された史料が重要でしょう。なので、ある時代・ある地域に関する歴史学の探究の深さは、その時代・その地域に関して文字で記された史料がどれだけの量残されているかによってかなり規定されるのではないかと思います。そう考えてみると、世界の各地で実際にどのくらいの量の文字史料が残されているのか、残存している文字史料の種類やその量や残り方を知りたくなります。本書を買ったのは、タイトルを見てそんな疑問に答えてくれるのではと思ったからです。

本書は五つのパートに分かれていて、最初の三つは、統治組織・村落・商人と都市といった出所別に文書管理や作成された文書を比較検討しています。痕の二つは、訴訟文書と相続文書という文書類型論と、媒体とリテラシーと銘打たれています。本書におさめられている論考は4回にわたって開催されたシンポジウムの記録のようで、各論考はかなり短めでした。タイトルは多国間比較となっていますが、取り上げられているのは日本・朝鮮・中国・オスマントルコ・フランス・イギリス・イタリアの事情です。また、各論考が直接多国間比較を試みている訳ではありません。

私の関心的にこたえてくれる論考もいくつか含まれていました。

  • 近世の日本の村に残されている文書は世界の他の地域に比較してとても多い。近世の日本の村には支配者である武士が居住せず、年貢の村請のみならず自治が行われていて、都市に住む支配者との情報伝達が文書で行われた事情があったからだ
  • オスマントルコには中央政府に史料が残されているが、村落などの中間団体にはほとんど文書がない
  • 朝鮮には商業関係の文書がほとんど残っていない。三井などのような近世から続く老舗が全くないことや、商業で成功して富を集積し両班階層にもぐりこめた家は商業に従事していたことを隠そうとするので史料が残らなかった。
  • イタリア半島内でも都市によって商業文書の残り方が違う。それぞれの家の由緒を記した貴顕録があった都市よりも、なかった都市の商人の方が由緒を自分で証するために記録類をしっかり残していた。
などなど。

先日町触について読みましたが、奉行所の側も町触の記録を残していたこと、奉行所は家持ちだけでなく借地借家人にまで知らせるように求めていたのに町触の出版印刷を一般的には許さなかったことなどが記されていて、勉強になりました。ほかにも興味深い事実が記載されている論考があるのですが、中近世アーカイブズの多国間比較というテーマからは多少はずれる感じがしなくもありませんでした。

あと、本書の翻訳には問題のあるものも少なくないように感じます。特に第1部の中の「フランスにおける国家アーカイブ」という論考は、機械翻訳されたみたいな日本語で、お粗末でした。でも、全体的には読んで面白い本だと思います。

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