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2007年12月31日月曜日

大晦日

この一年を振り返ってみると、仕事など一般的な生活という面では特に大きな事件もありませんでした。しかし、MacBook Proを購入したことは自分にかなり大きな変化をもたらしてくれました。

MBP入手後に購入した関連アイテムを考えてみると、MBPを持ち運ぶためのバッグ、iPod classic、iPod用のヘッドフォン、Time Machine用のHDD、デジカメ、USBフロッピーディスクやレパードを初めとしてソフトウエアもいっぱい。PCを買い換えてもこんな風にいろいろ買い足すことはないのに、新しいMacだと、いろいろと創作意欲を刺激してくれます。

このブログもMBPのおかげで始める気になったものなのです。三日坊主で終わることなくここまで来れたので、来年も引き続きよしなしごとを書き連ねたいと思います。

2007年12月30日日曜日

USB FDドライブ


この箱、PowerBook180の付属品が入っていた箱です。不幸にしてPowerBook180は10年ほど前に盗まれてしまったので、中のアクセサリキットは処分しました。その後は、パッケージを捨ててしまったアプリケーションのFDなどの保管に利用しています。この他にもパッケージごと保存しているFDもあるので、FDの総数はかなりのもの。


メインの使用機がPBG4となって以来、FDはずっと放っておいたわけですが、そのうちFDは読めなくなってしまうかなとも感じます。なので、冬休みを利用して、これらのFDをディスイメージにして保存しておくことにしました。

そこで、買ってきたのが、 USB接続のFDD。思い立って、店頭で一番安そうなのを買ってきたのですが、調べてみると2倍速とか4倍速とかもっと高級なのもあるみたいですね。

接続してみると、PBG4でもMBPのどちらでも使えました。ただ、対象となるFDに入っているアプリケーションは漢字Talk6, 7時代のものなので、PBG4に入っている Disk Copy 6.3.3 でディスクイメージにすることにしました。

で、始めてしばらくしてから気付いたのですが、このUSB FDDはMacの2DDのディスクを認識できないんですね。調べてみると、USB FDDはMacintoshの800KB形式の2DDフロッピーディスクには非対応となっているものが多いようで、3モード対応(1.44MB/1.2MB/720KB)となっているものがほとんどです。使われてるベアドライブが、みんな同じなのかもしれません。

仕方ないので、2DDのディスクはまずはPowerBook 2400をつかってディスクイメージにすることにしました。PowerBookだと取り出してすぐ使えるからいいかなと思ったのですが、ここにも問題が。

PowerBook 2400はNewWorld Macとのデータのやりとりをする方法が乏しく、我が家では実質FDしか利用できないのでした。2DDのディスクイメージ・ファイルですから、2HDのFDにコピーしてその2HDのFDをNewWorld MacにつながったUSB FDDに挿入して、データを移動させる方法です。

このFDでのデータ移動は結構手間がかかって大変なので、Quadra800を取り出して使うことにしました。重いし、ディプレイやキーボードやマウスの準備が必要なのですが、これだとEtherNet経由でPBG4につなげられるので。

一日がかりの仕事の結果、ディスクイメージ・ファイルは総計255.6Mになりました。CD-Rに保存したので、SheepShaverにインストールしてつかうこともできるようになりました。

2007年12月29日土曜日

廃品回収

ご使用にならなくなったテレビ・パソコン、音のでなくなったラジカセ、動かなくなったオートバイなどなど無料で回収しますっていった感じのメッセージとともに街中を流している廃品回収のクルマがありますよね。マンションに住んでいるので、あのメッセージにすぐに反応して出てみることは難しく、不要品廃棄に利用したことはありませんでした。

でも、先日ポスティングされてたチラシに、指定日に自室の玄関ドアの前に不要品を置き、郵便受けの所にチラシを貼っておけば不在でも回収してくれるとあったので、利用してみました。朝出かける際に、映らなくなったSamsungの液晶ディスプレイを出しておいたところ、帰宅してみるとしっかり回収されていました。

市の不要品回収は有料だし、しかも液晶ディスプレイは回収してくれないので、こういう無料のサービスはありがたい存在です。ただ、疑問なのはなんで故障した電化製品を無料で回収してくれるのかということです。

消費者センターのサイトなどには、無料で回収と謳っているのに料金を取られたっていう苦情があるそうです。でもうちの場合はほんとに無料で持って行ってくれました。高騰しているレアメタルを取り出して資源化してるとかですかね?

2007年12月27日木曜日

SheepShaverでMac OS 9

IntelMBPにはclassic環境がなく、OS 9が使えないのはやはり不便です。そこで、 SheepShaver を試してみることにしました。DLすると、SheepShaverとSheepShaverGUIとの2種類のアプリケーションが入手できます。

まずは準備として、MacのROMファイルの入手と、SheepShaverGUIを使っての環境設定が必要です。手順はSheepShaver for x86というサイト、 羊用バリカンの使い方というサイトに分かり易く解説されています。しかし、それでも私の場合次の2カ所でつまづきました。


Memory/MiscのタブでROMファイルのある場所を指定するのですが、ROM ファイルのあるフォルダ名だけでは起動しません。ROMファイルのファイル名まで入力しましょう。


Volumesのタブで、SheepShaver内でMac OSが使う仮想HDDのファイルをを創ります。初回の起動はCD-ROMからですが、初回起動時にその仮想HDDに名前をつけるように求められ、CD-ROMからOSを仮想HDDにインストールできます。私の場合、一回目は仮想HDDが認識されませんでした。Removeしてから、もう一度Create → Addとしてうまくいきました。

OS 9をインストールして使い始めました。SheepShaverが最後にアップデートされたのは2006年5月のようですが、今のところレパードでの使用にも特に問題はありません。ブラウザがIE4.5とNetscapeNavigator4.7しかないのですが、ネットにもなかなかスピーディにつながってます。




 SheepShaver OSインストール後にまず
 SheepShaver コピーペースト
 SheepShaver OS Xとのファイルのやりとり
 SheepShaverの使いごこち
 SheepShaverはつかえるか?

2007年12月26日水曜日

休日診療と胃洗浄


先日配達されていた市の広報(PDF版が こちらに)を広げてみると、最終面に年末年始の応急診療のおしらせが掲載されていました。休日診療を行っている診療所の場所や電話番号・診療時間に加えて、「※レントゲン・胃洗浄の設備はありません」とあってちょっとびっくり。

胃洗浄は、 大量服毒の疑いがあるか毒性の高い物質を呑みこんだ症例に行う処置です。具体的には、口から太めのゴム管(先の丸めてあるゴムホース)を胃の中にまで挿入し、そのゴム管を通して水を胃の中に注入し、流し込んだ水とともに胃の中にある毒性のある物質を排出させる処置です。 対象症例が大量服毒者などですから、この処置が行われるのは主に救急病院で、救急車の来ない診療所で胃洗浄を行うことはふつうは考えられないことです。

医師会などで受託運営してる休日診療所は、救急車ではなく自力で来院する方を対象としていることが多く、入院を必要とするような方が救急車で搬送されてくる救急病院に比較すると、軽装備になっています。その軽装備であることを市民に周知するために、「レントゲンの設備はありません」と記載するのは理解できます。というのも、レントゲン撮影装置は一般の診療所にも設置されていることが多いので、それが存在しないことは特記に値すべきことだと思うからです。

しかし「胃洗浄の設備はありません」には違和感があるのです。胃洗浄は、もともと診療所で行う処置ではないので、その処置に使用するための器具や設備を診療所に準備してないことは当たり前の話なわけです。それなのにわざわざ「胃洗浄の設備はありません」と記載するのはとっても変です。と感じて、 昨年の12月の広報たちかわ を調べてみると、やはり「胃洗浄の設備はありません」が記載されていました。

こういう不自然な断り書きが連年続いている裏には、何か特別な意図があるに違いありません。過去に胃洗浄に絡むトラブル、または胃洗浄が出来なかったことによるトラブルがあったんではないかと妄想してしまいます。考え過ぎかな?

2007年12月24日月曜日

旧事諮問録(上)

旧事諮問会編  岩波文庫  本体760円  1986年1月発行

旧幕時代の制度の実情が忘れ去られてしまうことを危惧した史学会会員の有志が、明治24年に旧幕府の役人を招いて10回にわたって行った聞き取りの記録。本文庫では上下2巻に分けられて収録され、上巻には、小姓・勘定所・評定所・大奥・目付などの職についていた人たちとの質疑が載せられている。

今回購入したのは、岩波文庫2007年秋の一括重版として販売されていたもの。これまで、「くじしもんろく」と読むのだとばかり思っていたが、「きゅうじしもんろく」が正しいそうな。読んでいて興味あるエピソードは少なくないが、そのうちのいくつかを以下に紹介。

江戸幕府の終了・崩壊のことは、招かれた複数の故老が「瓦解」と呼んでいた。

勘定所勤めだった方の問答
「◎問 贈り物と賄賂との区別は如何
 ◎答 贈り物は、つまり定例の物で、いわれなく不意に持って来るというようなものではありません」とのこと。
定期的に贈られる付け届けの品、今で言えばお中元やお歳暮にあたるものは、賄賂にはあたらなかったということらしい。

評定所勤めだった方の問答
桜田門外の変の後、「悪心を以てしたのでない。国のためにならぬというところでやったんだから、やはり大石良雄が吉良を殺したのと同じ事であります。自分の方に対しては忠孝であるが、幕府に対して済まないから死を賜わるがよろしい」ということで、犯人達を死罪にするか切腹にするかで長く手間取ったとのこと。
日本人の多くはこう考えるものなのか、昭和の五・一五事件や二・二六事件への対処にも通じるものがある。

大奥の方の問答
「◎問 衣服のことについて、襦袢だの肌着などは、日をきめて着替えるのですか。洗濯するようなことはありませんか
 ◎答 御洗濯ということはございませぬ。御下りになりますのでございます」
将軍や御台所の衣類は洗濯せず、期間が過ぎると下げ渡されたらしい。和服というか着物は滅多に洗濯などしないのは分かるけれど、襦袢・肌着でも使い捨てとというか、使ったらお下げ渡しになるとは。

2007年12月23日日曜日

オリンパス μ830


Macを新しくしたのにあわせて、デジカメも5年ぶりに新しいものを購入。評価サイトを見ていても、店頭で実際に手に取ると、どれにするかかなり迷った。IXYも良さそうに思えたのだが、あの発言に問題多い社長がいるかぎりキャノンの製品は買いたくない。5倍ズームがあることと、以前使っていたオリンパスC-410Lが良かったので、同じオリンパスのμ830のシルバーを選んだ。

得られる画像自体には全く不満はなかった。ブログにちょこっと貼り付けるくらいなら、全く問題ない画質。また、C-410Lは電池込みで300g以上もあったが、μ830は125gととても軽い。大きさは、iPod classicより厚いがひとまわり小さく、ポケットに入れていても気にならないのはいいところ。

ただし、コンパクトになることにも一長一短あって、私の手がしっかりホールドするには小さすぎる感がなくもないし、シャッターを押すときにぶれてしまうこともある。特に望遠側ではぶれやすい。ストラップが付属しているけれど、このストラップにシャッターを組み込んであったらレリーズとして使えて便利だと思うけれど、これは素人の無理筋な発想なんだろうか。

液晶画面は大きくて見やすい。ただ、明るい屋外で自分の顔に日光が当たっている状態だと、液晶画面に光が反射してとても見えにくくなってしまう。反射を低減するという液晶保護フィルムを貼ってみたけれど、あまり改善しなかった。

同梱CD-ROMには付属ソフトがあるようだが、それは使わずiPhotoでMacに取り込んでいるが、特に問題なし。Macとの接続は専用のUSBケーブルを使用する。μ830側のUSBケーブルを差し込む部分がちょっと華奢なのが少し心配。

顔検出機能や手ぶれ防止・液晶画面の反射防止などがμ830の特徴として、オリンパスのサイトには挙げられている。ヒトを撮ることが少ないので顔検出機能の効果のほどは不明。まあ、どのデジカメも性能・品質に大きな違いはないのかも知れないけれど、少なくともこのμ830は充分満足できるものだった。

2007年12月21日金曜日

経済物理学の発見

高安秀樹著  光文社新書  税込み788円  2004年9月発行

新書版で、全く知らない分野について解説している本だったが、とても刺激的だった。経済学といえば、価格は需要曲線と供給曲線の交点で決まると説明するところから始まるものと思っていたが、本書では以下のように述べられている。

「現実の世界で、需要と供給が均衡するメカニズムが働く理想的な市場に近いのは、為替や株式などの自由市場で、売りたい人と買いたい人は自由に値付けして価格を決めて、取引するところです。そこでは、需要(買いたい人)が多ければ価格が上がるし、供給(売りたい人)が多ければ価格が下がるという形で、価格が動くことによって、需要と供給がおおよそ釣り合う状態が保てます。しかし、だれもが経験的に知っているように、為替や株の市場価格は不安定であり、不規則な変動を止めることはありません。
従来の経済学のように『売買する人は全てを見通して合理的に考える』という仮定では、このような現実を説明できません。(中略)実際の市場の振る舞いを素直に受け入れて、常に価格が変動し、不安定だということをそのまま受け入れる考え方をした方が合理的ではないでしょうか」

言われてみればもっともな話だが、とても新鮮に感じられる指摘だ。物理学で用いられる相転移という考え方を導入して、自由市場での需給均衡状態というのは需要超過相と供給超過相の間の不安定な状態、つまり外国為替相場で価格が常に揺れ動くのはそうあってしかるべきものなのだ。

もちろん、この考え方が万能なわけではなく、「市場の研究に関連して、エコノフィジックスが特に力を発揮すべきところは、金融工学やマクロ経済学が苦手としているスケール領域の現象です。それは、10の3乗秒くらいのスケールの現象である暴騰・暴落・振動、そして、介入やニュースへの市場の反応などです」とうことで、10の4乗秒よりも長い日月年というタイムスケールで見れば伝統的な需要供給曲線による価格の決定がなりたっていると言えるのだろう。ここまでが、本書の白眉。

また本書では、フラクタル性を持つベキ分布についての解説もしている。 個人所得の分布がベキ分布であることは、これまでも経済学でも知られていて、パレート指数として用いられてきた。しかし、他にもベキ分布する統計量は沢山の種類があるそうで、市場価格の変位の統計性をはじめ、企業の所得の分布、CDの売り上げ分布、本の販売部数の分布、インターネットのサイトごとのヒット数の分布などを著者は挙げている。 ベキ分布する対象では平均値が限りなくゼロに近くなり、標準偏差は無限大になってしまうので、「ベキ分布にしたがう対象については、従来の平均や標準偏差に基づく対処方法とは異なる発想に基づくアプローチが必要」とのことだ。

その他、本書には著者の現実経済に対する提言も載せられている。これについては賛否両論あるところ。でも、面白い本だった。

2007年12月20日木曜日

血圧計のマンシェット

ふだんの診察では手動の水銀血圧計をつかって、血圧を測定している。 自動血圧計を用意してある医療機関で仕事をする機会も少なくはないが、希望があれば改めて手動で計るようにしている。血圧測定も大事なコミュニケーションの一環だと思うので。

で、血圧測定の際に上腕に巻くマンシェット。嚢状のゴムをコットンの布製の袋で包むような構造をしている。長年つかっていると、このコットンの布の部分が次第に柔らかくなってきて、自分の手にしっくりしてくる。個人的には古いマンシェットの方が使いやすくて好み。しかし、あまり古くなるとゴムの劣化やマジックテープがしっかりとまらなくなるので、交換することになる。

交換後の新しいマンシェットは固くて扱いにくい。新品のジーンズやおろしたての真っ白なスニーカーを履いてるような気分なのである。でも、ストーン・ウオッシュのマンシェットなんて売ってないようだから、こういう感覚を持ってるのは私だけなのかな。

2007年12月19日水曜日

徳川時代の文学に見えたる私法

中田薫著  岩波書店  税込み693円  1984年3月発行

中世史・近世史の本を読んでいる際に、中田薫という名前には何度も目にしたことがあった。優れた法制史学者だったとのことだが、何分むかしの人なので、著書を手に取る機会はなかった。ところが、岩波文庫の2007年秋の一括重版の一冊として、この本が書店で平積みになっていたので購入してみた。

世話浄瑠璃・浮世草紙などの文芸作品を材料に取り上げて、江戸時代の私法について説明することが本書の目的であると示されている。この「軟文学に材料を採った法律論」という研究の目の付け所がとってもシャープに感じられる。しかも、本書の底本の大元になった同名の論文の書かれたのが大正3年だというから、驚いてしまう。もしかすると、外国に同じような手法で書かれた本なり論文なりがあったのかもしれないが。

本書は動産抵当・売買・為替手形・婚姻・相続など24の章に分けられ(順序は旧民法に則っているとのこと)、例文の引用とその解説が述べられている。江戸時代の作品から採った例文は私にとって必ずしも読みやすい・理解しやすいとは言えないものも少なくなかったが、適切な解説で何とか読み進むことが出来た。

本書を読んだ感想は、江戸時代とはいえ、私法関係自体は私という現代人にとっても、あまり違和感がないものだというだ。もちろん、夫婦や兄弟姉妹などの男女の関係が同権でないことや養子制度など、現代と違う点もあるのだが、本書に引用されているエピソードの多くは腑に落ちるし理解できるものばかりだった。

きっと外国人がこの本を読めば、江戸時代の日本人の行動に理解できない面を見いだすことだと思う。しかし日本人の私にとっては、江戸時代の日本人の行動は充分に理解可能・わかり合えるもののように感じられた。

本書のラストの方に「相続」と「遺産」という章がある。これらの章でも、他の章と同様に江戸時代の文芸にみられるエピソードがいろいろ紹介されているのだが、それに加えて、ここでは以下のような著者の感想も述べられている。いずれにも、著者の時代の民法(私たちから見ると旧民法)に対する著者の批判的見解が示されていて興味深く感じた。またここまで本書を読んでくると、江戸時代の家族関係というものは旧民法下の家族制度よりも、現在の私たちにとってしっくりくるものなのかもしれないと感じられた。

「今日の民法は家族居住の指定、婚姻の承諾、離籍の言渡し等三、四の軽微なる権利を掲げて、これを戸主権と名付け、戸主権と戸主の財産権との相続を称して、家督相続という、前古無類の新制度というべし」

「封建制廃止後の新時代に編纂したる我が民法は、須く千五百有余年の久しきにわたって、普通法の原則たりし分割主義を以て、財産相続の根本原則となすべかりしなり。しかもいわゆる家督相続なるものを創定して、封建時代における家禄家封の相続原則を、家禄家封の停廃されたる今日に適用せんとす、歴史を無視したるの立法というべし」

「今日の民法が総ての相続人に相続の限定承認を許し、直径卑属たる家督相続人以外の相続人には相続の抛棄をも許容したるは、洵に我が旧慣に適応するものというべし。これを以て我が家族制度の本旨に戻ると説くが如きは、一知半解の論のみ」

「しからば徳川時代庶民階級における財産相続法の通則は、単独相続にあらずして分割相続なること多言を要せずして明らかなり。今日の民法はこの通則(しかもこの原則たるや律令以来普通法の通則たりしなり)を無視して、封建制の停廃されたる今日においてなお封禄の相続法を固守せんとす、その何の故たるを知らざるなり」

2007年12月17日月曜日

Windows版Safariの文字表示


ゲーム用にWindows XPのPCを持っています。ゲーム中などはこのPCの方でネットにアクセスしているのですが、Mac OS Xを使い始めてからSafariの文字やデザインの美しさに魅力を感じていたので、このPCにもWindows版のSafariをインストールしました。

今のところ英語バージョンしかないのですが、メニューなんかはMac用のSafariで慣れているので問題なし。また、WWDC 2007でジョブズはSafari Windowsの速さを非常に強調していましたが、体感ではこれまで使っていたIEとそんなに違わない印象です。

使い始めて2週間くらいたちましたが、大きなトラブルはありません。サイトによっては、全体が完全に文字化けして読めないページがありますが、これはMac版Safariと同様です。

Mac版Safariの場合には角ゴが指定してあるのに、全体が明朝体で表示されてしまうページがありました。でも、Windows版Safariの場合には不思議なことに、ページの中の一部の文字だけが明朝体になってしまうことがあります。HTMLに関する知識は全くないのですが、どうしてこんな風に表示されるんでしょうね。

2007年12月16日日曜日

メディア・イジェクト・キー


今朝、Macをいじっていてふと気付いたのが、右上角のキートップでした。 PBG4にはこんなアイコンのキーはなかったと思うし、それ以前のMacでも見た覚えがありません。また、自分としては今まで一度も使ったことのないキーですが、ファインダなどのウインドウで、HDDやiPodなどのデバイスを取り出すアイコンに似ています。ヘルプで調べてみたところ、メディア・イジェクト・キーというようです。

ヘルプの説明では、「光学式ドライブを開いたり閉じたりするには、キーボードのメディア・イジェクト・キーを押します。ほかの種類のドライブ内にあるディスクを取り出すには、(またはキーボードにメディア・イジェクト・キーが存在しない場合は、)『Finder』でディスクを選択し、『ファイル』>『取り出す』と選択します」となっていました。

買い物のついでにビックカメラに立ち寄ってみると、MacBookのキーボードにもiMacのキーボードにも、このメディア・イジェクト・キーが存在していました。現行のMacのキーボードには必ず存在しているキーのようですが、他のユーザーさんには利用されているんでしょうか?

これまでこのキーの存在自体を全く知らなかっし、個人的にはMacの伝統的なメディア取り出し法に慣れているので、①デスクトップをクリックしてファインダをトップに持ってきて、②ほかを隠すを選択して邪魔なウインドウを隠して、③CDやDVDのアイコンをゴミ箱にドラッグして取り出すようにしていました。これだと手間がかかるから、一発でイジェクト出来るキーがあると便利ってことなのかな。

ただ、このキーはアイコンが同じでも、デバイスの取り出しは出来ないようです。「メディア」・イジェクト・キーなんですね。また電源オフになってる時には、このキーを押してもメディアを取り出すことができませんでした。非常時の取り出し用でもないようです。

メディア取り出しを便利にさせるための工夫をするなら、こんなキーをつけるよりもAppleに希望したいことがあります。CDやDVDを挿入したときにアイコンの表示される位置を自由に選択させるオプションをOSに取り入れて欲しいものです。自分的にはドックと重ならないようにウインドウの大きさを決めてるので、ドックと並ぶデスクトップの最下部・右下角にメディアのアイコンがあるようにしたいのです。シェアウエアなどにはこういう機能を実現してるものがあるのかも知れませんが。

2007年12月15日土曜日

缶ビールのおまけ

ビールはだいたいいつも350mlか500mlCANを6本入りのカートンで買って来ます。寒くなってきて、よりしっかりとした後味が好ましく感じられる時節なので、やはり琥珀エビスを飲み続けています。


で、このカートンなのですが、おまけがついてきます。琥珀エビスの缶の色にあわせた、エンジ色のミニ巾着でした。大きさはLaCieのポータブルHDDがちょうど入るくらい、デジカメやiPod classicならかなり余裕があるくらいです。それじゃ重宝に感じて使うかといったら、きっと使いません、これは。

他にも缶ビールのカートンにはいろいろおまけがついていることがあります。グラスとか、ミニタオルとか、おつまみ用小皿とか。それらも基本的に使わないです。安い飲み屋でならビール会社のロゴ入りグラスや小皿で飲んだり食べたりするのも仕方ないかも知れませんが、自宅でそんなことする気にはなりません。

ビールの消費量はかなりなので、毎回おまけ付きを買うと、おまけがかなりたまってしまいます。不要品をためておくことは嫌いなので、どんどん捨てるわけですが、もったいない感じがしておまけを捨てるのもいい気分ではありません。なので、基本的におまけのくっついてないカートンを選んで買うようにしています。

ビール会社は何を考えて、おまけをつけるんでしょうかね。まあ、値段の競争・値引きをしたくないからおまけをつけるんでしょうが、資源の浪費というか、会社のイメージダウンにつながるだけだと感じます。こういったおまけに魅力を感じて買う人もいるんでしょうか?

2007年12月14日金曜日

インフルエンザ 立川市でも

今日は立川市内での外来診療でした。さすがにこの時期は、発熱や咳・鼻汁などの症状で受診する方が多くなってきている印象です。

その中で、38℃台の発熱の20歳の男性が一名、迅速診断キットでA型インフルエンザ抗原陽性でした。今月に入って、症状からはインフルエンザらしいという方を何人か診てきましたが、この方が私の今シーズン初めてのインフルエンザ確定診断例となりました。

患者さんは11月にインフルエンザの予防接種を受けていたとのことです。悪寒を伴うような発熱や関節痛はなく、発熱も38.5度程度でおさまっていたのは、ワクチン接種により誘導されたIgG抗体のおかげなんでしょうかね。

2007年12月13日木曜日

戦後ドイツ史  1945-1955 二重の建国


クリストフ・クレスマン著  未来社  税込み5040円  1995年4月発行

2007年、第11回目を迎えた〈書物復権〉共同復刊の一冊として本屋さんの店頭に並べられているのを見て購入しました。日本での初版第一刷は1995年ですが、その後ずっと増刷されていなかったようで、2007年6月第二刷となっています。

原著の初版はドイツ統一前の1982年で、西ドイツだけでなく東ドイツでも一定の評価を得たのだそうです。日本人の私にとってもドイツ敗戦以後の歴史を知るのに、有用な書物でした。また、私にとって本書を読むことはただ当時のできごとを知るということ以上の意味がありました。

ソ連も東西両ドイツも知らない今の若い人たちとは違って、冷戦・東西両陣営の対立の時代に大人になった自分にとって、東西両ドイツの存在は自明のことでした。なので、敗戦後のドイツの歴史を考える際には、ついつい二つのドイツ・分裂国家として建国されることが既定路線のように感じられていたのです。

たしかに、ポツダム・ヤルタ両会談でドイツが4つの占領地区に分割されることが決定されました。しかし、これがストレートに二つのドイツにつながったわけではないことが、本書を読んで得た一番の収穫です。

西側3地区には、フランスの独自傾向はもちろんのこと、英米の占領政策にも種々の違いがあったことがよく示されています。また、西側3地区が統一の通貨改革を行いBRDの建国につながっていったのもソ連との折衝の結果で、そもそもアメリカにしてもイギリスにしても西側3地区からなるドイツ国家の樹立の構想など持ち合わせてはいなかったのです。ソ連占領地区がDDRとして建国されたことでさえ、ドイツ敗戦後の様々な出来事がソ連の行動に影響してのことでした。

また、間接占領により官僚制が温存された日本と比較して、西ドイツは戦争中の体制ときっぱり訣別したとの話をよく聞きます。ただ、西ドイツでは特に1950年代になってナチス時代の官僚が多数復活したこと、司法分野では特に著しいことが本書には記載されています。その後代に対する影響は日本と比較してどの程度のものなのか興味あるところです。

2007年12月12日水曜日

Pagesの検索機能

ワープロソフトでテキストを扱っている際には、検索機能をつかうことがちょくちょくあります。テキストを扱うソフトなら、みんなCommand+Fで検索ができるのですが、Pagesの検索機能には問題があります。


検索すると探し出された言葉がハイライトされるのですが、Pagesの場合は図のように薄いグレーでのハイライトで、全然目立ってないのです。なので、ぱっと見てどこに探し出された言葉があるのか分からない、注意深く見ないとだめというのは、フラストレーションのもとになるし、作業効率も下がります。

それに対して、Wordで検索すると探し出された言葉がちゃんとシステムで設定したカラーでハイライトされるので、一目でどこにあるのかが分かります。こっちの方が便利。


他のソフトはどうかなと、バンドルされているSafariとテキストエディットを調べてみました。Safariで、表示されているページ内の言葉を検索すると、図のように探し出された言葉が黄色くハイライトされます。とっても目立っていていいですね。


テキストエディットは、Pagesと同じように目立たないグレイのハイライトです。でも、テキストエディットで検索したときには、検索直後に、Safariで検索したときと同じように、検索文字列を含む黄色のマークが一瞬ポップアップした後にグレイになるので、Pagesとは違って探し出された言葉のありかがよく分かります。

PagesとWordとテキストエディットの場合、検索は検索ウインドウで行います。そして、検索実施後も文書のウインドウではなくて、検索ウインドウの方がアクティブになったままです。検索は繰り返して実施することが少なくないので、こういう仕様になっているのだと思います。

で、探し出された言葉はアクティブではない文書のウインドウの方にあるわけです。なので、Pagesとテキストエディットで探し出された言葉のハイライトがグレーになってしまうのは、アクティブではないウインドウにあるから当然といえば当然。

検索以外の一般的な場合でも、テキストを選択してハイライトさせてからそのウインドウを非アクティブにすると、ハイライトはグレーになってしまいます。これはAppleのUIガイドラインがこうなっているのかと想像します。

なので、Wordで、アクティブでないウインドウ内に存在する探し出された言葉が、システムで設定したカラーでハイライトされるのは、検索結果を目立たせるという点では成功ですが、統一されたインターフェイスという観点からは好ましくないのかも知れません。

その点、テキストエディットの、検索直後に検索文字列を含む黄色のマークが一瞬ポップアップした後にグレイにする方法は賢いやり方です。Pagesにもぜひこれを採用してもらいたいものです。

Pagesの検索機能に対する注文がもう一つ。Wordでは文書のウインドウと検索のウインドウが重なっていて、検索ウインドウの下に探し出された言葉が隠れてしまうような時に、検索ウインドウが自動的に別の位置に移動してくれます。これも便利なのでPagesでの採用を希望です。

2007年12月10日月曜日

新宿方面

今朝も寒かったのですが、ここしばらくの間で一番視界の良い朝でした。ふだんは、霧というかスモッグというかもやのようなものでぼんやりとしか見えない新宿の高層ビル群がわりとしっかり見えています。

中央にあるツインの高層ビルが都庁の第一本庁舎なのだろうと思います。Google Erathで調べてみると、うちのマンションからの距離が約24.5キロメートルあります。

雨が降らず湿度が低めで、放射冷却で寒い朝の方が視界が良いのかな。

2007年12月9日日曜日

近代日本の所得分布と家族経済  高格差社会の個人計量経済史学

谷沢弘毅著  日本図書センター  税込み6825円  2004年12月発行

「なぜ戦前は高い格差が存在していたのか」という疑問の解明のために、ミクロデータを利用して、高額所得者と低所得世帯について書かれた論文を集めた本でした。

ミクロデータの利用については労作といえます。高額所得者については、紳士録などの史料も利用して、職業・所得税額・資産保全会社情報など高額所得者5000人のデータを集めて分析しています。データの入力だけでも大変な手間だったでしょう。

また、低所得世帯については、主に1920年代に作成された方面カード(現在は民生委員と呼ばれている方面委員が家庭調査して作成したカード)と1934年の被救護者調査データを利用して書かれています。新資料の発掘とのことです。

そして、本書を読んでの感想ですが、ミクロデータの利用という点では新機軸なのでしょうが、新たな発見があったかという点では大したことないと感じました。先行研究との違いを著者は随所で強調していますが、素人の目から見ると感心させられるようなものは皆無です。

例えば、隅谷三喜男氏が都市雑業層論において低所得労働市場は賃労働市場と分断されていると指摘していることに対して、著者は修正すべきであると主張しています。しかし、著者は本書で低所得世帯の親の世代が主に在来産業に従事し続け、子供の世代がより高収入の望める近代産業に就業することを明らかにしていて、これこそ両労働市場の分断を示す証拠じゃないかなと思えてしまいます。

また、学術論文という性質上やむを得ないのでしょうが、きわめてまだるっこしい表現が多いのも気になりました。さらに内容的にも問題がありそうな感を持つ部分も散見されます。

例として、本書の第7章をみてみます。二つの調査あわせて50戸305人のデータの分析や、二つの調査の間の時代的な変化を論じたり、18・19世紀のイギリスの状況と比較したりなどなど、B5版の本書の96ページ分が割かれています。他に類例がない史料とはいえ、こんなに少ないサンプルから結論づけられることってあまりなさそうな気がするのですが、例えば「特に男世帯主に注目すると、戦間期の低所得階層において早婚化が進行したことが分かる」(466ページ)などと断定してあるので、びっくりしてしまいます。

また、「病気が回復するか否かはその所得水準にかかっていたといえよう」338ページ、「1900年代までの(世帯規模の)拡大は所得の上昇よりも、上水道の整備や公衆衛生の普及が死亡率の上昇圧力にブレーキを掛けた点に注目すべきである」414ページ、といった本章のデータからは導けないと思われる断定的な記載も気にかかります。 重箱の隅をつつくつもりはないのですが、私に分かる分野に問題ある記載があるということは、ほかの部分にも同種の問題が隠れているのではと感じてしまうのです。

また、「発症期間の短い病気は所得水準にさほど影響を与えないとして記入されなかった傾向が高い(中略)このような調査方法は、疾病状況を把握する際にはかならずしも現実を適切に反映していないといった批判が出ようが、我々の目的である就業行動にとってはむしろ好都合である。なぜなら我々にとっては、罹患しているかどうかが最終の目的ではなく、あくまでも調査期間を通して健常者の何割程度が働き、そして所得を稼いだかが重要であるからである」506ページとしていながら、「伝染病の患者数が見あたらないことは実態を反映していない可能性がある」509ページと疑問を呈しているのはなぜなんのでしょう。結核以外の法定伝染病は典型的には急性疾患なので、この調査で見あたらないのは当たり前のような気がしますが。きっと、5章・7章とも病気に関する記載を、医師に読んでもらってはいないのでしょうね。

本書は、日経経済図書文化賞、社会政策学会賞を受賞しており、プロの目からはすばらしいものなのでしょう。なので、せっかくの労作ですし、このデータを利用した素人にもそのすばらしさが分かる一般書を著者には期待したいものです。

2007年12月8日土曜日

PowerBook G4からMacBook Proへ  ワードプロセッサ編

Macを使い始めた漢字Talk6の時にはマックライトIIを使っていました。当時は他にEGWordという由緒あるソフトも有名で、こちらの方が高機能でした。でも、MacWriteから由来しているソフトというブランド志向でマックライトIIを選んだのだったと思います。お値段は、どちらも今ならMS Officeが買えるくらいのお値段でとても高価でした。

漢字Talk7にアップグレードした時のパッケージを引っぱり出してみると、MacVJEのフロッピーディスクが3枚とマックライトのディスクが2枚入っていました。フロッピーディスク2枚で供給できるくらいなので 現在から見るととてもシンプルなワープロソフトですが、ふつうに文書を書くには過不足ない性能でかなり長く間使いました。



その後、PBG4の頃にはクラリスワークス4で文書を書いていました。クラリスワークス4は、元々マックライトの後継ソフトという位置づけのソフトで、マックライトIIの文書が読み込み・書き出しできたので、クラリスワークス4に移行しました。クラリスワークス4はパッケージで購入した記憶がなく、たしかMacにバンドルされていたんだと思います。

クラリスワークス4は 簡単な表や図を入れることが出来て、それでいて軽いのが一番いいところ。マックライトIIでは出来なかったテキストの流し込みもできるようになりました。なので、ふつうの文書ならこれでOK。ただ、図をいっぱい入れて文章の方が少ない、多少レイアウトにこる文書をつくる場合には、別にクラリスドローなどのソフトをつかっていました。クラリスワークス4が軽くて優秀なので、アップルワークス6がMacにバンドルされるようになっても、ずっとクラリスワークス4を使い続けていました。

この状況でIntelMacであるMBPに移ることになったのですが、Classic環境がないのでクラリスワークス4のファイルを読み込めるソフトがないのが困ったことです。MS Wordではアップルワークス5,6のファイルは読み込み可能になっているのですが、クラリスワークス4は対応されてません。まあ、そうそう古いファイルをつかう機会があるわけではないので、必要ならPBG4を起動することになります。

MBPでのワープロソフトですが、Wordが必要になることもないわけではないので、いちおうMS OfficeはMBPをオーダーしたときに一緒にアップグレード購入しました。最初はWordをふだん使いのワープロにしようかとも思っていたのですが、どうも気に入らない点があります。

Wordで作成中のファイルを保存して次に開くと、前回作業終了時のカーソルのあった位置を覚えていなくて、カーソルが文書の先頭になってしまう仕様のようです。これは世の中一般では不便だと思われてないのでしょうか。私にとってはフラストレーションの溜まる仕様で、もうこれだけで使いたくなくなります。もしかすると設定変更できるのかもしれませんが、見つけ出ませんでした。

その他もっさりしている点や細かい不満もあり、論文や本にするほどの原稿を書くことはないので、Wordはどうしても使わなきゃいけないとき以外は封印することに。

今はiWorksのPagesをつかっています。Wordほどもっさりしてないし、いい感じです。ただ、Pagesにがっかりするのは、マックライトIIやクラリスワークス4のファイルをサポートしていない点。アップル製のソフトなんだし、以前からアップル製ソフトを使い続けている人は多いと思うので要望は多いだろうし、ファイルを開くくらいに対応させるのはそんなに面倒なことではないと思うのですが。今後も、だんだん開けられない形式のファイルが増えてくるとしたら困ります。

2007年12月6日木曜日

この冬に見た初めての霜

昨日に続いて、今日も寒い朝でした。落ち葉に霜が降りていました。


でも、今朝歩いていて、霜がみられたのはここだけでした。ここは畑のはじっこの方で少し凹むようになっていて、そこに落ち葉が重なっている場所です。

霜は空気中の水蒸気が、冷えたモノの表面で氷になってできます。きっと今朝未明の地面の温度はまだ水蒸気を凝らすほどの温度にまでは下がっておらず、凹んだ場所だけが氷点下になっていたのでしょう。

2007年12月5日水曜日

鉄道レールの銘

先日の午後、駅で電車を待っていた時にたまたまレールに目をやると、冬場で太陽の高度が低いためレール側面に日光があたっていて、NKKという文字が読めたことがありました。また、自宅近くの踏切のレールにも写真のような記号と文字がありました。


ウィキペディア(Wikipedia)でレールについて調べてみると軌条という項目にいろいろ説明がありますが、ここには側面の銘についての記載がありません。そこで、外部リンクとして紹介されている、現役の鉄道用レールを見るに行ってみると、この写真のレールは新日本製鐵八幡製鉄所、2005年11月製造の在来線用1メートルあたり50kg規格のレールなのが分かります。また、日本で現在レールを製造しているのは新日鐵とJFEグループ(日本鋼管と川崎製鉄)の2社だけだそうなので、NKKはやはり日本鋼管製ということですね。

このサイトはフィールドワークを元にした労作で、レールに関する情報量満載でした。例えば、過去に日本で使われてきた鉄道用レールの製造業者

明治の日本は鉄道建設の際に、レールを欧米各国から大量に輸入していました。このサイトのオーナーは日本全国を行脚して、古い輸入レールで現存している物を調査して、その写真や製造会社の沿革などをまとめています。

その中には Barrow Hematite Steelなどイギリスの製鉄会社の名前がいくつも挙げられていました。以前、イギリス鉄鋼業の歴史・盛衰についての本を読んだことがありますが、こういうところでお目にかかれるとは思ってもみませんでした。

また、どの鉄道会社がどこの国のどの製鉄会社のレールを使って建設を進めたのかは、鉄道会社の役員や輸入に携わった商社との関連などの分析につながることも想定される材料で興味あるところ。しかし、文献資料をあさっても今ではどこ製のレールを使ったのか分からなくなってしまっているところが多いだろうと想像されます。その点、現存するレールの調査という手法は、文献史学に対する考古学的な、堅実なやり方です。

10年以上前までは、こういう労作の発表の場は鉄道趣味か産業史・産業考古学の学会・雑誌などくらいしかなかったのではないでしょうか。そして、そういう雑誌を私が目にする機会もきっとなかったはずだと思います。それが現在では、自宅にいながらにして(iPod Touchを持っていれば、レールを目の前にして)アクセスできる訳で、wwwの有り難みを感じるばかりです。

それにしても、レールに製造社銘を入れるのはどうしてなんでしょうか。レールは一般の人の目にも触れる存在なのでたまたま私が気付いただけで、実は工業・建設業の材料として使われる厚板や鋼管にも銘が入っているものなのかもですが。

2007年12月3日月曜日

琥珀エビス


毎晩、ビールを飲んでいます。

最近は琥珀エビスがお気に入り。昨年も今頃は琥珀エビスを飲んでいました。でも、期間限定だったそうでいつのまにかなくなってしまいました。先日、スーパーで再発見して早速購入。

黒エビスやギネスなどの黒ビールほどくどくはなく、それでいてコクがあります。今年も期間限定のようですが、一年中売ってくれればいいのにと思います。

琥珀エビスがなかった時節は、サントリーのプレミアム・モルツを飲んでいました。これもしっかりした味があって、おいしいビールです。この2銘柄が好きな点から言うと、私は甘いビールが好きな方なのかな。

地ビールなどにはもっとおいしいものもあるのでしょうが、スーパーで手軽に買える中ではこの2種類が格別です。値段も他の銘柄よりも少し高く設定されているけれど、充分その価値があると思います。

2007年12月2日日曜日

BANG & OLUFSEN Earphones


Bose in-ear headphonesが耳から外れてしまう問題で使えないので、いろいろなサイトでヘッドフォンの情報を見てみました。使用者の評価が良好なことと、以前からBANG & OLUFSENブランドに興味もあったので、 BANG & OLUFSEN Earphones を購入してみました。2006年2月より製品名が A8から EarPhoneに変わったとのことで、各種サイトではA8という名前で紹介されていることの方が圧倒的に多いようです。

使用感ですが、トライアングルの音に響きを感じたり、ドラムセットのシンバルの音の余韻が聞こえたり 中高音がとても魅力的です。また、解像力が高いというか、楽器のありかや今まで気付かなかった音など、新たな発見があるヘッドフォンです。低音は私の好みより少し弱めな感がなくはないのですが、イヤーパッドを耳の入口部にしっかりセットできるので、小さいイヤーパッドのヘッドフォンとしては充分に鳴っています。


イヤークリップはアルミニウムで出来ているので、硬くて装着するのがきつそうにも見えます。しかし、実際には可動部が3カ所あるので、おそらくどんな耳の形の人にもフィットすると思われます。私の場合もジャストフィットしています。

今までつかっていた耳介をプラスチック製のクリップではさむタイプのヘッドフォンだと、めがねをかけている時に歩きながらの使用だと、耳介をクリップする部分とめがねの耳に掛ける部分が歩く動きでぶつかってカチカチと音のすることがありました。BANG & OLUFSEN Earphonesでは、そういうことはありません。それだけ耳にフィットしているということでしょうね。

また、耳掛けクリップ型ヘッドフォンで気付くのが、風を切る音がきこえることです。風のない日はほとんど問題ないのですが、弱い風でも歩く方向によっては、合成風速で風の音が聞こえることがあります。これは、BANG & OLUFSEN Earphonesでもあります。屋外での使用なので、この点は仕方ないところです。

Bose in-ear headphonesは低音がしっかりというか音がこもった印象があるので、かなり好き嫌いがあるかと思います。しかし、BANG & OLUFSEN Earphonesは聴く人を選ばない優等生なヘッドフォンだと思います。毎日使用中ですが、満足しています。


BANG & OLUFSEN Earphones 一年四ヶ月つかってみて
Bose in-ear headphonesの印象

2007年12月1日土曜日

ホームヘルパー

昨夜は、ホームヘルパーさんたちの集まりで、一時間ほどパーキンソン病についてお話ししてきました。45名ほど出席があったとのことで、男性も2割くらいいました。みなさん30−50歳代くらいかなと思うのですが、とても真剣な面持ちで聞いてくれました。

ホームヘルパーの方たちは、2級の資格を得た際に130時間の講習を受けています。私もホームヘルパー講座の医学に関する部分を何度か担当したことがありますが、時間数が少ないので医学的知識に関してはかなり限定されたことしか伝えられませんでした。なので、訪問介護の仕事を始めて自分が実際に出会った利用者さんの症状や治療や介護上の注意点などについて、もっと知りたいと考えるようになるのだと思います。こういった学習意欲に応える生涯学習の場が充分に確保されるべきですね。

介護保険の訪問介護を主に担っているのはヘルパーさんたちですが、3級については、2009年の介護報酬改定時に、訪問介護の算定要件から外されることになるそうです。この流れから予測すると、2級についてもいずれは算定要件から外され、やがてはヘルパー資格自体が消滅するのかもしれません。

もちろん、現状では訪問介護を関する人員不足の問題は深刻なので、すぐに2級ヘルパー外しが実現するとも思えませんが、 2009年の介護報酬改定で介護報酬におけるヘルパー2級資格者配置に対する「減算」がされる可能性は否定できません。

11月28日に改正社会福祉士・介護福祉士法が国会で成立 しました。これも、厚生労働省の「将来的に介護職員の任用資格は介護福祉士を基本とする」という方針の現れで、現在ホームヘルパーを中心として行われている介護を、介護福祉士を中心とした介護に変えていこうと考えているのだと思います。

より充実した養成課程と国家資格をもつ介護福祉士中心へとシフトさせること自体は、決して悪いことではありません。しかし介護制度の充実のためには、誇りを持って仕事のできる待遇を提供できる水準に介護報酬が設定されなければなりません。また、現在ホームヘルパーとして働いている人たちの意欲を活かすよう、切り捨てにつながらないような措置も厚生労働省は用意するべきです。

2007年11月29日木曜日

寒くなり始め

今日は寒くなりました。風がそれほど強くならなかったのが幸いでしたが、
今年初めて、ハーフコートを着込んで仕事に出かけました。

東京の冬は晴れの日が多く、寒くても明るい空が見えるのがふつうです。でも、今日のように曇っていると、日差しがないので南向きの部屋の中でも寒く感じてしまいます。

国立・立川周辺では、まだインフルエンザ流行の兆しはありませんが、今日の寒さでふつうの風邪の人は増えそうですね。

2007年11月28日水曜日

Bose in-ear headphones


イヤフォンを買い換えたくなり、店頭で聞き比べてとっても際だっていたのが Bose in-ear headphones でした。中高音も響くし、しかもイヤフォンで聞いているとは思えないほどしっかりした低音が出ています。いくつもイヤフォンはあったのですが、こういう音のしているのは他には皆無。この低音のしっかりさは、やはりBOSEの音って感じです。好き嫌いはあると思うのですが、私は自宅のスピーカーにも使っていてBOSEの音を好きな方なので、買ってしまいました。

硬めのプラスチックの容器の包装がされているのですが、買ってきて開封しようとするとどこにも開きやすくなっているところがありません。しばらくいろいろ眺め、仕方がないのでカッターを持ち出して、箱を分解にかかりました。「パッケージを開封の際には、手などケガしないよう十分にご注意ください」と記載されてはいるのですが、この頑丈なパッケージには閉口です。この点だけはBOSEに改良してもらいたい。

自宅のiPodにつないでみましたが、低音がしっかりきこえるのと、全体に響きがある感じで音的には満足です。イヤーチップの根元がふくらんでいて少し空間がある独特な形なのですが、BOSE的な音の秘密はこのあたりにあるのでしょうか。また、耳の穴につっこむというよりも耳介の下の部分にののっけている感じなので、装着していもとくに耳に違和感を感じません。

iPodは主に通勤の時に使っているのですが、外に持ち出してみて大問題が発覚。イヤーチップが耳からすぐにはずれてしまうんですね。元々、iPod付属のイヤフォンの使用をやめた理由が耳から落ちちゃうっていうことだったんですが、そのことを忘れていました。シリコンラバー製のイヤーチップはS, M, Lと3種類付属していて、耳介と耳の穴の大きさに合わせて付け替えることができるのですが、交換してみても外れやすさには改善なしでした。


たぶん耳の形に個人差がかなりあって、イヤフォンを使いやすい人と外れやすい人がいるんだと思います。私の場合、 Bose in-ear headphonesは左の耳にはかなり良くフィットしているのですが、右の方はコードの動きなどですぐに外れてしまいました。風が少し強い日なら、左も多分はずれそう。はずれなくても、イヤーチップの先端が耳の穴からずれると音量・音質ともに大幅に悪化しますから、外での使用は無理と判断しました。

音的には好きな方の製品なので残念。自宅ではiPodを使わないので出番はないし、自分としては外出先の室内や、旅行で特急や飛行機などまとまった時間を座ってiPod聞くときにつかえるくらいでしょうか。でもBOSEの音が好きで、耳にぴったりフィットする人にはおすすめです。


BANG & OLUFSEN Earphonesの印象

2007年11月26日月曜日

Mac OS X Leopard

インストールに時間がかかるだけでなく、インストール前のDVDのチェックにとても時間がかかりました。でも、ATOKとFileMakerのアップデートがあったのは確認していたので、繁用するアプリケーションを使う際にソフト的な困ったことは、今のところ起きていません。

しかし、職場にあるキャノンのLBP300での印刷が出来なくなってしまいました。 アップルのサイトのDiscussionsを見ると 対応は来年になりそうとの情報です。キャノンはやる気ないようだし、別のプリンタ使うしかないですね。

メニューバーにデスクトップの色が滲むようになってるのは落ち着かない感じ。白い方がいいんじゃないでしょうか。でも、白に戻す設定が見あたりません。同じように白いメニューバーの方がいいと思っている人も多いみたいです。Discussionsのスレで薦められていた OpaqueMenuBar というフリーのソフトを入れてみました。

メニューバーが白くなると、今度はリンゴの色が黒いのが気にかかります。System6までは黒リンゴだったと言われれば、たしかにそうだったんですが、あの頃はデスクトップも派手なグラフィックではなく、フォルダなんかも線で描かれてたりなど、万事地味だったから全然違和感なかったわけなんです。現在のデスクトップだと黒リンゴが目立ち過ぎです。

ドック。立ち上がってるアプリがどれなのか、黒い三角形で表示してくれたTigerの方が良かった。よく見ると水色の小さな球があるようだけど、全然目立ってません。

辞書ソフトは秀逸ですね。Command+Ctrl+Dで単語の意味が出てくるのは、英文読んでいるときにとても便利。Safariだけでなく、ふつうのテキストファイルを読むときにもつかえるようになるといいかな。

とりあえず、3日使っての感想でした。

2007年11月25日日曜日

日本の百年3 強国をめざして


松本三之助編著  筑摩書房  税込み1575円  2007年9月発行

1960年代に発行された「日本の百年」全8巻が、ちくま学芸文庫になって刊行されたものです。第3巻では1889年の憲法発布から日清戦争を経て1900年までが扱われています。

このシリーズの特徴は、各種の史料に語らせるスタイルをとっていることです。一次史料とは限らず回想録などからの引用も多いのですが、このスタイルのおかげで、発行から半世紀近くが経過しているにもかかわらず、読んでいてちっとも古びた感じがしません。

和辻哲郎は少年期を回想して、日清戦争前後に手織り木綿のかすりの着物からガス糸織りの着物になり村の紺屋がなくなったことをあげて、明治維新よりも日清戦争前後の産業革命の方が実際に村の姿を変えていったと述べています。

津田左右吉は、この時代の故郷東栃井(名古屋の北郊)のことを、養蚕がさかんになって近所の家の家造りがだんだんりっぱになってきたのが目についた、と回想しています。

私は日本史をこれから学ぼうとするような年齢ではないし、近代日本の歩みは一通り頭に入っているつもりです。なので、各年に何があったというスタイルで記載された教科書のような本なら敬遠してしまいす。でもこういったエピソードは初めて知ったことも多いし、読んでて面白く感じます。和辻さんの哲学書には全く興味ありませんが、この自叙伝の方は入手できれば読んでみたいくらいです。

2007年11月24日土曜日

アップルストア

アップルストア銀座に初めて行ってきました。

iPod touch。これまで近くのビックカメラでも見かけたことはあるのですが、手にとってみたのは初めてです。ここだと、いくつも展示してあるのでゆっくり触れることが出来ました。感想としては私には向いてないかな。

音楽聞くだけなら、iPod classicの方がいいです。外で動画を観る趣味はないし、使うとすれば、Safariかなとも思うのですが、ふだんの自分の行動範囲にWiFi環境整ってるのか少し疑問です。

あと、とてもキーボードが使いにくい。縦じゃ小さすぎてミスタッチ頻発だし、横にしても小さい。アップルのサイトでは縦置きにして、人差し指でキーボード使ってるムービーがありますが、あれは神業です。

iPhoneの文字入力もiPod touchと同じですよね。私にはムリですが、日本ではケータイを片手で持って、親指を使ってすごいスピードで入力する人が多いから、もし日本でiPhoneが発売されたとしても、若い人には普及しない気がしてきました。

でも、新しいiMacは良かった。24インチのディスプレイの方は特にすてき。iMacで動いているLeopardに触れてみて、Leopardも買うことにしました。でもポイントも欲しいので、購入は有楽町まで歩いてビックカメラで。

iMac自体とは関係ない感想ですが、自分のものでないMacなりPCに触れた際、マウスカーソルの移動速度がとても遅いと不便に感じることがとても多いのです。みなさん、初期設定のままにしてることが多いのかもしれません。アップルストアに置いてあったMacもそのようでした。でも、ディスプレイがどんどん大きくなっているのに、初期設定のマウスカーソルの移動スピードって遅すぎです。

アップルストアで購入したのはMBP用の電源アダプタ。持ち運ばなくていい用と、故障しても困らないように、買いました。今までのものより小さくなっていますよと店員の人に言われたました。でも、帰って開封してみると、今使っているのと同じ大きさの物でした。

2007年11月23日金曜日

ラテンアメリカ経済史  続きの続き

著者の問題意識は、十八世紀までは第三世界の中でももっとも豊かな地域であり、北米と実質国民所得でも遜色ない経済実績を示していたラテンアメリカのその後の経済不振の原因は何かという点にあると思います。しかし、この種の本を読む際、私の頭の中には日本の歴史との比較という意識が常にあります。また、韓国や台湾の読者だったら本書の第三局面の記述が一番興味をひくところでしょう。

日本の場合ですが、本書の第一局面にあたる幕末開港時には、生糸・蚕卵紙・茶・銅といった一次産品を輸出していた国でした。また、同時代に植民地でなかったという点ではラテンアメリも日本も同じです。ただ、その後の経路においては違いが見られます。

日本の主要な輸出一次産品である生糸は、開港後も昭和に至るまで輸出量が増加しました。しかしこの生糸の輸出が前方・後方連関を通して日本の工業化を主に担ったという評価はないと思います。

日本もラテンアメリカの大国と同様に、19世紀のうちから輸入代替工業化を開始します。初めは軽工業である綿業で、その後、造船・機械工業、そして20世紀に入ってからは鉄鋼業・化学工業と進んでいきます。

日本においても、この輸入代替工業化は綿業においては綿花の輸入、重工業においては原料(鉄鉱石、銑鉄)や資本財の輸入を伴い、貿易赤字をもたらします。しかしここで、生糸などの一次産品の輸出が外貨を獲得することにより、輸入代替工業化を継続できたわけです。

また、日本でラテンアメリカと異なる工業化の動きが見られたのは、いわゆる新在来産業です。新在来産業は国内市場向けに雑貨を供給するだけでなく、東アジア・アメリカ合衆国などに輸出していました。

日本の事例では輸入代替工業化として始まったはずの綿業や新在来産業の製品が近隣国の市場に輸出され得たことが、ラテンアメリカの経験とは大きく異なる点です。

この点で思い起こすのは、川勝平太氏の物産複合の考え方です。日本綿業の主要な製品である太糸から生産される厚手綿布や、新在来産業の生産する生活雑貨は、日本と物産複合的に類似する中国など東アジア諸国に受け入れられ、販路を見いだせたのでしょう。

それに対して、ラテンアメリカ諸国で購買力を持つ層は、ヨーロッパ諸国とそれほど異ならない物産複合の中に生活していたので、ヨーロッパ諸国で生産される商品よりも安く生産できる見込みがなければ、自国で衣類や雑貨を生産し始めたり、ましてや近隣国へ輸出したりすることにはならなかったのではと想像します。

本書では、「プロト工業化では手工業部門の生産性の低い生産単位が、より洗練された分業を採用し、とりわけ近代的な機械を用いることでより高い労働生産性を享受する近代的な製造業に変化した。このようなプロセスがラテンアメリカでも見られるかどうか・・・・答えは否定的なものである」と述べられていて、手工業部門が自ら高い生産性を有するものに転換できなかった理由としては、資金の欠如、政治的エリートとの関係の欠如により有利な公共政策を実施させられなかったこと、家族労働に依存していたので拡大できなかったこと、があげられています。日本の在来産業においても同様な問題はあったはずです。しかし、日本の在来産業が新在来産業へ発展しいった背景には、国内市場だけでなく輸出も期待できたという、物産複合による利点があったことも大きいのだと思います。

本書ではラテンアメリカ各国ごとの経済的なパフォーマンスの推移の違いの原因として、①商品の当たり外れ、②輸出主導型の成長、③経済政策の実施環境の三つをあげています。日本についてこれを考えると。

① 商品の当たり外れ。生糸は大当たりではなくとも、当たりの範疇には入るでしょう。工業化に必要な外貨を1920年代にいたるまで稼ぎ続けてくれたのですから。1929年代恐慌で生糸の価格は惨落しました。しかし、20世紀を通じて一次産品の輸出に依存したラテンアメリカ諸国とは違い、日本の場合にはその頃には工業化の離陸を果たしていたので、生糸もはずれの商品とはならずに済みました。

②輸出主導型の成長。資本・労働力・国家という装置が効率的に機能しないと、輸出部門の成長を非輸出部門の成長につなげることができなくなってしまう。本書には「ラテンアメリカの寡占的な構造は、標準以上の利益とかなりの経済的な収益を生んだかもしれない。しかしそれらの構造は伝統的には、技術革新、投資ブーム、あるいは全要素生産性の上昇とは結びつかなかった (中略) 十九世紀の米国や第二次大戦後の日本で顕著であった、レントを生産的に利用するという刺激は欠如していた」という記載があります。本書の第一局面にあたる時期の日本の経済成長も、第二次大戦後に比較すると見劣りします。これは、著者の指摘の通り、地主制や財閥などの存在した戦前日本では、「レントを生産的に利用するという刺激は」戦後の日本に比較すると欠如していたということになるのでしょう。

③経済政策の実施状況。明治大正の日本政府にも問題はいろいろありましたが、富国強兵のためになすべきことはしていたということは言えるでしょうね。


ラテンアメリカ経済史
ラテンアメリカ経済史 続き

2007年11月22日木曜日

ラテンアメリカ経済史 続き

なぜラテンアメリカの経済史を記した本書を手に取ったかと言うと、一つは従属理論に対する興味からです。しかし、著者は従属理論に対して否定的な評価で、本書の中にも従属理論に対する言及は多くはありません。

本書では交易条件について、各種のデータを示して「1913年以前にラテンアメリカのNBTT(純商品交易条件)が長期間継続的に低下したという主張は、従って妄想に近いものであった」としています。著者の従属理論に対する否定的な評価もうなづけます。

たしかに中心と周辺の間で不等価交換が行われることが万病の元だとする考え方は、もはや通用しないのだとは思いますが。しかし、本書には言及がありませんが、従属理論に系譜を持つ世界システム論的な考え方は、ラテンアメリカについて検討するときにも、有用なツールになると私は思います。

第一局面においても、輸出だけにたよっては先進国に匹敵する経済成長を達成することが困難でした。このため、農業・手工業をあわせた非輸出部門の成長が重要なのですが、このことに関連して著者は「米国では労働力の不足に対して、労働節約的な農業技術への大規模な投資によって対応してきた (中略) ラテンアメリカの大部分では、労働力不足に対して十九世紀にはまさに植民地時代と同様の労働市場への人為的な操作、強制労働、そして土地獲得の制限によって対応したのである。西半球を二分する二つの地域が異なる対応をした理由については、ここでは論ずることができない(それは部分的には独立後の異なる政治システムに由来しているかも知れない)」と記載しています。

この「部分的には独立後の異なる政治システムに由来しているかも知れない」という部分こそ、世界システム論が説き明かすところです。

農業にしろ工業にしろ、同じ商品を生産するとしても、中心の国と周辺の国とでは資源の入手しやすさが異なるので、生産のスタイルも異なったものとなります。つまり、中心の国ではより多く機械に頼る資本集約的なスタイル、周辺の国では労働集約的なスタイルに。中心の国で機械の改良が行われてより資本集約的な生産が行われるようになると、その生産費の低下に対応して周辺の国では労働条件の切り下げで対応せざるを得なくなり、それを実現するために強制労働などのより一層の抑圧が必要になるのだと思います。

このようにA局面では、同じ商品の生産についても、時間とともに中心と周辺では必然的に生産のスタイルに次第に違いが出来てきます。また、一般的には中心の国は資本集約的な商品生産に、周辺の国はそれ以外の商品の生産に特化していくことになるのです。

しかし、B局面になって資本収益率が低下し、中心の国において資本が過剰となり、十分な利益を上げることのできる投資先が中心の中にはなくなると、資本は半周辺または周辺の国に向かうことになります。20世紀後半の東アジア諸国の経済成長はこういうことだったのではないでしょうか。

あと、本書にはこういう記述があります。
「『富裕層から搾り取る』ことを目的にした非正統派の政策は通常短期的には効果的ではあったが、長期的には非生産的であった」として、アルゼンチンのペロン政権・チリのアジェンデ政権・ニカラグアのサンディニスタ政権に対して、著者は批判的です。また著者は、「カストロ政権下におけるキューバの実験は続いているが、得たものが失ったものより大きいという確証は全くない」と。

これは、アメリカ合衆国による理不尽な経済封鎖の存在を正当化するのでなければ、キューバに対してあまりに酷な評価だと感ぜざるを得ません。アジェンデ政権に対する最初の9・11にしてもそうですが、ラテンアメリカでこれらの政権がアメリカから受ける不利益は著者の眼中にはないのか、それともこの地域の国がアメリカに楯突くようなことをすること自体そもそも無謀なことなのだとお考えなのかもしれません。


ラテンアメリカ経済史
ラテンアメリカ経済史 続きの続き

2007年11月21日水曜日

ラテンアメリカ経済史


ビクター・バルマー=トーマス著 名古屋大学出版会 税込み6825円  2001年10月発行
小さくて分かりにくいかもですが、カバーの絵はLand of Coffeeという絵なんだそうで、なかなかしゃれてます。

「独立後のラテンアメリカの経済発展は、果たされない約束の物語である。豊富な天然資源を持ち、労働力に対する土地面積には恵まれ、植民地支配から脱しておよそ二世紀の間自由を享受したにもかかわらず、一つの国家も未だに先進国の仲間入りを果たしていない。 (中略) ラテンアメリカと先進国の生活水準の格差は、ラテンアメリカが発展途上地域の中では最も豊かであった十九世紀の初期以降、確実に増大している。」

上記のように、十八世紀までは第三世界の中でももっとも豊かな地域であり、北米と実質国民所得でも遜色ない経済実績を示していたラテンアメリカ。その後の経済不振の原因は何かという問題意識が本書の中心にあります。

「独立後のラテンアメリカの経済発展は、比較的容易に二つの異なる、しかし部分的に重複する局面に分けることができ、この二つの局面の後に、ちょうど始まったばかりの第三局面が続いている。第一局面は一次産品に基礎を置く、伝統的な輸出主導型成長に該当する。第一局面はゆっくりと開始したために、20世紀の最初の10年に頂点に達し、そして大恐慌と共に消滅した。第二局面は内向き成長の時期に該当する。この内向き成長は、大きな国では19世紀後半に始まった輸入代替工業化を基盤として、第二次大戦後の四半世紀に頂点に達した。非伝統的な輸出産品に基づく第三局面は、1960年代に始まり、1980年代の債務危機後に支配的となった。」

第一局面においては、ラテンアメリカ各国とも有力な一次産品を持っていたので、輸出主導型の成長にはとても有利なのだと私は思っていました。しかし、輸出に好適な一次産品を持っているというだけでは、必ずしも輸出主導型の成長が実現するとはいえないようです。

アルゼンチンのように、輸出一次産品生産の前方連関・後方連関によって輸出部門の成長が非輸出部門の成長につながる場合には、輸出主導型の高成長が第一次大戦前にみられました。しかし、非輸出部門の成長にあまり期待できない国の場合、先進国の成長率にあわせて成長してゆくためには、一次産品の輸出量が期待成長率よりもかなり速いペースで増加しなければなりません。

たしかに、第一次大戦前には先進国の経済成長率より速く一次産品の輸出量を増やすことのできた国もありました。しかし、それでも輸出だけに頼って、先進国並みの成長をもたらすには不十分だったのです。また、多くの国ではインフラストラクチャーなどの国内の供給上の問題から十分な早さで輸出量を増やすことができなかったのです。

第一次大戦後には硝石などの一次産品の代替品の出現や、アジア・アフリカのヨーロッパの植民地でゴム・砂糖などが生産されるようになりました。ラテンアメリカ各国は、バナナ・石油など新たな輸出品目への移行によって輸出量の確保・増加をはかりましたが、そのため却って1929年大恐慌の影響がより強く表れることになりました。その後、ラテンアメリカ各国で一次産品輸出価格の減少がみられ、また国ごとに程度は違うが輸出量の減少・交易条件の悪化も見られたことで、一次産品の輸出に頼らない経済成長の方策が求められ、第二の局面につながっていきます。

第二の局面、輸入代替工業化について、有名なプレビッシュ報告の影響もあって、一次産品輸出国が工業化を目指す際のとても望ましい政策なのだろうと私は思っていました。しかし実際には、工業化の進展で消費財の輸入量が減っても、さらに工業化を進めるためにはより一層高度で高価な資本財の輸入が必要になり、国際収支の改善をもたらさないばかりか、却って貿易収支の赤字を増やすことにもなり得ます。

しかも、プレビッシュの強いリーダーシップのもとでCEPAL
が輸入代替工業化をラテンアメリカ各国に対して推奨した時代は、「まさに世界経済と国際貿易が、最も長くかつ最も速い長期拡大の時期に乗り出そうとしていたとき」で、「このモデルには最悪のタイミングであった」とのことです。そう指摘されれば、なるほどそうですね。この辺の事情は、輸出主導型の成長を目指して成功した東アジア各国の実績と比較して、とても興味深いところです。

第三局面以降は、私の興味の範囲から外れるので、略。

本書はラテンアメリカ経済史と、地理的にも非常に広い地域を扱っています。当然、経済的なパフォーマンスの推移にはラテンアメリカ各国ごとに違ってきました。その原因として本書では、①商品の当たり外れ、②輸出主導型の成長、③経済政策の実施環境の三つをあげていて、この点の議論も説得的だと思いました。

① 商品の当たり外れについては、ラテンアメリカは広く地理的な条件の違いで輸出できる一次産品も異なっています。商品ごとに価格弾力性・国際競争の激しさや前方・後方連関をももたらす程度に差があります。硝石の輸出国と石油の輸出国とでは、19世紀から現在までのパフォーマンスに違いが出ることは非常に説得的です。
② 輸出品主導型の成長、各国の資本・労働力・国家という装置が効率的に機能しないと、輸出部門の成長を非輸出部門の成長につなげることができなくなってしまう。
③ 経済政策の実施環境、一貫した政策をとれたかどうか、またその政策(輸出主導型成長、輸入代替工業化など)が妥当だったかどうか。

本書に対する私の感想は、ラテンアメリカ全体と各国ごとの経済史の概観を学ぶのにとても有用な本で、おすすめです。

それにしても、名古屋大学出版会は経済史関係の面白いのをよく出版してくれるところですね。そう思って本棚をみてみると、名大出版会の本が14冊もありました。


ラテンアメリカ経済史 続き
ラテンアメリカ経済史 続きの続き

2007年11月19日月曜日

Safari 3.0.4

4日前に、Tigerが10.4.11にアップデートされました。ダウンロードにかなり時間がかかるなと思っていたら、Safariも一緒に落ちてきていてバージョン2.0.4から3.0.4になりました。

新しくなったSafariですが、勝手にブックマークの項目が増えているので、削除してすっきりと。それでだいたい使い勝手はバージョン2と同じなのですが、いくつか不具合が。

Leopard付属のSafari3で報告がありますが、サイトによっては指定してあるヒラギノ角ゴでなくて、文字が明朝体で表示されてしまいます。

また、半角英字で入力するとスペルチェックされます。これはうっとうしいのですが、Safari2.0.4の時にもあったでしょうか?? このスペルチェックをオフにするやり方が分からず、閉口しています。

あと、リンク先にとんだ時に、リンク元の文字の色が、リンクを踏んだことを示す色に即座には変更されないことが多くみられます。これは同じウインドウで表示されるときも、別に新しいウインドウが開くときもです。また、Windows上のSafari3でも同じ現象が起きていました。

2007年11月18日日曜日

PowerBook G4からMacBook Proへ OS編

2001年3月にPBG4を買って以来、ずっとMacOS9を使い続けていました。時代は変わり、ちまたで得られる情報はOS X関係のものばかりになったため、Mac関係のサイトを覗くこともほとんどなく、浦島太郎状態で過ごしてました。たまたま、秋分の日頃にMBPが新しくなっていることを知り、アップルストアにアクセスしてオーダーしてしまったのです。

ほとんど衝動買いだったので、Leopardの発売が一ヶ月後に迫っていることも知りませんでした。あと一週間ほど注文が遅ければ、Tiger搭載MBP+無料でLeopardも手に入ったのです。後で知って、少し後悔しました。でも、新しいMacがとどけば、そんな気分はすぐに消滅。

Leopardが発売されてからもう4週間も経つので、使っている方も多いと思います。うちのMBPもそう遠からずLeopardに入れ替えることになると思うので、ここではOS X Tigerを使って気付いたことをまとめておきます。

OS Xでは昔のソフトが使えるものとばかり思っていました。でも、インテルMacのOS Xにはclassic環境がなかったのです。これは実際にMBPを手にしてから判明してびっくり。調査不足でした。

でも、今の時期では中古でないとclassic環境のあるMBPは手に入らしないし、昔のソフトを動かすにはPBG4があるので、まあしょうがないかと。ただ、PICT書類を開けるのが標準ではQuickTime Playerしかないのは、悲しい。

MacOSの魅力はFinderに負う部分が大きかったと思います。OSとFinderが一体になっているように感じる点、ファイルやフォルダを自分好みに自由に配置できる点などが好きでした。そのFinderがOS Xでは大きく変化して、Windowsのexplorerみたいに、アプリのひとつみたいな感じになってしまいました。OS Xが実はOS neXtたる所以でしょうか。

Finderウインドウの左側のサイドのカラムは慣れると便利になりましたが、初めはかなりとまどいました。左端のカラム以外はアイコン表示かリスト表示を使っています。右側の方もカラム表示になるのは、今でも慣れない。それよりはフォルダをほじって探しちゃう感じです。

ウインドウを閉じたり、小さくしたりするボタンが左上なのは最初かなりとまどいました。まあ、ショートカットを使うことも多いし、なんとか慣れましたが。これは、「左上の魔術師」と関連あるのでしょうか。

アップルメニューのすぐ右隣がファイルメニューではなくなったのも、地味ながらとまどう変更でした。開くや保存はショートカットを使うので問題ないのですが、ショートカットを使う習慣のない用紙設定の時などは、今でもカーソルをついアップルメニューのすぐ右隣のところでクリックしてしまいます。

System6の時は使ってなかったと思いますが、System7の頃からは何かしらランチャーソフトをつかっていました。でも、以前に使ったランチャーに較べても、大きさが自由に設定できたり、ジニーエフェクトのような遊び心がみられたり、使用中のウインドウを入れておけたりする(Windows では当たり前か)などなど、ドックは良くできてますね。

指2本でタッチパッドをいじると、スクロールできるのは少し驚いた点です。でも、文章読みながら下にスクロールさせるときなどカーソルキーの方が好みです。使えるけど、ほとんど使わない機能になってます。

2007年11月16日金曜日

歩道の縁石


歩道が途切れて車道に移行する部分に、こんな風に中央に切り欠きがついて段差を少なくした縁石が、設置されているところを見かけるようになりました。切り欠きのついた縁石は2個並べられているので、おそらく車いすの両側の車輪が通過しやすいように工夫されているのかなと思います。バリアフリーの実践ですね

ただ、ここで不思議に思うのは、こういった段差の少ない部分がコーナーの2カ所だけに設けられるのはなぜなのでしょう。コーナーの縁全体に、中央だけでなく全面に段差のない縁石を並べたらいいのにと思ってしまいます。

というのも、自転車に乗っていて車道と歩道の境の縁石で転倒して、骨折などの怪我をした人を少なからず診た経験があるからです。若い人にとっては全く苦にならない段差でしょうが、ふらふらと走る高齢の自転車利用者にとっては、歩道の縁石はかなり危険な存在なのです。

もしかすると、国土交通省の基準か何かのせいで、こういう風にしか段差をなくせないようになってるのかな。

2007年11月15日木曜日

インフルエンザ予防接種

インフルエンザの流行が昨年より早く始まっていると、TVの番組で報じていました。そのためもあってか、インフルエンザの予防接種を受けに来る方がたくさんいらっしゃいます。

高齢者の接種料金の半額が公的に補助される制度もすっかり定着したようです。今シーズンもこの制度での接種期間が始まってからもう一ヶ月が経ちましたが、まだまだ出足は落ちていません。非高齢者で接種を希望して来る人も少なくなく、合計毎日10人以上といった感じです。

接種前には診察をして、副反応などの説明をします。接種した部位が腫れて痛痒くなることが少なからず起きるので、そのこともお話しするのですが、毎年のように接種している方の場合、「これまではだいじょぶだった」と話を打ち切ろうとするかのように返答する方がとても多いのに気付きます。

熱い物に触れたら思わず手をひっこめるのと似たように一律の反応で、こういうシチュエーションだとこういう反応って決まってる感じ。こういった決まり切った反応の奥にはヒトの本質の一部が潜んでいるのでは、と思うわけです。きっと「これまでAだったもの・ことは、これからもAである」というような考えた方・感情の回路がヒトの脳にはあるんじゃないかな。

2007年11月14日水曜日

成年後見制度

先日、成年後見制度の鑑定書を書く機会がありました。

成年後見制度とは,「精神上の障害により判断能力が不十分な者について,契約の締結等を代わって行う代理人など本人を援助する者を選任したり,本人が誤った判断に基づいて契約を締結した場合にそれを取り消すことができるようにすることなどにより,これらの者を保護する制度」です。

2000年に制度が改正される以前の成年後見制度では、禁治産と準禁治産の二つの類型が設けられていました。私も訪問診療をしていた患者さんのご家族がその方の禁治産を申請するというので、鑑定書を書いたことがありました。その患者さんはAlzheimer病がかなり進行していて、経管栄養を受け無動無言で褥瘡の既往もあり、だれが見ても判断能力が欠如していることが分かる症例です。そのときの経験から、成年後見制度を利用することになる方というのはかなり重度の精神上の障害を持つことが必要だなという印象を持っていました。

裁判所の成年後見制度のページからダウンロードできる鑑定書作成の手引きにも「成年後見制度は,認知症の高齢者,知的障害者,精神障害者等精神上の障害により判断能力が不十分な者を対象とします。すなわち,身体機能に障害があるため一人では十分に財産上の行為を行うことができなくても,判断能力は十分ある者は,対象者から除かれます」という注意書きがあります。

今回、鑑定書を書いたのは脳幹出血で顔面を含む両側の片麻痺・気切・胃瘻が、左眼のウインクと小さく首振りでyes-noを何とか意思表示できる方です。見当識障害はかなりあるのですが、簡単な計算などは可能です。こういう症例は、成年後見制度とは縁がないものと思っていました。

しかし、裁判所の調査官のお話ではそうではないそうです。確かに上記注意書きの中にも精神障害者”等”とありますし、「判断能力は十分ある者は対象から除かれます」ということですから、脳血管障害やその他の中枢神経疾患による器質性精神病で判断能力が低下していれば、この制度の対象になるのでしょう。

私が外来や訪問診療で担当している患者さんの中には、脳血管障害やその他の中枢神経疾患による器質性精神病で判断能力が低下している方がたくさんいます。今後は、この方たちにも成年後見制度の利用が増えてくるのかも知れません。

そういった方の年金を実際に金融機関に引き出しに行ったり、それを生活費や医療・介護料金として支払うのは介護者が大部分ですが、委任状を患者さんから受け取って代行しているわけではないし、またそもそも患者さんは委任状を書くこともできないわけです。金融機関での本人確認もこのところうるさくなってきていますから、キャッシュカードでお金を引き出すことはできても、それ以外の金融機関との取引は成年後見制度を利用しておかないと、そもそも本人確認の段階でアウトになってしまいそう。

また、高度障害と言うことで生命保険の保険金を受け取り、成年後見制度を利用しないで、本人だけではなく家族の生活費としても消費しているような場合には、業務上横領にあたるとの調査官のお話でした。

鑑定書を書くのはかなり面倒くさいのですが、医療機関でもこの制度の周知に協力しなければいけなくなってきているなという感想を持ちました。

2007年11月12日月曜日

PowerBook G4からMacBook Proへ ハード編

MacBook Pro購入してから、一ヶ月ほどがたちました。PBG4と比較すると、解像度が高いだけに液晶ディスプレイがくっきりしている点にまず気付きます。でも、ハード的には他にも出来具合に違いがあります。

これはうちのPBG4だけなのかもしれませんが、持つと少したわむ印象でした。特に手がバッテリーの部分をつかんで持つとそんな感じでした。バッテリーの交換をした時にはバッテリーの奥に畳んだ厚紙を入れてへこまないように工夫しなければならなかったし。それに比較して、MBPは筐体がとてもしっかりしている感じです。チタンよりアルミの方がしっかりとしているように感じるのは、厚めのアルミ板を使っているのでしょうか。

ただ、PBG4がタフでないかというとそんなことはありません。うちのPBG4は一度落っことしてしまって、左奥の角が欠けています。写真ではパイロッランプが2個並んでいますが、その右側の縦の黒いものは、角が欠けてむき出しになったチタン筐体の断面なのです。チタンの表面は銀色ぴかぴかですが、割ると内部は黒いんです。筐体が欠けるほどの落下事故の後も、液晶・HDD含めて特に何のトラブルもなく、今でもふつうに使用可能ですので、PBG4はかなりタフなノートPCと言えます。
本体は丈夫なPBG4ですが、6年半の間に一回もトラブルがないかというとそうではなく、電源アダプタ付きのコードが2回使えなくなり、買い換えました。その点、MBPのMagSafe電源アダプタは安心かな。

それと、PBG4で華奢に感じたのはポートです。電源アダプタを差し込むところはもちろん、FireWireやLANケーブルの抜き差しの際に筐体と基盤のずれそうな感触がありました。MBPはこの点もしっかりしているみたいで満足。

PBG4の操作で実際にずれて困ったのはリセットボタンです。しょっちゅう使うものではないけれども、OS9だと時々お世話にならざるを得ませんでした。うちのPBG4はリセットボタンをボールペンの先で押し込むと、筐体に開けられてる穴とボタンがずれて戻ってこなかったりすることがあるので、リセットボタン操作には微妙なテクが必要でした。

MBPにはリセットボタンがついてないので、ボタンのもどらないことを心配する必要はないようです。AppleはMac OS Xがフリーズとは無縁と考えて、リセットボタンを用意してないのかな。

2007年11月11日日曜日

E233系

東京方面に出かける時は主に中央線を利用します。中央線には、昨年12月から新しくE233系が導入されましたが、一年経過して、もうほとんどがこの新型車両になっているようですね。昨日は行きも帰りもE233系だったし、途中ですれちがう電車も古い201系は見かけなかったような気がします。

E233系になってよかった点。
車両の幅が拡がったので車両の中を歩いて移動しやすくなっています。長くなる時はドア付近からロングシートの中央くらいまで移動したいものですが、その際両側に立っている人にぶつかりにくくなったのはいいですね。

あと、明らかに以前より騒音が減った気がします。走行中気付く一番大きな音はモーター音でした。ガタンゴトンというジョイント音もE233系ではほとんど気になりませんでした。ロングレールが採用されているからなのでしょうか。新しく高架になった下り線だけでなく、上り線でも比較的静かでした。低いところを走る上り線も以前とは違う場所に移設されているので、線路の質が良くなっているのかも。

南武線を利用しているとジョイント音が頻繁でしかもかなり大きく、とても耳障りです。JRさんにはこちらの方の改善も期待したいところです。

2007年11月10日土曜日

マンション火災

昨日、港区芝で7階建てのマンションの火事があり、屋上からヘリコプターで2人が救助されました。無事に避難できてよかった、よかった。個人的に、このニュースは他人事という気がしません。というのも、私もマンションに住んでいるからです。

うちは14階建ての12階にあるので、屋上は外階段ですぐだなと一瞬思いました。でもよく考えてみると、屋上って行ってみたことがないんですね。こんど晴れた日に、見学に行かなければ。

マンションって何となく燃えにくいものかなと思っていたんですが、調べてみると火事は結構あるし、死者もあるみたいです。火災報知器がついているので、火事になったらすぐに外階段で逃げられそうな気もしていました。でも、階段を利用しにくい障害を持っている人のことを考えると、エレベータがつかえない時の避難は問題ですね。一昨年まで寝たきりで要介護5の母親がうちにいましたが、もし火事になったら背負って屋上に連れて行かなければならなかったのかも知れません。

2007年11月9日金曜日

東国と西国

「開国を契機として、先進的で、綿によって代表される西日本の農村工業の少なからぬ部分は挫折の途をたどり、それとは対照的に、後進地域であり、
生糸によって特徴付けられる東日本では農村工業化のいっそうの進展が見られた」

これは、昨日ふれたプロト工業化の時代の中の一節で、同書の立論からは枝葉末節にあたる記述ですが、つい妄想をふくらませてしまいます。

明治初年の産出高統計である府県物産表によれば、単位面積あたりの農産加工品産出高は、開港以来の生糸の輸出を反映して東日本と西日本の差があまり目立たなくなっています。しかし、単位面積あたりの穀物産出高は畿内をトップに西日本が東日本よりもかなり高くなっています。開港以前には、西日本の綿業も健在であったわけですから、穀物生産+農産加工の合計ではさらに東日本と西日本との差が大きかったはずです。この格差の解消は東北・北海道が米どころとなる第二次大戦後のことになるのだろうと思います。

畿内が先進地で東国は後進地域という印象が強いのですが、この西国と東国の農業生産性の格差は、弥生時代以来続いてきたものなのでしょう(米以外の農業生産や非農業生産を加味したり、一人あたりの生産高を考えれば大きな差はなかったりするのかな?)

でも、こうした格差が2000年近くも持続したのだとしたら、その原因はなぜなのでしょう。前近代の農業技術では、気候・風土の違いを克服できなかったからか、技術は大陸から・西から伝播するからなのか。また、東と西の語る日本史(網野善彦著 そしえて 1982年)や東日本と西日本(大野晋・宮本常一他著 日本エディタースクール出版部 1981年)などを読むと、西日本と、「鳥が鳴くあづまの国」と呼ばれた東日本が、その後別々の国になっていってもおかしくない感じがして興味深いのですが、こういった民俗・民族学的な違いも影響しているのでしょうか。

このへんの疑問を解消してくれるような、東国西国の比較経済史研究の出現を期待したいものです。

2007年11月8日木曜日

プロト工業化の時代  西欧と日本の比較史

斉藤修著  日本評論社  税込み3885円  1985年10月発行

いろいろな本のリファレンスでこの本のタイトルを見かけるのですが、実際に書店にこの本が置いてあるのを見たことがありませんでした。20年以上前に出版されたもの(今回買ったのは1997年の第6刷)なので、もうとうに品切れになっているのかと思ってネットで探すこともしないでいたのですが、先日ジュンク堂に行った時に偶然見かけたので、買ってきました。

本書は二つの部分に分かれていて、プロト工業化論の紹介と、前半ではヨーロッパの事例が、また後半では日本にも妥当するものなのかどうかの検討がなされています。

プロト工業化論は、フランドルの地域研究から導かれたものです。第一に、域外への輸出を目的とした農村工業の立地について、農村工業は穀物生産に不利な地域に分布していたこと、隣接する主穀生産地域では資本主義的農業の発展が促されたことが示されます。第二に、農村工業発展の経済・社会への影響として結婚年齢の低下がみられ、人口増加がもたらされて、その人口増加は供給価格の低い労働をもたらすことで、その地域でのさらなる農村工業の発展につながることが示されます。筆者はこれを人口学的な農民分解論と表現していますが、言い得て妙です。

フランドル以外のヨーロッパで農村工業が見られる地域、チューリッヒ州、ザクセン、アイルランド・コノートなどの事例について、プロト工業化論が検討され、必ずしも18世紀ヨーロッパの経済変化と人工成長に対する一般モデルたり得ないと結論されています。プロト工業化論が当てはまらない理由は地域ごとに、市場経済化の程度、農村工業に従事する者の性別分業などがあげられています。

日本でも開港以前、西日本では綿業、東日本では絹業を中心とした域外流通を目的とした農村工業が後半にみられたことが知られています。この日本の状況にプロト工業化論があてはまるかどうかを検討したのが後半です。

旧国より大きな単位での分析ですが、日本での人口成長は農村工業の盛んな地域で特に高いと言うことはなく、穀物生産が人口成長の主要因であったことが示され、この点がプロト工業化論とは違う結果です。その理由としては、繊維産業である農村工業に従事したのが主に女性であったこと、またもともと西欧に比較して女性の初婚年齢が低く、この時期に西欧とは違って初婚年齢の上昇がみとめられたことが指摘されています。

プロト工業化論は結局フランドル以外では必ずしもあてはまらない場合も多いようです。しかし、近代の人口増加の端緒を説明してくれる点や、人口と経済の相互関係の指摘などはとても勉強になりました。

2007年11月7日水曜日

カラスの爆撃

「彼もまた、この戦争で爆弾や砲弾のつくりあげた穴に関して独特な理解に達した多くの者たちの一人だった。経験則からいえば、同じ場所に二度着弾することはありえない。大地に生じた無惨なその傷跡は、場合によっては絶対の安全を保証することがある。」路上にこんな跡を見ることがあります。幸いなことに、まだ直撃を受けたことはありませんが、目の前数十センチのところを落下していくのを見て、一瞬歩みが止まってしまった経験があります。

本物の爆撃の場合とは違って、カラスの爆撃の場合には同じ場所に集中していることが多いようで、一つあったらその場所は絶対の安全を保証されているどころか、とても危険な場所ということになります。路上の場合だと電線の下、おそらくカラスにとってお好みのとまりやすい電線があるのでしょう。また巣がつくられている大きな木の下も危険です。

ツバメが巣をつくっている軒下にも似た光景が見られますが、ツバメのものの方がもっと固い印象です。カラスの方が液体混じりで、地面にびしゃっと拡がっているように見えます。生ゴミばかり食べているので、下痢気味なんでしょうか。それとも、もしかすると種とは関係なく、巣にいるひなは水を飲むチャンスがないので水分の少ない糞を排泄し、自由に飛べる成鳥は水を飲めるので液体の部分の多い糞をするといったようなことになっているのかも知れません。

たくさん鳥の糞の見られる路面も、雨が降ると洗い流されてきれいになってしまいます。植物の生える地面に落ちたのなら、貴重な窒素やリンの肥料になるのでしょうが、アスファルトの上では何の役にも立たない訳で、何かもったいない感じ。

2007年11月5日月曜日

大連立

安倍首相辞任の時ほどではないけれど、昨日の小沢民主党代表辞任のニュースには驚きました。

大連立って時と状況によっては必要な時があるとは思います。第一院の選挙後に第一党と第二党の議席数が接近していて、どちらも院の過半数の支持を得られないような時など、今のドイツがそうですよね。

今年の参院選後でも、選挙結果をみて即座に安倍首相が退陣して、後継首相がすぐに大連立のアプローチをするとかだったら、もう少し理解できたかも知れません。でも、今のタイミングでの大連立ってのはどうも変な感じですし、ふつうの人の多くはそう感じるでしょう。小沢さんは、大連立構想が民主党の人たちや日本人の多くに歓迎されると思っていたのでしょうか。そんなにセンスのない人なのか、非常に疑問です。理解されないことは承知した上での確信犯的な行動だったのかな。

日本の政治の問題点の一つは、政権交代がないことだと私は思います。この点に関しては1960-70年代の社会党の頑迷さもその大きな一因でしょう。あの頃は、もしかすると近い将来に政権交代があるかもと予想されていた頃だったけれども、江田ビジョンを葬り去るなど結局チャンスを生かそうとはしなかったから。

ふたたび、政権交代が現実的にも思えてきた今日この頃、私は民主党支持者では全然ないけれども、日本が政権交代がふつうに行われる「ふつうの国」になるためにも、前車の轍を踏まぬようここは民主党にしっかりして欲しいものです。
しかし、この事件で一番ほっとしてるのは、あの守屋元防衛事務次官でしょうね。

2007年11月4日日曜日

Expert Mouse















自宅ではマウスではなくトラックボールを使っています。マウスだと、マウスパッドとか操作時のコードの動きとかが気になりますが、トラックボールだとその点が自由なので好きです。

今までに使ったトラックボールの中では、ケンジントンから出ていたターボマウスが一番良かった印象があります。最近は、近くのビックカメラで買ったマイクロソフトのトラックボールを使っていました。ビックカメラにはこれしかトラックボールが売ってなかったのです。

でも先日、猫のトラックボールルームというサイトを見つけてしまい、無性にケンジントンの新しいトラックボールのエキスパートマウス7が欲しくなってしまいました。エキスパートマウス7はターボマウスのデザインを継承していると言えるくらいよく似ているので。

早速ぐぐって、楽天市場のお店に注文。注文した翌日には配達されました。手書きのイラスト入りのニュースレターが同封されていたりして、きっとSOHOっぽいお店なのでしょう。Web通販のお店は結構SOHOが多いのかも。

さて、エキスパートマウス7ですが、黒いパームレストを本体の手前側に装着できるようになっているのが、一つの特徴です。でも自分としては上の写真のように斜めにしてつかうので、パームレストは外してタオルをたたんだモノを手首の下に敷いて使うことにしました。

エキスパートマウス7を使い始めてまだ3日目ですが、感想。大きなボールを採用しているだけあって、ボールのごろごろ感はとってもゴージャスです。ただ、ボタンクリックに必要な力が少なすぎるかな。ボールをごろごろさせてる時に間違ってクリックしがちです。

トラックボールって、マウスと比較すると機種によって形がすごく違うんです。なので、乗り換えたときに手が慣れるまでの時間がマウスよりずっと長くかかります。このあたりが、ポインティングデバイスとしてのトラックボールのシェアがかなり低い理由なんでしょうね。

2007年11月3日土曜日

自宅用iPodみたいなもの

スピーカーで聞くならCD音質の方がいいかなと思って、自宅で音楽を聴くときはふつうにCDをつかっています。外出時とは違ってクラシック(とはいってもclassical periodより以前のものが好き)やshuffleしないでアルバムとして聞きたい物などを中心に。

ただ、いちいちCDを交換しないでいいというiPodの特長にも捨てがたいものがあります。なので、SoundDock® PortableがBOSEから新発売ですがこういうのも便利そうだなと感じてしまいます。

でも、ある程度しっかりしたスピーカーなら、CDレベルの音楽を楽しめるiPodがあってもいいなあと。ハードディスクの容量がどんどん大きくなってきていますから、CDの音楽を圧縮しないでそのまま記録して、CDを探したり交換したりする手間を省いた自宅用iPod。アップルからは絶対に出そうにないけど。

調べてみると、ソニーから出てるハードディスクオーディオレコーダーが、そんな感じの製品のようです。今年発売された製品ですが、これまでこういうコンセプトのモノってなかったんですね。MacとiTunesにも対応しているならいいのですが、ソニーだからどうなんだろう。今後、この分野の製品はすごく進歩しそうですし、他社からも出るのを待つかな。

2007年11月2日金曜日

かぜ、続き

かぜにかかっても、医療機関への受診やかぜクスリは必らずしも必要ではないと昨日書きました。このことは多くの人が理解していることのようです。

高齢者の場合、もともと高血圧症などの慢性疾患で医療機関に通院している人も多く、かぜにかかったかなと思った際に受診する人が少なくありません。高齢者の方が、かぜと似た症状でもかぜ以外の重篤な疾患にかかっている可能性が高いので、これは望ましいことです。

若い人(若い人というのは高齢者でない人ということ)の場合には、かぜにかかったかなと思っても、医療機関を受診しない人の方がずっと多いのだろうと思います。仕事を休んで医療機関にかかるのは難しいので、OTCのかぜグスリで済ませたり、OTCもつかわずに症状をやり過ごす人もいるでしょう。

ヒトは年に数回かぜにかかるものなのだそうです。一カ所で何年も診療を続けていると、若い人の中にも毎年のように年に複数回かぜで受診する人たちがいることに気付きます。そういった、かぜで受診する回数の多い人には二つのタイプがあるのではと日ごろ思っています。

第一のタイプは、比較的軽い症状でもきちんと受診する人たちです。どのくらいの症状があれば医療機関を受診するかという閾値みたいなものが、各個人によってかなり異なる訳で、その閾値が低い人たちがこの第一のタイプになるわけでしょう。健康に対する意識が高い人や、健康状態が気になってしょうがない人など、そういった各個人の健康に対する考え方の指標として、かぜでの受診回数を使えるんじゃないかとも思います。

第二のタイプは、38度近く発熱するなど、比較的しっかりした症状がかぜのたびに出現して、かぜでの受診回数が多くなる人たちです。かぜ引くたびに発熱する・発熱しやすいタイプの人とも言えます。
私自身はほとんど発熱することがありません。かぜの人と接する機会はふつうのひとより多いわけですから、かぜには人並みの頻度でかかっているはずですが、37.5度以上の発熱は1997年冬以来経験していません。こんな風に、かぜで発熱しやすい人としにくい人が存在するのだと思います。

ウイルス感染であるかぜでの発熱は、感染により免疫細胞からの産生が促されるサイトカインという物質の作用によるものです。サイトカインは炎症反応を惹起して感染を排除する作用を持っていて、かぜがself-limitedであるのはこういった作用のおかげです。


ここから先は、妄想モード。
数年前から新型インフルエンザが話題になっています。新型インフルエンザウイルスが出現すると、世界的な感染・パンデミックを起こすことが予想されます。

20世紀初めの新型インフルエンザのパンデミックであるスペインかぜの際には死亡率が高かったこと、特に青壮年の死亡率が高かったことからが知られています。本来頑健なはずの青壮年に死者が多かった理由として、このインフルエンザウイルスの感染に際してはサイトカインの分泌が亢進して、サイトカインストームという免疫反応・炎症反応の暴走がおきて肺など各種臓器が傷害されたことが想定されています。

かぜ症候群のような軽度のウイルス感染に際して発熱しやすい人は、サイトカインストームをおこしやすいというようなことはあるのでしょうか?ここ数年のうちに正解が判明するのかも知れません。

2007年11月1日木曜日

かぜ

朝晩かなり涼しくなり、かぜで受診する方が増えてきています。

かぜのことを医学の教科書ではかぜ症候群と呼びます。かぜ症候群は、主にウイルスの感染で起きる急性の上気道の炎症性疾患(*1)です。鼻汁・咽頭痛・発熱・咳などの呼吸器症状を呈しますが、基本的にはself-imited(*2)な疾患です。self-lmitedな疾患ということは、必ずしも治療には薬剤の投与を必要としないということでもあります。

「かぜ薬」というものが薬局で市販(*3)されています。かぜ症候群の原因となるウイルスに効果のある薬剤はありませんから、かぜ薬はかぜ症候群を治すクスリではありません。かぜ薬は、かぜ症候群の際に現れる鼻汁・咽頭痛・発熱・咳などの症状を軽減してくれる、対症療法のためのクスリなのです。総合感冒薬では、鼻汁を押さえる抗ヒスタミン剤・痛みを押さえたり熱を下げる解熱剤・咳を押さえる鎮咳剤などの薬効成分が配合されています。

かぜで医療機関を受診すると、医師の診察を受けてから薬剤を処方されることになります。医師はその患者さんの症状に合わせて、薬剤を選択します。例えば、咳のほとんど出ない人には鎮咳剤は不要でしょうし、発熱が軽度でそれほどつらくなければ解熱剤も不要になります。市販の総合感冒薬ではまとめて配合されているから不要な成分を取り除いて服用することができませんが、処方薬はテイラーメイドな訳です。ただし、医療機関で処方されるクスリの場合、一つの錠剤・カプセルの中に一種類の薬効成分だけが入っていることが普通なので、複数の症状を軽減するために2剤以上のクスリが処方されることが多いと思います。

かぜにかかったら、医療機関を受診すべきかどうか。かぜ症候群は上記のようにself-limitedな疾患ですから、必ずしも受診の必要はないのだと思います。ただし、かぜだと思っていたのに実は肺結核や肺炎などといった別の疾患だったりすることもありますから、症状が長引くときや症状がいつもより重いと感じた際には受診すべきでしょう。

また、かぜにクスリが必要かというと、必ずしもクスリが必要とはいえないと思います。かぜ薬は対症療法のための薬剤ですから、その症状がそれほどつらくなければクスリで押さえる必要はないのです。特に発熱や咳と言った症状は、体がかぜを治すために役に立ってもいるのですから。


*1 医師は「病気」のことを疾患と呼びます
*2 自然に治癒する傾向がある、自分の力で治るという意味
*3 市販薬のことをOTCとも呼びます。また、外来では「市販」を「しばい」と読む方がとても多いことに気付かされます

2007年10月31日水曜日

シャワーの水栓

以前は何も感じなかったのに、最近になって何となく不便を覚えることが増えてきてます。例えば、このシャワーの水栓。下の方にでっぱりがあって、一見これで十分のようです。でもシャンプーなんかのついてる手でこれを廻そうとすると、かなり滑るんで困ってました。

そこで、買い物で包装に使ってあったちょっと太めの緑の輪ゴムを巻いてみました。ばっちりです。石けんやシャンプー中にも滑らなくなりました。きっと、同じような役割をさせる道具が100円ショップなどでも売っているのでしょうが、無料で済んでグーです。

私がこれに不便をかじるようになったのは、老人力がつき始めてきたせいなんだろうと思います。年はとりたくないけれど、以前は気にならなかったことに気付くようになったと考えれば、必ずしも悪いいこととはいえないのかも知れません。

ともあれ、私より高齢な人は世の中にいっぱいいるわけで、バリアフリーへのさらなる配慮がメーカーさんには必要ですね。

2007年10月30日火曜日

アルバムアートワーク

カバーフローがさびしい件ですが、その後ネットで調べてみたら、iTunesをつかってアップルのサーバーからアルバムのイメージをダウンロードすることができるとのことです。

iTunesからミュージックを選択し、曲の名前がずらっとリストされたところで、⌘+Aですべてを選択。そしてコントロール+クリックでコンテキストメニューを出すと、「アルバムアートワークを入手」という項目があるので、そこを選びます。早速ダウンロードが始まりました。

iPodを同期してみてみると、たしかに以前よりはアルバムのイメージの数が増えていました。しかし♫のままな曲もかなり残ってます。アルバムアートワークがアップル社のデータベースにないのはどんな曲かと見てみると、ベスト盤からリッピングした曲はだめなもの多いようです。

あと、当たり前の話かも知れませんが、ソニーからCDを出しているミュージシャンもだめ。BARBEE BOYSはお気に入りのグループで8枚もアルバム入れてあるのに、♫のまま。正規にCD買ってるんだから、このへんはソニーさんに早く何とかしてほしいところです。

2007年10月29日月曜日

iPodの音の大きさ

昨日に続いてiPodのお話。

CDから取り込んだ曲をiPodで聞くときに感じるのですが、曲によって音の大きさがすごく違うんですね。一般的な傾向として古いCDの方が音量が小さいようです。ミュージシャンごとに違うのかというとそうでもないようで、長いことCDを出し続けているユーミンなどでは昔のアルバムと比較的最近の曲とでははっきり違います。松任谷由実時代の曲を電車の中で普通のボリュームで聴いていると、荒井由美の頃の「私のフランソワーズ」とか「ひこうき雲」なんかは走行音に紛れてほとんど聞こえないっていうくらい違うのです。

iPodの設定の中の「音量の自動調節」をオンにしてみてもあまり改善しない感じだし、歩きながらiPodで聞いていることが多いこともあって、ボリュームを調節する機能のついてるヘッドフォンをつかってみるのは面倒そうだし、どういうものかなと疑問に思っていました。

調べてみると、「超入門!音楽業界のしくみ」っていうサイトの音圧を出すってところに「音を大きくして、有線やラジオ、コンビニなどで流れた時に、耳に残るようにするためです。現在の音楽業界では、このマスタリングでむりやり音圧を上げる傾向があります」との記載が。こういう理由があったんですね。

iPodの中には、iTMSからダウンロードした曲は少しで、ほとんどはCDからリッピングした曲です。この状態だとカバーフローがすごくさびしいんですね。iTunesはCDをリッピングする際にタイトルやアーティスト名をDBから自動的に探してきてくれますが、ジャケットも同じように手に入るようにはならないんでしょうか。

2007年10月28日日曜日

オリジナルのiPod

今月初めにPBG4からMacBook Proに乗り換えたのを機に、iPod classicを使い始めることとなり、6年間のお役目を終えて初代のiPodは引退することとなりました。我が家の初代と2台目のiPodの違いなど気付いた点をまとめてみます。

2001年の10月下旬に発売された初代のiPod。私はそれまで歩きながら外で音楽を聴く習慣はなかったのですが、見た瞬間に「これだ」っていう感触を覚え、その年の11月にアップルストアのサイトから買いました。4万7800円とかなり高価だったし最初はMacユーザーだけに向けた商品だったので、初めはあの白いイヤフォンをつけている人をほとんどみかけませんでした。正月に実家で妹と会った時に妹も同じiPodを持っていたので、やるなって感じたくらいです。

クリスマスシーズンにむけての発売だったということもあるのでしょうが、写真のようにオリジナルiPodのパッケージはとても凝ったもので、使い始める前からわくわくさせてくれました。iPod classicのパッケージは黒くてしゃれた外装だけど、結局は単なる箱なわけで、当時とのアップルの意気込みの違いが感じられます。また、ボックスの表示を見ると台湾製です。今は中国製ですね。

オリジナルのiPodで驚いたことの一つは電源専用のケーブルがないことでした。もちろん電気がないと動かないのですが、FireWireケーブルで接続すると自動的に充電もされるようになっていました。パソコンの周辺機器では当たり前かも知れませんが、オーディオ機器としてはとっても斬新に感じたわけです。Mac以外のPCとの接続を考えてか、iPod classicでFireWireがUSBになっていましたが、発想は同じですね。

あの白いイヤフォンのデザインは変化がないのかな。風があったりコードが引っかかったりすると耳からはずれやすいし、音がしゃかしゃかした感じなので、私は別に耳たぶをはさむかたちのヘッドフォンを別に買って使っています。また、オリジナルiPodのホイールは実際にぐるぐる回転させるものでした。PowerBookのトラックボールがトラックパッドに進化したように、ホイールは機械式でないものに変わっていて、iPod classicを最初手にしたときにはびっくりしました。

オリジナルのiPodは丈夫でした。落としてしまったことも何度かあったり、表面に小さなすり傷はたくさんついたけれど、一度も故障せずに6年間元気に働いてくれました。iPod classicを買うときにはお店の人にAppleCareも一緒に買うようにかなり薦められたのですが、今時のiPodは故障しやすいんでしょうかね。iPodに着せる服もたくさんお店に売ってたけど、みなさん表面に傷がつくのはいやなのかな。

オリジナルiPodの発売時にはiTMSはなかったのですが、iTunesはもちろんありました。一枚一枚CDから曲を取り込むのですが、当時はアーティストや曲の名前などの情報は自分で入力したんです。今はリッピングの時にDBからそういった情報を探しだしてくれるから簡単で、この点はiTunesの進化に感動させられました。

iTMSはiPod classicに乗り換えてから利用し始めました。もう新譜をおいかけてCDを購入する年齢でもないので、iTMSはとても手軽でいいですね。できれば20世紀の曲をもっと充実させてほしいとの、早くソニーでCD出してるミュージシャンの曲も買えるようになってほしいものです。

2007年10月27日土曜日

10月下旬の台風

台風20号の接近で昨日から雨が降っています。外に出ると、風は気にならない程度しか吹いていないので静かな雨ですが、上着がほしい気温です。こんなに涼しくなっても、南の海上は暖かいんでしょうか、台風が発生するくらいだから。

路上で近くを見ても霧が出てるようには見えないけれど、ベランダから眺めるとぼんやりとかすんでいて、遠くの建物や丘は雲の中に消えてゆくように見えます。視界5キロメートルくらいでしょうか、飛行機で雲の中を飛んでいる時のような雰囲気です。

2007年10月26日金曜日

フィンランド軍入門

齋木伸生著  イカロス出版  税込み2800円 2007年8月発行

ソ連との冬戦争でのフィンランドの健闘には以前から興味があり、読んでみました。グスタフ・アドルフのスウェーデン軍にフィンランド人の部隊があった話から、日露戦争・第一次世界大戦でのマンネルヘイムの活躍、ロシア革命・フィンランド独立時の内戦、そして冬戦争・第二次世界大戦、大戦後といった流れが簡潔にわかりやすく記載してあります。また、ミリタリー選書と銘打ったシリーズの一冊であるだけに、軍艦・戦闘機から軍服・水筒にいたるまでのフィンランド軍の装備や階級章・博物館などについて幅広く記載があります。

フィンランド軍が冬戦争でのソ連からの鹵獲兵器を使用していたことは知っていましたが、継続戦争中にはフランス・ソ連からドイツが鹵獲した兵器を購入までして使用していたとの記載があり、自国ですべての兵器を製造できない点を補う工夫に感心しました。

冬戦争ではマンネルヘイム線を突破された時点で、冷静に譲歩してソ連と講和し独立が保てました。また、継続戦争ではドイツと組んでソ連と戦い、その後ドイツの戦況が悪化するとソ連と講和してドイツと戦うことになった訳ですが、同様の経過をたどったイタリアとは対照的に、このラップランド戦争では傀儡国家がつくられることもなく、戦闘を国土の北辺にうまく限局させています。また、戦後にはフィンランド化などと揶揄されることはあったものの、東欧諸国などとはレベルの違う独立が保たれました。この難局の連続した時代に、状況を冷静に洞察して国の行く道を誤らせなかったマンネルヘイムという人の能力には、感銘を覚えます。

ふりかえって我が祖国はどうか。ロシア・中国・韓国との領土問題や北朝鮮との拉致問題での対応をみると、政治家のレベルの違いなのか、マスコミ・国民の問題なのか。暗澹とさせられます。

2007年10月25日木曜日

棕櫚

往診に行っていた頃、ある程度の敷地を持った元・現農家のお宅には必ず棕櫚の木が植わっていることに気づき、これがどうしてなのか不思議に思っていました。

その後、木の語る中世(朝日選書664)を読んだところ、洛中洛外図屏風や平安時代の年中行事絵巻などから大寺社の社前に棕櫚が植えられていたことや、15世紀には紀伊国に棕櫚の自生地があったことが古文書から確認でき、江戸時代にはシュロ縄づくりが産業になっていたことなど、宝前の棕櫚というコラムにまとめられていました。古くから社前に植えられたくらいの木ですから、ありがたい木ということで一般の家の敷地にも植えられるようになったのかなとも思っていました。

同じ疑問を抱いた人は私以外にもいるようで、Hatena :: Questionに「棕櫚(しゅろ)の木ブームは、どのように起きたのでしょうか?住宅街を歩くと、どんなショボイうちでも、棕櫚の木が植えてあるうちがタクサンあります。いつごろ、どうして、この「棕櫚の木ブーム」は起きたのでしょうか? また、それを解説してある本・サイトなどはあるでしょうか?」という質問がありました。棕櫚の木ブームっていうのは聞いたことがないけれど、本当にあったのかな。でも、抱いてる疑問は私と同じようです。 

これに対する回答が、和歌山県の棕櫚産業について説明したサイトを示して、「戦時下の影響で栽培数が増え、物品の製造と関連性がなくなった後にも特に伐採されずに徐々に定着していったものだと思われます。ですから、比較的新しい民家には棕櫚を植えている姿を見かけません。」としています。

前記の本ともあわせて、和歌山県の棕櫚産業が江戸時代以来続いてきてることがわかってとても興味深く読みました。でも、東京のこの近辺の農家でも棕櫚製品またはその材料を出荷していたかという点に関しては少し疑問が残るところです。もしかすると、シュロ縄など自家用に作るための材料として棕櫚の木を植えてあったということなのかも知れません。

ただ、実際の理由はもっと別のところにもあるのかも。上の写真は歩道の植え込みの中に生えてきた棕櫚の木が伐られてしまった様子です。実は棕櫚って、農家の敷地以外のいろいろな場所にありますよね。鉄道の線路際の敷地や校庭や公園などなど。そのすべてが人によって植えられたわけではなく、鳥が実を食べて種子を運んだケースも多いのだろうと思います。この歩道の植え込みの棕櫚もきっとそうでしょう。だから、ある程度以上の広さの敷地には自然と生えてきてしまうのかも知れません。

それにしても、同じ高さのふつうの木に較べると葉の量がとても少なく思える棕櫚の木ですが、競争にうちかつ秘密は何なんでしょう、これも気になります。

2007年10月24日水曜日

ブロッコリー

通勤で歩く道ばたにある畑。一ヶ月くらい前に何か植えられ、葉っぱが2-3枚になるとアブラナ科の野菜だなと判明。そのうちにキャベツよりももっとしっかりした大きな葉が何枚も出てきて、ブロッコリーだった。株によって蕾をつける時期に早い遅いがあるようで、まだ蕾のつき始めている株はほんの少し。この写真のブロッコリーもまだピンポン球大で、食べるにはもうしばらく時間がかかりそう。

ブロッコリーとカリフラワーを比べると、ブロッコリーの方が好き。お湯でゆでると甘みが出るのでそのまま食べてもいいし、また他の温野菜といっしょにドレッシングで食べるのもおいしい。東京で露地栽培しているのは冬にかけてのようだけど、夏でも北海道産や輸入品があるので入手しやすい。カリフラワーはちょっと硬めな印象があり、自分で使うとしたら煮込む料理になっちゃうので、冬しか買わないかな。

野菜を考えてみると、葉付き大根とか小松菜のように畑に植わってる植物としての姿と八百屋さんで売っている商品の姿がそれほど違わないものがある一方、このブロッコリーや果菜類のように畑に植わっている植物の一部しか商品として店頭に並ばないものもある。蕪なんかは葉付きのまま売っていることが多いし、茎も葉も食べられる優等生の野菜。

それに対してブロッコリーの場合、茎の元にちっちゃな葉っぱがついてることはあっても、光合成の主力となっているあの大きな葉っぱがついたまま売られているのを目にしたことはない。ブロッコリーの株は膝上くらいまである大きな植物だが、そのほんの一部しか人間の口には入らないわけで、残りがどうなってしまうのか気になっている。飼料や肥料の原料として有効利用されているのか、それとも収穫が終わった後は集めてゴミになるのだろうか。

2007年10月22日月曜日

武士から王へ  お上の物語

本郷和人著  筑摩書房(ちくま新書)  税込み756円  2007年10月発行

権門体制論を批判する東国国家論を継承する二つの王権論、理論としては未熟であるが、これを出発点として内実を構築していけば、汎用性の高い中世国家像を指し示すことができるのではないか、という壮大な構想の下に書かれた本書。私の感想はどうかといえば、がっかりです。

黒田氏の「日本中世の国家と宗教」も佐藤氏の「日本の中世国家」もともに読み進むうちに、その論の展開に引き込まれてしまった記憶があります。人を納得させる魅力的な筋立てが二人の著書にはありました。しかし、本書にはエピソードの提示はありますが、それが二つの王権論にどうつながるのか非専門家の私にまで分かりやすく提示されているとはいえませんし、権門体制論へ批判にもなっていないと思います。私も東京生まれ東京育ちですので、東国国家論・二つの王権論を魅力的に感じるのですが。

・「実力主義」「現実が先行する」
   なぜ、武士の中から将軍が出現せずに、頼朝が将軍になったの?
・ 「武力に拠って立つ鎌倉と平泉の王権は、性質が似通うために併存することができず」
   東国と朝廷は相互補完しながら併存したということになるのでは
・「初め、武士たちは統治権を効率よく行使することができなかった」
   簡単な漢字しか書けず仮名文字の日記を残したことが、その根拠になるの?
・「彼らの長たる将軍は、あくまでも武人として出発した」
   初代の将軍源頼朝は武人なの?武人の定義って?
・「永仁の徳政令。従来の研究は、かくも不条理な法令がどうして成立し得たのか、社会に受け入れられたのか、と問うた。そうではない。この法令はただに理不尽であり、身勝手なのである」
   御家人救済のために別の方法ではなくなぜこの方法がとられたのかを問う研究は非常に重要なのでは

 などなど、新書として発行されているが私のような非専門家には不思議に感じる点が少なくありません

152ページにある室町王権の限界は重要な指摘だと思います。日本列島(主に本州と四国と九州)の広さが統治効率に与える影響、その歴史的変遷みたいな分析はどなたかに期待したいものです。

2007年10月21日日曜日

ニッポンの素 ルポ「今」を支える素材産業

 武田 徹著  新宿書房  税込み3990円  2005年2月発行

鉄・アルミ・絹・化学繊維などさまざまな素材の歴史と現在を、主に生産者を中心に現場を訪ねて、聞き書きしたものです。もとは雑誌グッズプレス(徳間書店刊)に連載していたルポを一冊にまとめたものだそうです。

グッズプレスという雑誌がどういうものか知らなかったので、ぐぐってみるとカタログ雑誌のようです。表紙からはかなりこてこて物欲系の雰囲気が漂っていて、書店でこの表紙を見るだけで私はまず絶対手に取らない感じです。そういう意味ではこいう連載を一冊にまとめた本って重要ですね。

日常生活ではさまざまな工業製品に囲まれて生きていますが、あらためてその素材にまで思いを及ばすことはまずありません。たとえば、先月までPBG4をメインに使っていました。このPBG4は高価なチタン製のケースに入っていた点が発売時には話題になったものですが、しかしなぜ高価なのかまでは知りませんでした。今回この本で、チタンの精錬ではわざわざ塩素と化合させてからマグネシウムで還元するということを知り、納得できた次第です。

個人的には経済史・産業史に対して興味もあり、素材産業の過去(近世・近代)に関する本はそれなりの数読んできました。しかしそれら産業の現状がどうなっているのに関しては知らないことも多く、興味をもたせる役割を果たしてくれる、しかも気軽に読める本として良かったと思います。

新宿書房さんの出版物を買ったのは今回が初めて。というか、これまでにお目にかかった記憶のない出版社さんでした。

2007年10月20日土曜日

彼岸花

毎日歩いているみなれた風景の中に、その真っ赤な花を見かけると秋を実感する。細い緑の花茎が成長している間はちっともその存在に気づかず、開花が突然のように感じられる花だからなおさらだ。ふつう目にするのは赤い花だが、今年は府中市内で初めて白いヒガンバナを見ることもできた。

花のある時には葉のないヒガンバナ、一ヶ月たってどうなっているか見てみると御覧の通り、短めの葉が生えそろい、花茎の方は枯れかけている。花はもともと種子をつくるために咲くはずのものだが、その種子に栄養を供給する葉が生えそろう時期に花茎が枯れてしまうのは不思議な感じがする。日本にあるヒガンバナは3倍体で種子ができないとのことだが、不稔の花には栄養が送られないようにするためにわざと花茎を枯らしてしまうのだろうか。

種子のできない日本のヒガンバナは球根で分布を広げるとのこと。田んぼのあぜ道などに植わっている光景はとてもリーズナブル。Wikipeiaによると、水田の畦に多いのはネズミ、モグラ、虫などがその鱗茎の毒を嫌って避ける(忌避)ように人手によって植えられものが多い、とのこと。

でも街の中でもいろいろなところで目にする。この写真は歩道の街路樹(サクラ)の根元。また公園の植え込みの中だとか中学校の敷地のすみっこなんかで見かけたこともある。小動物を忌避するために植えられたとも思えず、その花を愛好する人がそっと球根を植えて広めているのかも知れない。

2007年10月19日金曜日

コンビニのおにぎり

お昼にコンビニのおにぎりを食べることがよくある。あの両側から包装のフィルムをひっぱる海苔パリパリのおにぎりも悪くはないけれど、海苔がじかに巻いてあるおにぎりの方が落ち着く。フィルムを引っ張るのに失敗してご飯がふたつに分かれちゃったり、海苔がちぎれたりする心配もないし。

また、いろいろな具のおにぎりがあるけれど、やはりタラコやしゃけといった定番が好み。運悪く、マヨネーズとか焼き肉とかツナとかいった色物しか棚に残ってなかったりするとがっかりしてしまう。このへんの好みは年齢の影響なのだと思う。

しゃけのおにぎりはどこのコンビニにもあるから、セブンイレブン、ファミリーマートなどいくつか食べ比べてもみた。その中で一番のおすすめは、ローソンの新潟コシヒカリおにぎり・焼き鮭ハラミ。海苔直まきのおにぎりで、適度に脂ののったしゃけの塩味がほどほどで、焼き鮭といから焼いてあるのだろうけどしっとりしたしゃけの食感がなかなかのもの。お昼はだいたいこれ一つと飲み物で済んでしまう。おなかが空いてて2個食べたい気分の時には、海苔パリパリ系の辛子高菜とのコンビを買う。

今日ローソンに行ってみると見ると、期間限定商品として新潟コシヒカリおにぎり・伊達の銀鮭というのが売られていたの。具が宮城県産のブランド銀鮭「伊達のぎん」なのだそうだ。早速、購入して食べてみると、ごはんは定番のの新潟コシヒカリおにぎりと同じ感触で良いのだが、具のしゃけの味が微妙に濃い感じ。自分的には定番の焼き鮭ハラミのほうがいい。新潟コシヒカリおにぎり・焼き鮭ハラミが末永く販売されんことを。

2007年10月18日木曜日

銀杏

私の通った中学と高校の敷地には、校舎に沿ってイチョウの大木がたくさん植えられていた。私の在学中に3階建ての校舎よりも高い樹だったから、戦前に植えられたものだったのだろう。大学の敷地にもやはりイチョウの樹はたくさんあり、キャンパス内の道の街路樹の役割も果たしていた。秋になると銀杏が足下のそこここに見られ、近所の人が銀杏拾いに来ていたものだった。

今年は9月に9号台風が関東を襲い、台風の通過後に街を歩くと路上にかなりの銀杏が落ちているのを見かけた。しかし、全部が落ちてしまったわけではなく、やはりこの季節になると歩道に街路樹から落ちた銀杏の皮の踏み跡をみかける。銀杏そのものを見かけることは多くはないから、やはり拾い集める人がいるのだろう。自分で拾った経験はないが、街路樹産の銀杏をきれいに処理したものをもらうと、焼いてビールのつまみとしておいしくいただく。

イチョウの木には雌雄があって銀杏は雌株にしかできないが、雌株雄株の比はどれぐらいが自然なのだろう。幹の太さが一抱え以上もあるような古い大木の植わっている道路では、根元に銀杏の落ちてる木の比率が半分くらいはあるような気がする。それに対して直径20-30センチ程度の街路樹の道路では根元に銀杏を見かける比率はずっと低い印象。実生なら雄株雌株を区別して植えるのは困難だと思われるが、挿し木ならそれも可能だろうから、新しく作られた道路の街路樹では歩道に銀杏の皮が落ちるのを嫌がられて、雄株だけを植えるようにしているのかも知れない。ただ、そういう道路でも全く雌株がゼロではないのがちょっと不思議だが。

銀杏は黄色く色づいた落ち葉とともに落ちていた印象がある。しかし温暖化の影響か今日現在のイチョウの葉っぱはまだまだ緑色。

2007年10月17日水曜日

戦後日本の技術形成

 中岡哲朗編著 日本経済評論社 本体3200円 2002年2月発行

昨年、日本近代技術の形成(朝日選書)を読んでから、中岡哲朗さんの関わった本をたどっています。今年夏に出版された日本産業技術史事典(思文閣出版)も少しずつ項目を追って読んでいるのですが、その中のレファレンスにこの戦後日本の技術形成が出ていて、面白そうなので購入しました。

模倣か創造か、というサブタイトルがつけられていて、炭素繊維・液晶ディスプレイなど5つの事例(と、反面教師としてか戦中のレーダーの事例)についてまとめられています。高度成長期には外国の技術を導入して発展した企業が多々あると思いますが、ここでとりあげられているのは、どれも日本の企業が新しい対象に取り組んでその努力が実を結んだケースです。ただし、プロジェクトX的な扱いとはひと味もふた味も違います。必ずしも、辛抱する木に花が咲くとは限らないのです。

未来から振り返っている身の自分としてはついつい見落としがちな点ですが、研究開発はあらかじめ設定された目標への到達競争ではない、同一の効用を実現する方法には複数の選択肢がありそのどれが勝つかということは結果としてしかわからない、事前に予測できなかった事態が進路を左右することがある開発にかかる時間の不確実性、商品化に際しての市場の不確実性など、研究開発に内在する不確実性に関する指摘には納得させられました。

2007年10月15日月曜日

ブローデル歴史集成第3巻 日常の歴史



藤原書店 本体9500円 2007年9月刊

700ページを超える大冊で、前の二巻よりもかなり厚くなっています。しかも内容的には前の二巻よりも取っつきにくい感じです。というのも、フランスの歴史・歴史教育に関する文章や、書評、フランスなどの歴史家の追悼文などが多数含まれているからです。もともと晦渋な文章のブローデルですが、この第3巻に登場する歴史家で一冊でもその著作を読んだことのある人は数名しかいないので、ちと話についていきにくい状態でした。でも、方法的にも絶賛されるものかと思っていたグベールの歴史人口学序説に対する評価などは、そういう見方もあるのねと感心させられます。

ブローデルはブラジルの大学で教職に就いていたことがあるそうで、南米・ブラジルについての文章はおもしろく読めました。また、異端として始まり正統として評価されるようになるまでのアナール派の経緯などについての文章も含まれているのですが、とても興味深いものです。

2007年10月14日日曜日

ジュンク堂池袋本店に行ってみた

本を買う際、ふだんは自宅近くの書店で、また新たな発見を得たいときには新宿まで出かけることにしている。ほかの用事のついでに神田の三省堂や丸の内オアゾの丸善を利用することもあるが、本が目的の時には休日の特別快速の時刻にあわせて出かければお店まで45分ほどで到着する新宿に行くことが多い。しかし昨日は池袋まで足を伸ばしジュンク堂池袋本店に行ってみた。

ある本の参考文献に出ている本を読みたくなり探してみると、紀伊国屋やジュンク堂の新宿店にはなく、ジュンク堂の池袋本店に一冊だけ在庫があると表示された。そこで初めてのこのお店に行ってみることにした。

歴史の棚と産業の棚をさらっとのぞいてみただけだが、かなり充実した品揃えで、すぐに目的の本以外にも2冊を手にすることにした。じっくり見てしまうと荷物がさらに増えそうな気がしたので、ここで探索中止。またいつか来ようということで、レジを探す。フロアを一回りしたが、レジが見あたらない。張り紙がしてあって、レジはまとめて一階でするそうな。こういうシステムの書店は初めてなので、とまどった。備え付けのプラスチックのかごに3冊を入れて一階まで降り、無事にお会計まで終了。

利用してみての感想だが、あれだけの規模の書棚を充実させておくには、それなりにその分野をよく知った人がたくさん必要そうに思える。ただ単に、売れた本の代わりに同じ分野の新刊書を入れるなんてことをしていたら、もっとつまらない棚になってしまいそう。レジや各フロアにいる店員さんを見ると、若くてバイトなのかなと思える人ばかりだったが、品揃え担当の人が別にいるんでしょうか。POSシステムがあるから、書棚充実担当は店舗でなく本部にいるとかなのかな。

2007年10月13日土曜日

MacBook Proを持ち歩くバッグ

MacBook Pro17"が我が家に届いてからようやく一週間。新しいMacを買うのは2001年3月にPBG4を買って以来なので、6年半ぶりになる。PBG4はずっとMacOS9のまま使い続けていたので、OS Xを使うのは初めて。すべてが新しく、ようやく少し慣れてきた感じ。

ノート型のMacを選択しているのは、職場などへの持ち運びを考えてのこと。これまでは、普通のショルダーバッグにPBG4を詰め込んで持ち運んでいた。その同じバッグにMacBook Pro17"を入れてみるととても窮屈で、バッグがゆがんで引き延ばされるような感じになってしまう。ほかに適当なバッグがないのでそのまま肩にかけて出かけてみたところ、はやくも自宅マンションのエレベータの中で壁にバッグ(というこはMacBook Proのはじっこ)がなにげにぶつかってしまった。慣れたクルマを運転している際には、車幅感覚のおかげでクルマをぶつけたり擦ったりしないようになるけれども、ショルダーバッグの場合にも同じようなのかな。急に中身のMacが大きくなったので、頭がついて行けてない様子。バッグは薄いキャンバス布製なので、ぶつけるたびにMacBook Proを破損してしまうことが心配になってきた。

やはり、新しい酒には新しい革袋が必要。ということで仕事帰りに探してみたが、なかなか適当なバッグが見あたらない。ネットでみてみると、やはり17インチのMacBook Proユーザーはバッグ選びで同じような悩みを経験しているようだ。

いくつか見て歩いて、立川の伊勢丹でTUMIのラージ・コンピューター・メッセンジャーに決定。これ、パッド付きのコンピュータ収納スペースがついているけど、MacBook Pro17"は全然入らなくて、ふつうの収納スペースにようやく収まる状態。でもバッグの側面の布は厚めなので、今のところ問題なく持ち運べている。